23歳78_Invisible scars
将棋盤ではなく座卓の前に糸遊と座っていると、采女が意外そうな顔で近寄ってきた。
「珍しいね。将棋指さないなんて」
「うん。今日は十二分に将棋で頭を使ったから」
「それもそうだ。最後にいい笑顔してたしね」
「そのことは忘れてちょうだい」
糸遊に改めてこれまでのルールを書きださせ、改めてトランプを使ってゲームの検証を開始する。
「そもそも、トランプがあればダイスはいらないよね」
「そっか。『A』から『6』でランダムに相手に引かせればいいんだ。でも、面倒だからダイス振りたいよ」
「じゃあダイスのルールはそのままで」
采女も座ってじっと見ている。風呂上がりの凌乃も寄ってきて、四人で座卓を囲むことになった。
「そっちでスペードとハート使ってるから、こっちはクラブとダイヤで真似してみようか」
「何やってんの、これ?」
「連理ちゃんが持ち帰った新しいゲームの開発依頼だってさ」
「ただのトランプでしょ?」
「まあまあ、ものは試しだよ」
二人の会話を聞きながら検証を進めた。今までのルールで不要なものに×を、維持するべきものに○を、答えがわからないものに△をつける。
糸遊がダイスを振り、『3』の目が出た。私は『5』の目だ。
シャッフルされた糸遊の山札から三枚抜き、糸遊が私の山札から五枚抜いた。これで糸遊十枚、私八枚からのスタートとなる。
それぞれ抜かれたカードは表を向けて目の前に並べられた。
「ダイスの目が大きかった方が先に親ね。私からだから、はい糸遊選んで」
「じゃあこれ」
糸遊が真ん中のカードを指し示す。『10』のカードだった。私のオープンしたカードは『A』『3』『5』『6』『Q』。これってオープンしたカードを宣言するとブラフってすぐバレちゃうな。オープンした番号は宣言できない方がいい気がする。
「じゃあ、宣言は『8』で」
「はい。糸遊が裏向きで出すんだよね」
「うん」
お互いに勝負するカードが出そろった。糸遊のオープンしたカードは『6』『10』『K』だ。
カードの番号通り『10』を宣言していれば、糸遊は同数のカードを出せないので必ずブラフになる。ただそれではつまらない気がしたので、近い数字で様子を窺ってみた。
「じゃあ、オープンで」
親の私にオープンとスルーの選択肢がある。枚数差のある私がいきなりスルーをすると、じりじりと削られる展開になるルールなので勝負に出た。
私の出した『10』と糸遊の出した『Q』。糸遊はずいぶんと思いきったカードを選んだものだ。
「私が宣言数字と二つ違い、糸遊が四つ違いだね。今出したカードとは別に、相手からそれぞれ差分をオープンさせる」
ルールを読み上げながら糸遊の手札から三枚取り出し場に表向きに並べ、私も糸遊から選ばれた一枚を表向きに並べた。
これで残りの枚数は私が六枚、糸遊も六枚。同じ枚数になった。
オープンされたカードは私が『A』『3』『5』『6』『7』『10』『K』、糸遊が『2』『4』『6』『9』『10』『Q』『K』だ。小さい数字の被りが少ないので、正直な宣言でお互いに細かく削れる展開が予想される。
「これは多分、相手のオープン済みの数字を宣言した方が優位に進められそうね」
「うん。今度は糸遊の親だよ。連理ちゃん選んで」
「じゃあ、これ」
右端にあったカードを指し示す。糸遊は『7』を宣言した。
私の手持ちのカードで近いのは『8』だけ。これを使うと、次の糸遊の親で『8』を宣言された時に確実にもう一枚削られてしまう。
ここで多少の枚数差をつけられてでも、次巡で思いきった差を付けられる数字を残すべきだろうか。残すべきは『Q』、次に『9』のような気がした。
変に『8』を残してこれらのカードを削られると勝てない気がした。安全策を取って『8』を出す。
「これ、考える時間も制限しないとずっと考えちゃいそうだよ」
