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20歳6_傷だらけの棋士と四人の少女

 四月は順位戦がない。

 大一番が四月から五月にかけて行われるので、その下にあるリーグ戦は六月からというのが通例だった。

 大学は三回生に進み、遅れがちな単位取得を急ぐ年になる。

 本当に運よくとしか言えないのだが、今年は防衛戦が二つあった。

 一つは永世の称号がかかっている棋昇戦、もう一つは真冬に行われる棋殿戦だ。

 棋殿戦については、負けて終わったと思ったら敗者復活戦で引っ掛かり、なんだかわからないままとんとん拍子でタイトル獲得。

 冗談みたいな話だが、年末の睡蓮のライブと年始の三人を受け入れる覚悟の料亭以降、特定の棋戦ではいい結果を出せていた。

 一度降級したB級2組から復帰し、今年度はB級1組に戻ることができている。

 今は多分、私の将棋人生の全盛期なのだろう。棋士としての活動期間には制限を設けていた。

 師匠と師匠筋の方にしか伝えていないが、私は将棋のプロ生活は十年までと決めている。

 亜嵐さんから三人を押し付けられる話をした時は「このまま何十年もプロとして」なんて考えたりもしたが、師匠との約束は守りたい。


 医者になる道を考えたことがないわけではない。ただ、今の私の進学先では医者にはなれない。

 編入試験やら何やらの面倒な道を通れば可能性はあるが、このままでは無理な話だった。

 将棋や預かった三人娘を切り捨てられれば、今からでも間に合う道ではある。しかし、そうはしない。

 大学でも棋界でも孤立しているような私には、そちらの方がお似合いだろう。元棋士の肩書があれば色々と優位に働くこともあるだろう。

 そんな現実逃避をしながら、一人寂しくキャンパスを出た。


 睡蓮の得意とするアイドル活動で睡蓮に勝つ。今の目標はそこにある。

 四月も中旬に入り、三人娘も学校生活に馴染んできたようだ。采女は前にも増して毎日を楽しんでいる。親元を離れたことは学校で公表していない。

 三人には毎日身体を動かす課題を与えている。一番の心配の種だった結葉は、私が預かるという決断をする前から亜嵐さんがトレーニングメニューを課していた。

 つまり、今でも肉付きがよく見えるあの身体も、運動を続けた末の姿だった。

 最初は大変だっただろう。継続した上であの状態なら少しは期待を持てると信じたい。


 バイクに乗り、金井さんとの待ち合わせ場所へ急ぐ。

 金井さんは色々とギリギリな状態で大学を卒業。今はダンススクールのアシスタントコーチをしている。

 もちろん睡蓮のバックダンサーの契約は切れていない。何ならそのダンススクールも、あの事務所の関係だそうだ。

 そして今回金井さんと落ち合って向かうのは睡蓮の所属事務所。バックダンサー関係のお仕事の呼び出しだった。

 ずいぶんとからかわれ、可愛がってくれた仲間たちとまた会える。同窓会のようで楽しみだ。

 亜嵐さんの事務所独立を控え、そのお手伝いとして三人娘を預かっている身だが、まだ元の契約も生きていて嬉しい話だった。

 駅近くで立っている金井さんを見つける。手を振って合流した。

「お久しぶりです」

「会うのは五か月ぶりだね」

 あれやこれやと近況を話しつつ電車を待つ。

 さすがに独立と三人娘の話はまだできないが、金井さんには電話でプロ棋士であることは伝えていた。

 その頃からだろうか。私の口調は相変わらずだが、金井さんの口からは敬語が消えた。

「あれから体力はつきましたか?」

「お恥ずかしながら卒業準備で手一杯」

 私より二つ年上なので順当に卒業すれば今月から社会人。しかしその道は選ばずに、私と一緒に芸能事務所の末端の仕事をしている。

 彼女の場合はある意味純粋、ある意味不純な動機でこの道を選んでいる。それでも一番接しやすい仲間ということに変わりはなかった。

「将棋っていつも和服なの?」

「いえいえ、大体はスーツですよ。タイトル戦やイベントの時くらいかなぁ、和服を着るのは」

 いずれ三人娘の衣装として和服を着せることもあるのだろうか。預かっているとはいっても、成人する頃にはバラバラになっているだろうし、私がしてあげることはなさそうだ。

「へぇ、じゃあ連理ちゃんも?」

「本当にたまにですけどね。買うと高いし、維持管理が大変だからいつもレンタルです」

「レンタルもお高いんじゃ?」

「そこは体型の強みと言いますか」

 子供料金でとはいかないが、成長の著しい子供用の和服は中古品レンタルが安価なことがある。

 十歳くらいのお子様に人気なんですよって宣伝文句を聞きながら、ジュニアサイズを借りるのは屈辱的な気持ちになることもある。こんなことでしか身長の恩恵がない、悲しい現実だ。

