23歳73_Invisible scars
みんなの練習風景を眺めながら、横にいた木蓮さんに各ユニットの雰囲気を尋ねた。
「Wildflowersが、私と睡蓮のいた頃のLotusみたいな系譜だとすると、桜蓮主体になったLotusはCloudreamと似た系譜になるね」
「笑顔を振りまいて一緒に笑うタイプと、色んな表情とキレで見せるタイプ?」
「そうだね。格好よさとか切なさとか、そういう表現がCloudreamの持ち味だから」
「うちの朗らかな四人には難しい話だ」
「それでいいんだよ。客層が違うから奪い合いにならないし」
そういう見方もあるんだ。常に商業的な意味合いも頭に入れている。昨日はあんな感じだったのに、急に木蓮さんが凄い人に見えた。
「浮草ちゃんはその辺上手く使い分けてるから、いい橋渡し役になれるんだよね。笑顔にするというより、直に笑わせるタイプだけど」
「あの子は芸人でも食っていけると思うよ」
「それは同感」
Cloudreamのマネージャーという人も私たちの話を聞いていた。そして不思議そうな顔になっている。そりゃそうだ、急に芸人でもいけるなんて話になったのだから。
その浮草は今、藤さんとマンツーマンで振付を確認している。珍しく緊張した表情だった。瑞香さん以外に浮草が真剣に教わる場面なんて滅多にないので、自然と周囲の注目を浴びる形になっていた。
「綺麗にまとまりすぎてるね。そっちの、えっと凌乃ちゃんだっけ? あなたも来て」
「はい」
凌乃も緊張した面持ちで合流する。
「二人の中間くらいがベスト。大雑把にならないよう、それでいてまとまりすぎないよう、常にバランスに気をつけて。特に凌乃ちゃんはもっと指先を伸ばす。浮草ちゃんは指先意識が強い分、逆のパーツの関節が伸ばしきれてない」
的確な指導だった。瑞香さんも結構厳しいと思ったのに、ここまで細かく具体的なことはあまり言わない。やはり普段と違う人に言われると、浮草も凌乃も新たな刺激になるようだった。
マネージャーさんから二人の年齢を聞いた。牡丹さんが誕生日を過ぎて二十三歳、もうすぐ誕生日の私より一つ下になる。藤さんはその更に二つ下で、今二十歳なんだそうだ。
牡丹さんは牡丹さんで、結葉と他のユニットの子と話をしている。結葉の反射神経のトレーニング方法を聞いて、他の子と一緒に実践していた。大和撫子タイプでおっとりしているように見えたのに、とんでもない反応速度で対応している。
糸遊と采女が一息ついてこちらにやってきた。
直前に二人も藤さんの指導を受け、指摘された点をお互いに確認していた。
「あの人凄い理論派だねー。睡蓮ちゃんより教え方上手いよ」
「睡蓮に指導を期待しちゃだめだよ。あの子感覚派だから」
采女と木蓮さんの話を聞きながら、レッスン風景を羨ましく思う。色んな人と歌って踊って、交流の幅が広がる。将棋の研究会とは別の形で刺激を受けられる環境だ。
糸遊が足元に座り込んだ。確認作業が終わってようやく落ちついたようだ。
「髪の毛いっぱい触られたー」
「髪フェチらしいよ、あの藤さん」
「ふぇち?」
「人の髪に触るのが大好きだってこと。特に、私や糸遊みたいに長くて真っすぐなのが好きなんだってさ」
「糸遊の髪長いかなぁ?」
「長いと思うよ」
私ほどではないが、いつもポニテにしていて肩より下に届く長さだ。割合長い方だと思う。
「じゃあ、昨日の写真見せたら驚くかもね」
「初対面でああいうの見せる度胸はないよ」
「交流のためだよ! 連理ちゃんをもっと知ってもらえるよ」
「そういう知られ方をしなくてもいいの」
「えー?」
糸遊の髪をわしゃわしゃと撫でまわす。髪の中の熱が解放されて気持ちよさそうだ。
「将棋どうなったかなー?」
「ん?」
「棋昇戦もう終わってるんじゃないかな」
「それもそうね。ちょっと見てみる」
スマホを取り出して中継放送を開いた。既に感想戦に入っている。結果はどうだったのか、ログを遡って確認した。
「棋昇負けちゃったみたい。これで来週お仕事だ」
「嬉しい?」
「一応防衛成功を応援していたから、素直に喜べないんだよね」
「何の話ですか?」
顔を上げると牡丹さんが目の前にいた。レッスン場対角の集団にいたと思ったのに、いつの間にやってきたんだ。
「うん。今日将棋のタイトル戦があって、その結果を連理ちゃんと確認してたんだよ」
「千振さんも将棋に興味があるのですか?」
「糸遊でいいよ」
「あら、ありがとう。糸遊さん」
いつもの糸遊の反応だ。周囲も本人も糸遊糸遊言っているので、たまに苗字を忘れそうになる。