「そうね。チェスクロックもあるし、一分までって決めちゃおうか」
「うん。連理ちゃん早くカード出して」
「急かさないでよ」
仕方ない。『8』を出して糸遊の反応を見る。糸遊は悠々とオープンを宣言した。
宣言通りの『7』が糸遊のカードだった。私は『8』なので一枚オープンしなければならない。
「えっと、糸遊はこの『7』を戻していいんだよね。連理ちゃんの『8』はそこに並べて」
「そっか。宣言数字通りだったら枚数は減らないのよね」
これで一枚差がついた。一番近い『8』を出していなかったら、他の数値差の大きいカード分もっと削られたことになる。
私のオープンカードは『A』『3』『5』『6』『7』『8』『10』『K』の八枚になった。真ん中の数字が出尽くした、バランスの悪い手札がバレバレになる。
手札をババ抜きのように持ち、糸遊の指示するカードを伏せて置いた。
選ばれたのは『2』、正直に宣言しオープンする。糸遊の『3』を引きだせた。これで差はなくなる。
糸遊のオープンカードが『2』『3』『4』『6』『9』『10』『Q』『K』となり、割と両極端な数字が出たことになる。
それでも糸遊には『A』と『J』が手札にあるので、安易にそれを除外して考えられない。
これ、意外と頭を使うぞ。時間制限がなければ全パターン読んでしまいそうだ。
隣も盛り上がっていた。采女の宣言した『K』に対し、凌乃が『3』なんて出して一気に十枚削られている。凌乃は残り一枚でほぼ負けが確定したようなものだった。
「凌乃ちゃんは馬鹿だねー。ここでスルー読みなんて甘い甘い」
「うっさいなー。次、選びなよ」
「選ぶも何も一枚だけじゃん。それも『4』ってバレてるし」
「これ、バレてる数字宣言してもいいんだよね? 『K』を宣言して共倒れするとか」
「そんなのゲームとして面白くないじゃん。そうなったら、不足する枚数差同士で勝敗決めるとかしないと」
「まあ、そうだよねー」
凌乃らしい大胆な作戦だったらしい。最初に『A』と『2』だけオープンになっていたので、端を処理してしまいたかったのだろうか。セオリーがわからないから色々試したのかもしれない。
あちらはもう勝負が決したことだし、こちらに集中しよう。
糸遊のカードを一枚指し示し、糸遊は再び『7』を宣言した。手札は都度シャッフルしているので位置では特定できない。
ここは『9』を使ってリスクを減らすか、凌乃のように大胆に違うカードを使うか。糸遊の表情を見る。さっきの宣言時と違い、自身のカードとオープンの場を見比べて確認しているようだ。これはブラフだと思った。
お互いに見えていない中途半端な『J』を処理する。糸遊の判断を待った。オープンかスルーか。
「スルー」
内心ほっと一息ついた。これでお互いにスルーが一枚ずつ。相手からの確認不可カードができたことになる。
「多分、もっと早い段階でどっちかがスルーして、このカードがあった方が読み合いになるんだろうね」
「そうだね。糸遊も実験してみたかったんだ」
これでお互い手札は四枚。糸遊が私のカードを示した。『Q』だ。
確実に糸遊の手札を削れるカードだが、糸遊には『J』が残っている可能性もある。四枚持ちからの一枚削り、終盤ならこれも大事な戦略になるだろうか。
「宣言は『Q』」
「はい」
即座に糸遊がカードを出す。大方『J』だろうな。糸遊はもう『Q』も『K』もない。
予想通りの展開になった。これで一枚差、私が有利だ。もう一度私の手札から『Q』が選ばれたら、糸遊は一番近い数字が『8』しかないので一気に四枚減らすことになる。今の手札が三枚なのでマイナス一枚、私の勝ちだ。
そうでなくても、指示されたカードが『9』だったら、それでも『Q』を宣言する。それで私は一枚残りで勝てる。だからこの『9』は消費したくない。
私のオープンカードは『A』『3』『5』『6』『7』『8』『10』『K』の八枚、スルーカードが『J』、手札は残り『2』『4』『9』『Q』の四枚だ。
