23歳81_Invisible scars
一人対複数。スポーツチャンバラにはそういう練習もあるそうだ。
普段は武器を持たない采女と結葉、たまの練習参加のさやちゃんが三人がかりで瑞香さんに挑んでいる。
「あの瑞香さんが……」
見学に来ていた牡丹さんが、唖然とした表情でその光景を眺めていた。
今日は桜蓮も来ている。ライブを終えてすっきりとした表情だった。牡丹さんと一緒に来ていた藤さんと話しつつ、瑞香さんの余裕のある身体の使い方を観察していた。
セットしていたタイマーが鳴り、瑞香さんが悠々と宣言する。
「はい時間切れー。こら、采女ちゃん!」
時間切れの瞬間に采女が不意打ちを仕掛けるも、瑞香さんは余裕で捌いてエアーソフト剣で采女の背中をひっぱたいた。あれは痛い。
「瑞香さんの鬼!」
「普段から練習しなさいよ。毎週見てばかりだから、こんな程度なのよ」
「アイドル活動のためにここにいるのに」
言われてみれば采女の意見ももっともな話だった。レッスン場で私たちは、なぜ武器を振り回しているのだろう。
「牡丹さんもやってきたら?」
「連理さんはやらないのですか?」
「あとで糸遊とガチでやるよ。瑞香さんへの挑戦権をかけて」
私や糸遊が際限なく瑞香さんに挑むと、他の人の練習時間がなくなってしまう。
あとは単純に瑞香さんの体力切れを待つことになる。それでは不公平ということで、瑞香さんへの挑戦権はその日の希望者から勝ち上がった人に限定されていた。
凌乃や桜蓮も挑戦権争いに挑んでくるが、最近は私と糸遊がいつも最後に競い合うことになる。
私の糸遊への勝率は四割弱といったところ。ルールは三本勝負の二本先取で統一していた。
防具のセットは四つしかない。さきほどの四人が外したフェイスガードが、除菌シートで拭いて次の使用者に渡される。
桜蓮が藤さんに、糸遊が牡丹さんに教えるようだ。教える側は防具を付けずに対応していた。
その一方で、残る二つの防具をつけた凌乃と浮草が向き合っている。瑞香さんが審判を務め、残りのメンバーはそれを見学していた。
「お、やってるねー」
「おつかれさま」
外に出ていた木蓮さんが見学にやってきた。空調の効いたレッスン場に涼みに来たようにも見える。
「今日はどこに行ったの?」
「うん。小さいラジオ番組で結葉ちゃんを使いたいって話があって、その相談」
「ラジオ? 凄いね。なんで結葉?」
「トーンが落ちついてるし、ジャンルが合ってるからだろうね。色々な職人へのインタビューを扱う番組だから」
「ニッチな番組に呼ばれたもんだ」
「まだ確定じゃないよ。今度本人を連れて直接話すことになったんだけど、これは本人にはまだ内緒ね」
「はーい」
初心者同士の練習が実践段階に入った。牡丹さんと藤さんが向き合う。
奥では凌乃が浮草から一本取っていた。いい音を立てた凌乃が得意気に浮草を見ている。チェストガードの上だったらしく、浮草は痛がっていない。
「これはどちらも気になるねぇ」
木蓮さんの視線は行ったり来たりしている。
「うーん、手前の方は牡丹さんが一方的に勝ちそうだよ」
「なんでわかるの?」
「立ち姿が違う」
藤さんの方はただ振り回したいという感じで、牡丹さんは糸遊に教えられたせいかすっと背筋が伸びていた。
上級者は案外、こういう剣道寄りの立ち姿をしていることが多い。瑞香さんもそうだけれど、すっと立って相手の動き全体を見つつ、頭や手足が相手の狙いにならないよう、細かく位置を調整している印象があった。
奥の浮草と凌乃は決着がついた。あっさりと凌乃の二本先取で決着。同じルールで何度か繰り返し練習するようだ。
手前の牡丹さんは案の定、藤さんを圧倒していた。思わずニヤニヤしてしまう。これは面白い実験ができそうだ。
「藤さーん、ちょっと」
何本か叩き込まれた藤さんを呼びつけた。フェイスガードのままでも怪訝な表情だとわかる。
「何されてるのかわかんなかったでしょ?」
