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23歳75_Invisible scars

 桜蓮の所属するユニットLotusのライブ当日、私は睡蓮に呼び出されていた。

「控室に行くから連理ちゃんも行こうよ」

 顔を合わせていきなり引っ張られる。

「いやいや、私は部外者だよ。一般客がまずいでしょ」

「みんな連理ちゃんのこと知ってるから平気平気」

 一時期事務所にお邪魔していたこともあり、確かに見知った顔のスタッフが多かった。

 しかしLotusの面々とはほぼ面識がない。あちらが私を一方的に知っていても、こちらとしては気まずいだけだ。

 桜蓮以外、一人だけ面識のある子がいた。睡蓮の屋外ライブの観客席にいて、浮草と気軽に話していた子だ。

 えーと、ナ……ナ……なんだっけ?

「ナズちゃん調子はどう?」

「あー睡蓮さん。普通ですよー」

 緊張感の欠片もない様子だ。鏡越しに目があった。思わずペコリと頭を下げる。

 軽く笑った睡蓮はそのままどこかへ行ってしまった。連れ回されても困るけれど、置いていかれてもそれはそれで困る。

「お? 噂の連理さん?」

「何の噂?」

「うちのリーダーの勧誘を蹴ったって」

「それはまあ、うん。仕方ないというか」

「平気平気。気にしてないから」

 感情の起伏がないようなまったりした子だった。機械的な感じではなく、完全に落ちつき払っている。プレッシャーとは無縁なタイプに見えた。

「今日は激励?」

「えっと、ただの観客のつもりが睡蓮に引っ張られて」

「ああ、そういうとこあるよねー」

 興味があるのやらないのやら、どうにもわからない子だった。その割によく喋る。

「他のメンバーわかる? 紹介しようか?」

「えっと、じゃあ、ここから教えてもらえたら嬉しいかな」

「りょー」

 りょー? うん? 今時の子の言葉なのだろうか。否定的には聞こえなかったので、立ち上がったナズちゃんさんにメンバーの名前を教えてもらった。

「んで、あそこのこわーいのが岬さん。一応今の最年長だね。あたしらの一個上」

「ナズちゃ、えっとナズさんは桜蓮と同い年だよね」

「ナズでいいよ。本名はナズサ」

「あー、うん。ありがとう」

 こわーいのと言われた岬さんというメンバーを見る。確かに一番ピリピリしていた。

 睡蓮が声をかけても敵意剥きだしな感じ。そういう子もいるんだ。それでも睡蓮は笑って応じている。

 本番前の緊張感がそうさせているのかな。目の前のナズとは対照的な様子に、何とも言えない気分になった。

 初対面から緊張感が取れるまでの桜蓮も私に対して攻撃的に見えたわけだし、今だけで判断するのはよくないか。

 ただ、このナズだけは今判断してもいいだろう。緩い。この一言に尽きる。

「連理さん? 来てたんだ」

「こんにちは。ただの観客のつもりだったんだけどね」

「ううん、来てくれて嬉しいよ」

 奇想天外な二人の姉を持ち、緊張さえしていなければ真っ当な桜蓮と会えて感動を覚える。

 このLotusの衣装は明るい派手な衣装ではなく、どこかシックな気品のある衣装で統一されていた。

 おかげで桜蓮が睡蓮より大人っぽく見える。

「ナズと話してたんだ。仲よくなった?」

「どうだろう?」

 ナズに顔を向けた。

「普通」

「らしいよ」

「じゃあ、もう仲よしだね」

 桜蓮がほほ笑んだ。なるほど、ナズという少女の基準が見えた気がする。

 このLotusというユニットは、基本的に一人から三人が前に出て踊って歌うメインメンバーと、それ以外のサポート担当の数人で分かれている。

 そのトップスリーが今名前の挙がった三人で、岬さんというメンバーにくっつく数名が派閥化しているようだった。

 舞台の上でそういう様子は見えてくるのかな。DVDのライブ映像でおさらいした時は、雰囲気までは掴みとれなかった。

 結構早い時間から控室にお邪魔しているので、まだ話をする時間があった。ナズは最初の椅子に戻ってのんびりしている。そして一人で大欠伸。凄い神経の図太さだ。

 あれは大物になる。驚かされながら少し離れた場所に移動し、桜蓮と雑談した。

「へぇ、牡丹さんと藤さんと。凄かったでしょ、あの二人」

「うん。睡蓮とは違うタイプのトッププロって感じだった」

「私は牡丹さん好きなんだよね。目標の人なんだ」

「そうなの? 私は?」

「あはは、連理さんも凄いけど目標って感じじゃないからね」

 冗談で言ったのに真っすぐに返されてしまった。これでは私が承認欲求を満たそうとしているみたいじゃないか。恥ずかしい。

 私に憧れを持ってくれたからこそ、あの緊張した態度だったという桜蓮だ。今は私のことをどう思っているのだろうか。

 遠くから睡蓮がやってくる。歩幅広く歩き、すぐに桜蓮に抱きついた。

「まーた桜蓮を誑かしてるー」

「睡蓮にはもったいない妹だね。私にちょうだいよ」

「やだー! 連理ちゃんこそうちの子になればいいんだよ」

「私は睡蓮より年上だよ。お姉さんって呼べる?」

「絶対無理!」

 絶対とまで言われてしまった。年齢って何なんだろうな。

「睡蓮姉さん邪魔。じゃ、確認してくるから二人ともまたね」

「今邪魔って言った! お姉ちゃんだぞー!」

「うん。頑張ってね」

 桜蓮に引き剥がされて邪険にされた睡蓮が、今度は私をターゲットに抱きついてくる。抱きつき魔の睡蓮、髪フェチの藤さん。一緒の空間に閉じ込められたら身動きを取れなくなりそうだ。