糸遊のオープンカードが『2』『3』『4』『6』『9』『10』『J』『Q』『K』の九枚だ。スルーカードは謎なので、三枚の手札と合わせて『A』『5』『7』『8』が選択肢に残る。
糸遊のカードを指さした。糸遊は『5』を宣言する。読めない。ただ、オープンで削り合いになった時に糸遊もリスクが大きい。多分本当の数字だろう。四枚残りなら『9』か『Q』で勝ちだったのに、ここで削られたら『9』では確実な勝利とは言えない。そのルートが塞がれて悔しいけれど、『4』を出して安全策を取った。
ここで少し考えた。
糸遊は何を出してスルー宣言したのだろうか。『7』や『8』という中間の数字を二枚もいらないと割り切ってどちらかを処理したか、それとも最終局面を見越して『A』を処理したのだろうか。
采女と凌乃もじっとこちらを見ている。私には『2』が残っている以上、糸遊目線『A』は処理しづらいだろう。恐らくスルーカードは『7』だ。ある程度の決め打ちが必要になる。
糸遊がオープンした。宣言通り『5』が出てきた。これで私の『4』が削られ、枚数は再び三枚同士になった。
この終盤の読み合い、まるで将棋みたいだ。相手が何を示すのか選択肢はあるのに、どれに対しても違う対応を求められる。
糸遊が私のカードを選んだ。『2』だった。このまま正直に宣言すれば糸遊は『A』を出すだろう。そうすると一枚差で糸遊の親になる。
それよりも、『Q』を宣言したらどうだろうか。私は当然自爆できない状況なのでスルーになる。しかし、オープンなら糸遊は確実に手札がなくなると判断して、どのカードでもいいやとなる。勿論私がスルーする前提の思考になるだろう。お互いそれしか勝ちはないのだから。
もし『Q』を宣言してスルーしたら、別のカードが指定されていて『Q』を温存したことがバレてしまう。糸遊の手持ちと近い数字の『9』を捨てるとは考えられないだろうな。
では、『9』を宣言したらどうだろうか。糸遊は『8』を出せばオープンでもカードを残せる。その上でスルーを宣言すれば、私の手札から『2』がスルーの山に動き、残りは『9』と『Q』。糸遊は『A』と『5』。どう転んでも詰みになる。
この『9』と『Q』のどちらかが、私のスルー山にある『J』だったとしても差はない。失敗したのかな、相手のスルーターンで『J』を処理したのがよかったのか悪かったのか。
勝ちの目は『2』の宣言しかなさそうだ。そして『A』を引きだし、糸遊の手札を『5』と『8』にする。スルー山は『7』で決め打ちするしかない。
「連理ちゃん時間使いすぎ」
「ごめんごめん、『2』で」
糸遊はすぐにカードを出した。オープンを宣言してお互いにひっくり返した。やはり『A』が出てくる。これで糸遊は二枚になり、私は三枚。私に『Q』があることはバレているので、糸遊目線の私のスルー山も『9』か『J』で絞られた。
糸遊の宣言が『7』の時にスルーされる読みで『J』を出した。しかし、その時のリスクを最小限にしていたと読まれるのなら、『9』を出したと思われていてもおかしくない。
糸遊のカードを選ぶ。二択だ。『5』を選んで宣言されればどう転んでも負け。『8』を選んで宣言されれば『9』を出して延命できる。糸遊の顔が曇った。負けを察したのだろう、『8』を宣言された。私は悠々と『9』を出して反応を待つ。
「オープン。あーやっぱり『9』持ってたんだ」
「ふふ、これで私の勝ち確定ね」
糸遊にはそれしかなかった。既に私が『9』を使い切っていて、『J』や『Q』を出して手札をゼロ以下にする希望のみ。
残る糸遊の『5』と『8』の二枚では、次巡私の持つ『2』と『Q』の宣言に対応できない。
ここでスルーを宣言されても意味はないし、惑わされても正直にカードナンバーを宣言してオープンした時点で勝ち。
私の二枚残りで勝負は決した。
