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23歳77_Invisible scars

 帰りの車にお客さんが増えた。

 糸遊は勿論として、橋見さんと常務さんも一緒に帰ることになっている。

「いい車に乗ってるんだね」

 真ん中の列に、橋見さんと並んで常務さんが座った。

「私は連絡が遅かったからいいとして、常さんのことは朝一緒に乗せてあげられたんじゃないの?」

「すっかり頭から抜けていました」

 この二人の会話に巻き込まれたらまずい。運転に集中しよう。

「いやいや、いいよ。俺は電車旅行も好きだからね」

「それで遅刻してたら世話ないでしょ」

「あれは俺のせいじゃないからね。第一、ちゃんと謝ったじゃないか」

「はいはい。それ以外にもとんでもないこと暴露してくれたしね」

「最後は経理さんに持っていかれたなー」

「連理ちゃんいい笑顔だったね」

 便乗する糸遊を無視して運転に集中する。お腹空いたな。

「連理ちゃんいい笑顔だったね」

「はいはい、何度も言わなくていいから」

「無視するからだよ」

「ごめんなさい」

「よろしい。早く何か食べに行こうよ」

「今探してるのよ」

 運転しながら看板を探している。この山道では期待薄だったけれど、それでも希望を捨てられなかった。

 後ろの席が静かになる。二人はスマホをいじっていた。

「俺もこの辺のお店はわからないなぁ。地元に帰ってからでいいかな?」

「そうね。連理さん、ご飯我慢できる?」

「無理」

 とにかく美味しそうな店を見つけたら、チェーン店でもいいので入りたい気分だ。

「経理さんはよく食べるよね」

「食が私の源ですから」

「お家でもそうなの? 糸遊さん」

「うん。連理ちゃんは大体二人分くらい食べてるよ」

「そんなにじゃないでしょ。一人半くらいよ」

 常務さんは全く違うことでスマホをいじっているらしい。この食事の会話には参加していなかった。

「糸遊たちの量に対してでしょ? 糸遊たちも普通の人より多く食べてるんだよ」

「そうなの?」

「学校でいっぱい食べるねって言われてるよ」

 栄養バランスを考えて色々準備していたけれど、その基準も多かったというわけか。

 みんなそれだけ運動をしているということでもある。

 橋見さんが受けて私にぼやいた。

「それでよく太らないね」

「体重なんて気にしたことないしなぁ」

「それはそれで女性としてどうなの?」

「さぁ? 化粧を覚えたのも最近だし」

「呆れた」

 呆れられてしまった。

 それはさておき飲食店だ。ナビはもうすぐ大通りに出ることを示している。

「ちょっと電話してもいいかな」

「どうぞー」

 常務さんが誰かと話しはじめた。口ぶりからすると相手は代表のようで、研究会のメンバーバレのことで何か言われているらしい。

「はい。そうですね。隠すことでもないですし、みんなと話しますか?」

 もしかして集団通話になるのかなと思ったら、そのまま常務さんは電話を切ってしまった。

「研究会、よかったら来週やろうってさ。今日は少人数で消化不良だったらしいよ」

「うちも大所帯になったものね」

「本当にね。大きいところは二十人くらい集まるみたいだけど」

「そんなのただの宴会でしょ」

 本当に夫婦漫才みたいに聞こえてくる。この二人は確か同い年だったっけ。

「二人とも静かね。退屈させちゃった?」

「私は運転に集中してるだけ」

「糸遊は聞いてて楽しいよ」

「そう?」

 しばらく話を聞きながら運転していると、見知った通りに入った。

 いつぞやのお寿司屋さんがある。ここでいいかな。誰の許可を得るわけでもなく、独断でお店の駐車場に車を停めた。

 常務さんが看板を見上げて呟いた。

「お寿司か。いいね」

「前も来たお店なんですよ。リーズナブルなのにしっかり美味しかったので」

「経理さん、本当にお腹が空いてたんだ」

「はい、物凄く」

 今にもお腹が鳴りそうだった。

 連れ立って店内に入り、四人で席に案内してもらう。

 奥に常務さん、その隣に糸遊が座った。向かい合って橋見さんが奥に詰め、私が糸遊と向き合って座る。

 年齢的な関係以上に、研究会の役職通りの配置になってしまった。妙にあだ名を意識してしまう。


 タブレットでセットメニューと天ぷらを注文し、常務さんが示すスマホを見た。

「実は今新しいゲームを考えていてね。そういうの経理さんや糸遊さんは興味ある?」

 トランプの絵柄が画面に並んでいた。単純なカメラの撮影写真だ。

「カードゲームですか?」

「そうだね。ポーカーみたいにシンプルなものを考えているんだ」

「見せてもらいますね」

 それぞれがカードのマークに沿った手札をAからKまで持っている。

 お互いにシャッフルして山にして、ダイスを振り、ダイスの目だけお互いのカードが削られた。

 これは序盤の準備ということだろう。続きの画像と、私たちのスマホに転送された解説の文章を見比べる。

 えーと、基本ルールは相手のカードをゼロにした方が勝ち。手札はそのままライフの数になると。

 なるほど。ババ抜きや大富豪の逆バージョンか。

 最初のダイスで運任せの差が生まれ、それぞれの残った手札の数字や、枚数に応じた戦略が必要になるゲームだ。

 ダイスの目で削られたカード分不利になり、削られたカードは自分の前に表向きに並べさせられる。