 集合するLotusの様子を、人の頭に顎を置く睡蓮と一緒に眺めた。睡蓮が喋るたびに頭が揺れる。

「じゃ、私たちも席に行こうか」

「うん。帰りは別でいいよね」

「連理ちゃんは車で来てるの?」

「今日はバイク」

「えー? 帰り送ってほしかったなぁ」

 控室から出てそんなことを話していると、観客席に移動する人混みで分断されてしまった。

 まあいい。どうせ席は離れている。何かあれば終わったあとに連絡すればいい話だ。


 凄いな。

 舞台から近い席ではない。それでもその時々のメインになるメンバーが、アップでスクリーンに映し出される。

 その時のそれぞれの表情、切なさとか自信とか、真っすぐに前を見る姿勢がよくわかった。

 演技力とでも言えばいいのだろうか。お芝居の演技ではなく、歌と踊りの中にパフォーマンスとして示す演技だ。

 睡蓮も浮草も、もちろんWildflowersも、常に笑い続けているわけではない。歌詞や曲調によって雰囲気を変えることはあるが、それでも基本は笑顔でお客さんを楽しませる。

 Lotusはそれが違った。ライブのDVDでは一生懸命な彼女たちの姿に感動を覚えたが、実物はそれ以上に表情の変化が多彩だった。

 特に桜蓮とナズ。この二人は切なく見える表情が本当に涙を誘いそうになる。岬さんという人も凄かった。この人は真剣な目の眼光が特に鋭く、サビで力を込めるシーンで最も多くカメラに抜かれていた。

 これまで見たいくつかのユニットやソロアイドルを思いだす。アイドルという括りで一つにできないと感じた。それぞれが違う特徴を持っていた。

 Wildflowersもそういう特徴はある。しかし、もう少し強い特徴がないと埋もれてしまう気がした。

 勉強になった。これは凄い。もっと会場で色んなアイドルのライブを見たい。今までは睡蓮のライブばかり楽しみにしていたけれど、こうなると今後のLotusやCloudreamといった外部のアイドルを見た方がよさそうだ。

 ライブが終わってスマホを確認する。睡蓮は桜蓮と帰るというのでバイクは一人でよさそうだ。木蓮さんもいるはずだし、一緒に家族で帰るのだろう。

 車だったら、きっと木蓮さんも一緒に乗ってきてタクシー代わりにされていたかな。

 今回、握手会のようなライブ直後のイベントは申し込んでいない。ただ、どういうことをやっているのか気になったので、列の並ぶ方を観察させてもらった。

 桜蓮と岬さんの列が凄い。岬さんの強気な様子がずいぶんとほぐれているようで、並んでいるお客さんに柔和な笑みを浮かべている。ただ、遠目に見ても営業スマイルなのはわかった。ああいう二面性も必要ということだろう。

 もし私だったら、なんて想像してしまう。握手会に並んでもらえるような人気があればだけれど、握手のたびに手の傷が目立つだろう。それに個別対応で恐縮してしまいそうだ。フラットな対応はできそうにない。

 将棋界隈ならなぁ、と思う。今までの経歴がそのまま知名度となり、手の傷のことも「そういうもの」という認識で見てもらえている。やはり、こういうのは地道な長い活動があってこそだ。


 いつまでもアイドルのことばかり考えてはいられない。バイクに乗りながら明後日のことを考える。

 大盤解説会、しかも今回は聞き手一人に対して私と常務さんという解説布陣だ。研究会のメンバー情報は連盟に提出されるものではないので、本当に偶然の一致だった。おかげでとても心強い。

 反面、常さん呼びしてしまったり、経理さん呼びされたりしないかが心配になる。常務さんはそういう切り替えが上手いから大丈夫だろうけれど、私は同じ人を場合に応じて呼び分けすることに慣れていなかった。

 常先生なんて言ったら変に親しく思われてしまいそうだし、やはり先生呼びで統一すべきだろう。

 聞き手の女流棋士は初対面になる。こちらの方にも配慮しなければならない。控室での常務さんとの距離感が難しくなりそうだ。

 そして今回は日曜日の対局だ。糸遊が堂々と参加できる日なので、あらかじめ関係者として呼べるよう準備していた。

 帰りの道路は混んでいたが、バイクでするすると通り抜けて前に出る。こういう時のバイクは楽でいい。冬場なら寒さ対策が面倒だけれど、本格的に暑くなる直前の夜なので快適だった。


 今日のライブは帰宅できる時間が読めなかったので、四人にはレッスン後に好きに食べてくれと伝えてあった。

 この調子だと思ったより早く帰れそうだ。事務所に寄るのもいいけれど、たまには一人で食べて帰るのもいいかなと考える。

 いや、やっぱり帰ろう。四人より先に帰り、軽く食事をしながら行儀悪くパソコンで将棋やチェスに勤しもう。

 糸遊や結葉に叱られない時間に、こっそりと行儀の悪いことをする。そういう楽しみがあってもいいじゃないか。

 だったらご飯もジャンクフードがいいな。ハンバーガーでも買って帰ろう。ヘルメットの中でにんまりと笑みを浮かべた。

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