 恥ずかしながらそういった事情を説明した。

「可愛いんだろうなぁ」

「多分馬鹿にしてますよね」

「してないよぉ」

 クスクスと笑う。可愛い人だ。


 事務所の受付で名前を照合してもらい会議室へ入る。いつぞやの先輩方が数名先に来ていた。

 この中には子持ちの人もいる。しかし、中学生以上の娘さんがいる人はいなかった。

 懇親会に出なかったことをいじられた。そこは上手いこと金井さんのフォローもあってごまかせた。

 今回は前回いた全員が呼ばれたわけではないらしく、時間になっても十人ほどしか集まっていなかった。

「始めるぞー」

 奥の部屋から亜嵐さんをはじめ数人の職員が出てくる。

 亜嵐さんを見るのは糸遊を預かった日以来だった。

 話の内容は次回の睡蓮の単独ライブが六月、そして九月にあるということ。

 そして九月の方でこれまでとは一風変わったことに挑戦したいと、睡蓮の申し出があったそうだ。

 睡蓮は三か月に一本はユニットか単独でライブを開催している。そんな彼女の過密なスケジュールで違うことをやる。

 私たちのようなチャンスを待つ時間の長いバックダンサーに比べ、睡蓮のライブのペース、そしてバイタリティは物凄い。

「今回は九月ライブについては触りだけだと思ってくれ。前回同様二か月かけて六月公演のメンバーを決めたい」

 会場は前回より大きいホールで、ステージの大きさは同じ程度。つまり合格人数も同程度になる見通しだそうだ。

 スケジュールを聞いて断念した。残念ながら今回の六月のライブは不参加だ。

 さすがに防衛戦を放棄して長期レッスンに出る暇はない。

 ただ、九月の方は関わってみたいと思った。睡蓮のやる新しいこと。勝手にライバル視している身としては興味深い話だった。

「質問は?」

 誰からも手が上がらない。前回同様と言われた以上、誰も新たな疑問を持っていなかった。

「では来週実施するオーディションについて、臨時スタッフを何人か頼みたい。希望者は終わり次第来てくれ。では解散」

 ちょっと面白そうな話だ。選考の臨時スタッフなら雑用メインだろうか。興味はあるが時間がない。

 金井さんは興味があるのかな。どうするんだろうと思って顔を向けると、ずいぶんと悩んでいる様子だった。

「考え中ですか?」

「いえ、九月ライブの中身が気になって」

 唸るように悩んでいる。そうだ、この人睡蓮オタクだった。

「帰りますよ」

「あ、うん」

 もうここに用はない。悩む金井さんと立ち上がった。

 あれもいいな、こういうのもいいな、うふふと妄想を浮かべる金井さんと並んで歩くのは恐かった。

 それでも一緒に来た以上、置いて帰るわけにもいかなかった。

 私のいないところではいつもあんな感じなのだろうか。可愛らしくスタイルのいい金井さんを少し不気味に感じた。

 挨拶もそこそこに、駅で別れた金井さんを見送り駐輪場へ向かう。

 最近は少し帰りが遅くなっても、三人娘は仲よくしていてくれる。お陰で心労も減った。

 バイクに乗る前にスマホをチェックする。以前の檀さんの鬼電以降、帰れる範囲にいる時は事前チェックをするようになった。

 睡蓮からのメッセージがある。

『事務所に来たんなら顔出してよね』

 レッスン場にでもいたのだろう。まさかいるとは思わなかったので素直にごめんなさいと返事をした。

 どちらにせよ居たことを知っていても、あの状態の金井さんとの同行は嫌だった。言い訳をして帰っていたと思う。

 スマホをしまおうとした瞬間電話が鳴った。睡蓮からの苦情の電話かな?

 画面を見ると采女からだった。

「どうかしました?」

『結葉ちゃんが! 倒れちゃった……』

「すぐ帰る!」

 相当焦っているようだ。采女には悪いが通話を切ってすぐにバイクに乗る。

 ここからなら五分とかからない。焦る気持ちを押さえつつ、安全運転を意識して走った。

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