20歳7_傷だらけの棋士と四人の少女
結葉の倒れた原因は、過度なダイエットだった。
最近確かに肉が落ちたようだったが、こっそりと食事を抜いていたなんて……。
それに加えて私が課したハードワークが結葉を苦しませた。
また馬鹿なことをしてしまった。
自分の生活のために観察を怠ってしまった。何のためにトレーニングメニューを組んだ? 強い身体を作ってやるためだろう。
結葉を搬送する救急車に同行し、無理を言って檀さんに采女と糸遊の面倒をお願いした。
単純な栄養の問題なら点滴で早期回復を望めるが、最近のトレーニングメニューが身体に合っていなかった可能性もある。
少しばかりの大学の知識と、救急隊員の話から推測する。病院に到着してすぐ、お医者さんが診てくれた。
個室に運ばれた結葉のそばに座る。
検査入院もした方がいいという医師の指示に従い、個室で眠る結葉に謝った。
少し痩せて喜んでいたのは覚えている。髪型も整えて天パも悪くないと笑っていた。
亜嵐さんの見る目は正しかったんだと尊敬した。それを私が台無しにしかけている。
やっぱり人を預かるなんて向いてなかったんだ。学生と棋士の二足の草鞋に加え、人を預かる大事な仕事。
せめて学生を辞めるくらいの覚悟は必要だったのだろう。時間を作り、学費が浮けば三人にもっと快適な環境を与えてやれる。
慣れない家計簿まで付けはじめて、お小遣いも考えて、いっぱしの家族気取りがこのざまだ。
あの時は……両親が死んだ時は泣けなかったのに、悔しさと申し訳なさで涙が落ちる。
睡蓮に涙腺を壊されちゃったのかな? 最近ちょっとしたことで鼻の奥がツンと来る。
ほっそりとした結葉を改めて見る。思えば糸遊が来た時から甘い物を避けていた。
結葉の表情が動く。目を覚ました。
「連理さん?」
「うん、もう大丈夫だよ」
「ごめんなさい、ちゃんとメニューできてなくてこんな……」
「違うよ。私が悪いんだよ。全部私のせい」
ごめんねと、心の中で何度も謝る。口に出したくてもなかなか出てこない。思わず俯いてしまった。
「連理さん、顔あげて」
言われて顔を上げる。結葉の顔を見るのも申し訳ない。
「泣いてる連理さん、初めて見ちゃった」
「何言ってるのよ」
力なく笑う結葉に何度もごめんねと謝る。顔を見て言葉が出た。代わりに別の考えが始まる。
消えるから。力不足な親代わりでごめんね。泣き顔でもなんでも最後に見せてあげるから。
何度も諦めかけた親代わりの生活。こんなことになった責任は取る。
今の結葉に言ってもショックで悪化するだけだ。そう判断する冷静さはまだあった。
ちゃんと元気になったら言おう。持てる全てをお金にして、三人を正しく育ててくれる人に託そう。
私にはそれくらいしかできない。一か月楽しくやらせてもらった。せめてもの恩返しだ。
「連理ちゃん馬鹿なこと考えてるでしょ」
「馬鹿なことって……」
「わかるよ。私連理ちゃんのこと大好きだもん。離れようとしないで」
まだ一か月なのに、大好きと言ってくれる。嬉しさと申し訳なさで涙が止まらない。
「だめだよ。私がよくてもご両親が許さない。亜嵐さんも」
「それでも離れたくない」
結葉はだってだってと繰り返す。
「私のせいなんだもん。言われたことしないで勝手に倒れて連理ちゃんに迷惑かけて……。私が悪かったって説明するから、お願い……」
本当に馬鹿だな私は。中学生の女の子相手に見透かされてる。
表向きの笑顔だけ見て勝手に満足していた。裏で苦しい思いをしてるのに気づいてあげられなかった。
「わかった。わかったよ」
声をかけて落ち着くように言う。大丈夫だよ、安心して。何度も言い聞かせて再び眠るのを待った。
話をして血の巡りがよくなったのだろうか、再び眠りについた結葉は少し血色がよくなっていた。
……それにしても、連理ちゃんって。
本当は結葉もそう呼びたかったんだね。それすらも気づいてあげられなかった。
今まで結葉が誰かに感情をぶつけたのを見たことがない。采女が暴れても糸遊が混乱させても、いつも我慢していた。