 何だかこういうの、キャラクターで売られているゲームにもなかったっけ。今回はトランプでシンプルな運用を目的としているらしい。

「今回は二人用のルールから作っているんだけど、どう整合性を取ればいいか迷っていてね。興味があるなら一緒に考えてほしいんだ」

「橋見さんは興味ないんですか?」

「説明は受けたんだけど、正直そこまで頭が働かないのよ。単純な数値計算のゲームなら想像できるけど」

「これには心理ゲーム要素と、カウンティング要素を詰め込もうと思っているからね」

「カウンティングなら、糸遊が得意そうです」

 返事がないということは、将棋を覚えた時のように頭の中で考えているのだろう。糸遊はじっと参考資料を見つめている。

 私みたいに試行錯誤と記憶を頼りにゲームを進めるタイプには難しい。ただ、心理ゲームの要素は面白そうに感じた。

「ただ、これはトランプの現物でデモプレイでもしないと、ちょっと想像が難しいですね」

「俺もそう思っていて、一人で並べてやってみたんだよ。ただ、心理ゲーム的な要素を入れると何が正しいのかわからなくなる」

 お寿司が届いて話は一旦ストップになった。面白そうなゲームではあるが、今のところ上手く想像できない。

 親と子に別れて子が親のカードを指さして選ぶ。そのカードを伏せて親が番号を宣言する。それに応じて子がカードを出す。

 宣言された数字と、実際のカードとの数値差が、そのまま自身の手札を減らす数字になる。

 出したカードをお互いに示して数値差の勝負をすることをオープン。お互いに伏せたまま出したカードを一枚ずつ減らすことをスルー。どちらも親の判断で決められるルールだ。

 なるほど、親の方が選択肢が多いのか。相手が嘘を吐いてると思うのなら、オープンで勝負。自分が扱いにくいカードを処分するならスルーを選ぶ。

 お寿司を食べながら少しずつイメージが湧く。

 宣言するカードを自分で選べない、というのはいいと思う。そこを親の裁量で選べたら簡単にゲームが終わりそうだ。

 その自分のカードに対し、嘘の数字を宣告してもいい。これで相手の便利なカードを吐き出させ、自分は扱いづらいカードを処分してスルーで流す。なるほど、理に適っている。

 問題はダイスを振った時の初期枚数差だ。枚数で負けている側がずっとスルーを選ぶと、相手もスルーばかりになって負けてしまう。どこかでオープンのリスクを取らなければ勝ちはない。

 うーん、頭の中だけでは勝敗の場面まで辿り着くのが難しい。やっぱり実物のカードを並べたい。


 ずっと考えながら食べていたので、お寿司の味があまりわからなかった。お腹は膨れているので惜しい気持ちになる。

「これ、持ち帰ってうちの子たちと考えてみていいですか? ゲームのルール作りとか得意そうな子もいるので」

「うちの子? うん。是非お願いしたいな。フィッシャーの練習もしないといけないから、こればっかり考えていられなくて」

 しまった。常務さんは私が四人預かっていることを知らなかったんだ。しかし、ゲームルールのことで頭がいっぱいなのか、特に突っ込まれることはなかった。

「フィッシャールールと振り飛車を同時に勉強していたんですが、どっちつかずになったので一度フィッシャーはやめちゃいました。申し訳ないのですが、そちらではお役に立てそうにありません」

「そんなに肩肘張らなくていいんだよ。俺も代表も、経理さんならいずれ参加することになると思って練習に誘ってるだけだから」

「ありがとうございます」

「それより、女流の弟子を持つなら振り飛車対策の方がためになるからね。俺もお局の練習相手として研究してるけど、これがなかなか難しい」

「今は見逃してあげる」

「こわいなぁ」

 本当に懲りない人だ。私はもう経理呼びでも気にならなくなってしまった。お局ほどの嫌味やインパクトがないからだろう。

 普段ならスマホやパソコンを見ながらの食事に口うるさい糸遊なのに、新しいゲームの情報ということで、注意するどころか自身がお行儀の悪い食べ方になっている。

 ふふ、これはいい。今日のことを持ち出せば、今後口うるさく言われても反論できるというものだ。

 注文用タブレットを手に取り、追加でデザートを注文する。常務さんと橋見さんにも窺ったが、二人ともお腹いっぱいというので私と糸遊の分だけにした。

「本当によく食べるのね」

「うん。大盤解説のあとはいつも腹ペコだよ」

 特に今回は夕食休憩がなかった。解説陣はそのまま解散になったので、どこかで何かを摘まむ暇もなく、慌ただしく車に乗り込んでしまった。おかげでずっと空腹だ。


 常務さんの奢りで店を出て、それぞれの自宅まで車で送った。

「ご馳走になりました」

「うん。ゲームの方もよろしく頼むよ」

 そんな会話をして常務さんのあと、橋見さんも送り届けて帰宅する。

 ハプニングはあったが、あの二人のおかげで笑いの多い解説になった。これはこれで面白いお仕事だった。

「ねー、連理ちゃん。おうちにトランプあったかな?」

「この間の百円均一で買ったのがあるよ」

「早く帰ってこのゲーム試そうよ。頭の中でぐるぐるしてる」

「はいはい」

 今日はたっぷり将棋で頭を使ったんだ。たまには別のことで、夜を過ごしてもいいかもしれない。

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