「うん。なんとかやり返したい」
「だったらいい方法があるんだけど、試してみない?」
「教えて! 牡丹を一発しばいてやりたいの」
牡丹さんは引き続き糸遊のアドバイスを受けている。私が藤さんに何かを吹き込んでいることを踏まえて、私の傾向を糸遊が伝えているのだろう。
「最初は武器を当てにいかなくていいよ。とにかく身体がぶつかるくらい、真正面に急接近してみて。相手が動いた方に武器の振りを置いておけば、勝手に当たってくれると思うよ」
「そんなの気持ちよくなさそうなんだけど」
「まずは当てる感触からだよ。相手もこっちが何するかわからなくなれば、動きが硬くなるから」
「うー、わかった」
藤さんは大柄な子供のようだった。文句を言いながらも多分やってくれるだろう。
距離感をバグらせる動き。私が糸遊対策で実践しているものの一つだった。
すぐに結果は出た。
スポーツチャンバラの醍醐味である、スパーンという響きのいい音ではなかった。ペシンという、ちょっと情けない音で叩かれた牡丹さんが驚いている。
藤さんの表情が明るくなったのがわかった。
その後も凌乃と桜蓮、浮草と糸遊が練習試合をして私の出番になる。凌乃が桜蓮に作戦負けをしたので、私の相手に桜蓮が名乗りをあげた。
うんうん、頑張っているね。フェイスガードを付ける前に桜蓮を見て笑いかけた。桜蓮は真面目そのものの表情で、どこかリラックスできていないようだ。
緊張感が伝わってくる。私が桜蓮に憧れられた理由、私が出演した睡蓮のライブの剣戟のシーンだ。桜蓮はしっかりと記憶に焼き付けていた。だからこそ私に対しては、練習でもスポーツチャンバラの場面では気が引き締まるらしい。
それにしても気負いすぎだ。もう少し気楽にやればいいのに。そう思いながら周囲の視線を浴びていることを意識する。今日はスポーツチャンバラの新人もいることだし、あまり出し惜しみせずに全力を出して印象づけておこう。
六メートル四方のテープの中、礼をしたあとでなるべく距離を取って桜蓮を見た。
リラックスしているようには見えなかったが、私を真っすぐに見つめて集中しているらしい。リーチは桜蓮の方があるが、スピードは私の方が上だ。
先日の計測でわかったことがある。数字を見て改めて認識したのは身体の軽さだ。体重は少し減った程度だけれど、ウエストがあれだけ締まったということは、全身が以前より引き締まった証拠でもある。
攻めあぐねている桜蓮の方へ堂々と一歩踏み込んだ。足を狙うか桜蓮が迷い、その瞬間に手首を思いきり武器の先端で弾いた。
「はい、一本」
審判役の浮草が宣言する。フェイスガードの下でコンタクトがずれると痛むらしいので、スポーツチャンバラの日は眼鏡姿だった。
「いたた」
弾かれた手の甲を桜蓮がさすっている。あの威力なら悪くても少し赤くなる程度だろうし、武器もしっかり握っている。そのまま続行だ。
今度は桜蓮の方が逃げ腰になった。リーチ差で距離を詰めさせてもらえないが、桜蓮の横なぎの攻撃が見えた。逆方向から同じ軌道で武器を振る。武器と武器がぶつかり、「ボコン」と音がして桜蓮の武器が流れた。私はしっかりと握れていたが、さきほど手を打った攻撃が影響したのか、桜蓮の方は握り直すのに時間がかかった。
その隙を見逃さなかった。そのまま面を軽く叩いてもう一本。これで私の勝ちだ。
「武器に当てるの、狙ったの?」
フェイスガードを外す桜蓮の問いに答える。
「いいや。最悪相打ち覚悟で、そのまま引いてくれたらいいなって思った結果だよ。当たったのは本当に偶然」
「あーもう。悔しい!」
「オホホホホ、まだまだ修行が足りないね」
座ってフェイスガードを拭き上げる桜蓮の頭をぽんぽんと撫で、糸遊との挑戦権争奪戦に備えた。
「よーし、やるかー!」
やる気満々の糸遊と向き合う。今度は審判役に凌乃が立った。
まずは一発、カマしてみた。
開始の合図と同時に届かないとわかっている距離で、思いきり横向きに武器を振り抜いた。