「あれ? 続きやんないの?」
最後の場面を考慮できていない凌乃が疑問の声をあげる。
「糸遊、もういいよね」
「うん」
「凌乃、これはもう私の勝ちが確定しているの。糸遊の手持ちが『5』と『8』の二枚、私が『2』と『Q』の二枚。私が親だから、どっちを選ばれても素直にオープンを宣言すれば三枚以上の差がついて糸遊の手札がなくなる」
「そういうことかー」
ははーんとしたり顔になる凌乃を采女が呆れて見ていた。采女にはちゃんと理解できていたようだ。
「私から二ついい?」
「うん」
「まず、オープンされた自分の数字は宣言できない方がいいね。連理ちゃんと糸遊ちゃんはそれが無駄というか、リスクになるのがわかってたみたいでやってなかったけど」
「そうね。私も思った。糸遊もよね?」
「うん。だって、最初から嘘ついてるのバレちゃうんだもん」
「それが凌乃ちゃんの言う『共倒れ』狙いになっちゃうから、勝敗が成立しなくなっちゃうよね。凌乃ちゃんはいい提案だったと思う」
「お? 役に立ったんだ」
素直に喜ぶ凌乃が単純で可愛かった。ちょっと馬鹿にされているのに、気づいていない辺りが特に。
「もう一つが、カードの増減が大味だってこと。今のままだと『素直に宣言』か『スルー』ばかりでしょ? 最初に連理ちゃんがやってたけど、『8』を宣言して『10』でオープンは、あれもプチ共倒れだからね」
「実験でやってみたんだけどね。糸遊の方が、偶然減った枚数が多くて助かったけれど」
「うん。あれさ、お互いに枚数が減るって状況はいらないと思うんだ。連理ちゃんが宣言数字と二つ違って、糸遊ちゃんが四つ違うんなら、糸遊ちゃんが二枚減らすだけでよくない?」
「そうね。あれのせいで大きな動きができなくなって、スルーと一枚削りが続いちゃったものね」
「うん。糸遊ちゃんはどう思う?」
「そうだなぁ。今のルールも面白いけど、もうちょっと読み合いにしたいからスルーのターン増やしたいね」
「それなんだよね。お互いに一気に減るからスルーさせる醍醐味が減る。だから、お互いにマイナスになる時は相殺するって方が楽しめる気がしたんだよ」
采女はよく考えている。凄いなこの子。実際の最終局面のパターン分けはどこまで読めるかわからないけれど、こういう仕組み作りについてはとてもよく頭が働くようだ。
「それって、こういう場合どうなんの?」
凌乃が『8』と『10』のカードを並べる。
「これで宣言が『9』だったら、どっちも一枚差でしょ?」
「この時はスルーと違う処理の方がいいよね? 連理ちゃんどう?」
「そうねぇ。スルーのカード山はあくまでスルー宣言時だけで、お互いに見えないからいいものね。この場合は二人ともオープンで置くか、手札に戻すかでいいんじゃないかな」
「多分、宣言『9』に対して『8』と『10』だからオープンでもいいように見えるけど、これが『5』と『K』だったらさ、一気に四枚ずつ減るから大味になっちゃうよ。手札に戻すでいいんじゃない?」
「じゃあ、暫定でそうしようか。糸遊書いてくれる?」
「うん。えーと、同じ差だったらどちらも手札に戻すんだね」
「そうそう」
四人でうんうん言いながら盛り上がっていると、湯上がりの結葉がやってきた。
「みんなで何してるの?」
「連理ちゃんが持ち帰ったゲームをデモプレイ。今ルール作り直してるんだよ」
采女が結葉に説明し、今までのルールの走り書きを見せた。
「難しそう」
「多分一回やったらすぐ慣れるよ。お風呂、連理ちゃんの番だけどどうする?」
「私はシャワーで済ませるから、新しいルールでもう一度やってみたいな」
「じゃあ、私が相手してあげよう。糸遊ちゃん交代しよ」
「うん。連理ちゃんに負けちゃだめだよ」
この様子だと采女はセオリーを掴みかけているのかもしれない。手ごわい相手になりそうだ。
糸遊と凌乃が結葉に教える横で、私と采女の意外な真剣勝負が始まった。