私も頼りにしきっていた。年長者にふさわしい我慢強さがある。努力もできる。一番心配のいらない子だと。
あーくそ、こんなの采女一人に手こずっていた時以来だ。しかもその比にならないくらい重大な問題だ。
考えなければならない。結葉だけじゃない、采女と糸遊も何か我慢してるかもしれない。
この生活を続けるかどうか、私が決めることではない。それでも続けられるのならば続けたい。それが私の本音だった。
しかし、結葉の場合は特に戻しにくい事情がある。元の家に帰ったら、最悪同じ中学に出戻りだ。
ご家族にそれを何とかする経済力がないから、亜嵐さんが話を持ち掛けた。そして私が預かることになった。
その預かり主がこのざまだ。落胆させてしまうだろう。それでも誠心誠意謝ろう。
わからないとか隠されたとか関係ない。見破れないなら預かる資格がなかっただけのことだ。
お医者さんに、容体は問題ないと教えてもらった。
ご両親にもそのことは伝わっている。もうすぐ来る頃だろう。
いらっしゃったご両親に深く頭を下げた。何も言われない。ご両親が来てからは病室の外で待っていた。
ご両親はとても疲れた様子で、私に怒る様子もなかった。失望させたのだろう。
体型や髪質といった、子供にはすぐに改善できないコンプレックス。それを発端とした学校でのいじめ。
ご両親には気付ける要因がなかった。仕事が忙しくて気づいてあげられなかったらしい。
どこか私と似ている気がした。だからこそ亜嵐さんの提案に乗り、私に預けてくれたのだろう。
気づいてあげられなかったための苦しみ。結葉はもう二度も味わったことになる。
ご両親の立場もわかった。そして、自分たちがやったミスを繰り返された。
そのことを私に指摘するには、自分たちのミスを棚に上げることになる。
物凄いジレンマだろう。それをこんな小娘に子を預けたばかりに、こんな形でほじくり返される。
ご両親が病室から出てきた。ご両親共々廊下で黙りこくってしまった。
しばらくの沈黙をお父様が破る。
「九さん」
「はい」
「結葉は毎日楽しそうにしてますか?」
「私はそう感じています」
長い長い沈黙。嘘は言っていない。ご両親とも顔を伏せて考えていた。
改めてお父様が顔をあげ、口を開いた。
「わかりました。今後とも結葉をお願いします」
「……いいのですか?」
「はい、さっき結葉が起きた時に少し話したんです」
ご両親が来たというのに、「連理ちゃんはどこ」と何度も私を呼んでいたこと。
「少ししてまた眠りました。あなたと離れたくないと。あとその……」
言いにくそうにするお父様を待つ。
「男の私が口にするのは非常にはばかられるのですが、『連理ちゃん大好き』だと」
本当に言いづらいことだ。性別のこともそうだが、ご両親を前に他の人間を好きだなんて。
泣きたくなった。涙を我慢できなかった。それでも、ここで私が泣いても解決するものではない。ごまかすように頭を下げた。
「お父様、お母様。今回の件本当に申し訳ありませんでした。引き続き私九連理がお嬢様を……」
言葉が出て来ない。何て言えばいいんだ。誠心誠意と思いながら、下手な言葉しか思い浮かばない。
「大丈夫です。お気持ちとても伝わりました。結葉をお願いします」
お母様が私の肩に手を乗せてくれた。優しい手つきだった。
辛抱強く温かいご両親に救われた。これが結葉に遺伝したのだろう。
朝まで結葉のそばに座り、ウトウトしていたら亜嵐さんと檀さんがやってきた。
顔色の良くなった結葉も目を覚ます。瑞香さんがあやすように額に触れていた。
亜嵐さんに少し離れたところに呼び出される。物凄い形相で睨まれた。
「ご両親は?」
「任せてくださいました」
「今回だけだからな」
「肝に銘じます」
檀さんがしばらくいてくれるので、帰って休むよう言われた。
結葉に近付きありがとうと伝える。結葉が笑顔を向けてくれる。
「連理ちゃん大好きだよ」
「私もだよ」
一度頭を撫で、檀さんに任せて病室を出た。
檀さんがニヤニヤとしていたが知ったことではない。
まだたったの一か月なのに、私はあの子たちに依存しているのかもしれない。