さっきの桜蓮への成功体験をまたやってやるぞという挑発。糸遊の集中力が一瞬途切れた。予想外の私の行動に反応が遅れる。
私の弱点は高さがないこととリーチが短いこと。長所は振りのコンパクトさと鋭さ、それにスピードと読み。
凌乃のような猛攻をかけた。糸遊が足さばきで対応する。剣道出身の糸遊の唯一の弱点は、焦ると武器で武器を捌きたがるところだ。
しかし、スポーツチャンバラでは相手の攻撃を防げるような防御手段がない。左手に楯を持つスタイルなら可能だが、ここでは全員小太刀一本で統一している。
気持ちよく一本取れた。利き腕の二の腕にコンパクトに当てた一本。糸遊は一本取られて集中し直した。難しいのはここからだ。
私が最初に一本取り、糸遊が二本取り返す展開はこれまでもよくあった。私が一本を取るためにあれこれ策を廻らせるのに対し、糸遊は王道と集中力で二本連取する流れだ。
今度は小太刀を一番短く持った。極端に振りの速さだけを意識したような持ち方に見せる。どうやっても覆せないリーチ差があるのならば、距離感をバグらせることでその差を補う。
糸遊が先に仕掛けてきた。最短距離の胸元への突き。わかっていても私が一番点を取られるポイントだ。背は低いくせにここだけは引っこめられない、アンバランスな体型を何度呪ったことだろうか。
何とか距離を取って攻撃を避け、糸遊の武器を振り払うように距離を取る。私では武器が届かないイメージ作り。距離をバグらせる作戦の一つだ。
頭ではわかっていても、感覚の方がついていかないだろう。これまで何度も引っかけてきた一人リーチ差を作る作戦だ。糸遊が距離を取ると同時に、私は左手を武器の尻に添える。小太刀で両手持ちはなかなかない。
何とかもう一本続けて取るんだ。でなければ成功体験を自信に糸遊は簡単に連取してしまう。私に焦りが出てしまい、攻撃の準備中にさっきよりも速い突きを当てられて一本取られてしまった。
「でかいのがアダになったね」
以前より絞れた身体なのに、審判の凌乃にからかわれてしまう。
「凌乃もいい勝負でしょうが」
「あたしはそんなに大きくないもんねー」
これで一対一。ただ、私の集中力が削がれてしまった。
あっさりともう一本糸遊に取られて、挑戦権は奪われてしまう。糸遊と凌乃がハイタッチした。
「ずるい! ずるいずるいずるい!」
「審判は公平にやったよ?」
「あんな盤外戦術卑怯でしょ!」
「あたしは事実を言っただけだもんねー」
うぐぐ。これは私のメンタルが弱かったというだけなのか。
糸遊は凌乃と組んでいた。糸遊はそういうことをしないと思い込んでいたし、それをしなくても私に勝ち越していた。
その糸遊が牡丹さんにピースを送っている。私が藤さんに肩入れしたと思って、牡丹さんにやり返してやったという報告だった。
余計なことをしてしまった。かと言って無視するのも嫌だったし、今回は私のメンタルが足りなかったということで我慢しよう。
糸遊には苦手な唐辛子を食事に仕込んで復讐するとして、凌乃には何をしてやろうか考えながらフェイスガードを外した。
瑞香さんがフェイスガードを被りながらつまらなそうに言う。
「あーあ、また糸遊ちゃん相手かー」
糸遊は挑発されたと受け取ったのか、瑞香さんを向いて口を開いた。
「ねーねー、瑞香さん。武器変えてもいい?」
「なに? 武器のせいにするの? いいよ何でも使って」
「じゃあ、糸遊は竹刀に近いこれを使うから、瑞香さんはこれね」
昔瑞香さんが得意としていたという槍を渡し、長剣を持った糸遊は得意気にほほ笑んだ。
「いい度胸だね糸遊ちゃん。ボコボコにしてあげるよ」
挑発されたと思ったからってやりすぎだ。長剣を持った糸遊ですら、小太刀を持った瑞香さんに勝てるか怪しいのに。
二分後、本当にボコボコにされた糸遊が泣きついてくる。
私は今回瑞香さんを応援していたので、溜飲が下がっていた。