「糸遊は連理ちゃんに弟子入りしてるんだよ」
「お弟子さん? そういうご関係だったのですね」
この牡丹の話し方、妙な違和感を覚えるんだよなぁ。そうだ、糸遊のロケの時のよそいきスタイルの口調に似ているのだ。
「まあ、まだ修行中なんでね。私も引退の身だし、のんびり教えてるよ」
実のところ、のんびりどころかかなりの将棋漬けの生活にさせている。ただ、対外的にそういう厳しさを伝えてもあまり意味はなかった。
「羨ましいです。私も教わりたいなぁ」
「牡丹さんも将棋指すの? 大会とか出てる?」
数少ない将棋仲間を見つけて糸遊は興味津々だ。牡丹さんがやんわりと答える。
「大学の将棋部に所属していただけですよ。学生大会には出ていましたが、プロを目指す方々の大会には出ていませんね」
「今度一緒に将棋指そうよ!」
「いいですよ。あとで連絡先を交換しましょうね」
「うん!」
ああ、いいなぁ。こういうの好き。平和な将棋の話は聞いているだけで幸せだ。
「ところで、ずっと気になっていたのですが、この荷物は一体……」
スポーツチャンバラのセットが置いてある棚、フェイスガードやチェストガード、エアーソフト剣が各種数本ずつ置いてあった。
「うちの血の気の多い連中がストレス発散できるようにね。お互いにこれでしばき合ってるよ」
「連理ちゃんが一番やりたがるくせに」
「そんなことないよ」
「しばき合うって、そんなに物騒な練習をされているのですか?」
「安全だから安心して」
一本、小太刀タイプのエアーソフト剣を引っ張りだし、ぺちっと牡丹さんの腕にぶつけてあげる。
「あら、柔らかい」
「素肌とかシャツ一枚みたいな部位でも、それなりに強く振って当てないと痛くないからね。顔と胸は防具もあるし」
「お借りしてもいいですか?」
「どうぞどうぞ」
牡丹さんはあら軽いと言いながら、縦に振って感触を確かめている。
「糸遊のこと叩いてもいいよ」
「そんなことはできませんよ」
「ふーん」
糸遊の血が騒いだようだ。棚から一本取り出すと、牡丹さんの足をペシリと叩いた。
「やりましたね」
牡丹さんも糸遊の腕に武器を振りおろす。糸遊は難なく避け、もう一発太ももにペシっと当てた。
「なんで避けるんですか!」
「そういうルールだもん」
「ほらほら、防具なしでやらないの」
二人から武器を取り上げ棚にしまった。ヒートアップしたら他の事務所にも迷惑がかかる。
それに、そろそろレッスン終了の時間だった。
「でも面白そうですね。興味が湧きました」
「また来たらいいよ。週一でこれやってて、Lotusの桜蓮もいつも参加してるよ」
「桜蓮さんも?」
「面識あるよね?」
「はい。連理さんの将棋の情報を交換する仲ですので」
それはそれで照れくさい話だ。嬉しくもあるので何とも言えない表情になってしまう。
そしてずっと思っていた。この牡丹さん、ずっといい香りがする。香水でもつけているのだろうか。
「はーい。一旦全員集合してー」
瑞香さんの掛け声で糸遊も牡丹さんも輪に混ざった。まさか瑞香さんがこの中でスポーツチャンバラの頂点にいるなんて、牡丹さんは思いもしないだろうな。
それぞれ実りのある見学、もとい交流会になったようだ。特に藤から指導を受けた四人は明確に意識すべきポイントが見つかり、地道に訓練してきた結葉も交流で自信になったらしい。
先に見学者たちが着替えるので、レッスン場に数名残って談笑した。
私が座って柔軟をしていると、采女が背中を押してもたれかかってくる。くっついて離れる様子がない。
「疲れたー」
「どうだった?」
「勉強にはなったけど、人が多いと目にくるね」
「そういえばそろそろ、眼科に行かなきゃね」
「うん。明日連れてってよ」
「いいよ」
背中にしがみつく采女を背負ったまま立ち上がり、ドアの外の様子を窺った。廊下が騒がしいのは数人ずつ入れ替わりで着替えているからだろう。まだまだ時間がかかりそうだ。
凌乃と目が合う。呆れた表情だった。
「何で連理さんは、采ちゃんを背負ったまま平然としてるの?」
「別に采女くらい大した重さじゃないでしょ」
ぶら下がって、足まで絡めてくる采女が耳元で声を荒げた。
「人を軽い女みたいに言うな!」
「実際軽いでしょうが」
すぐにセクハラするし、軽いというより軽薄な部分がある女だ。
「え、采ちゃん何キロあるの?」
「四十二キロ」
「連理さんは?」
「五十四キロ」
「それで采ちゃんのこと軽いって言うんだ」
「だって、起きてるからバランス取るの難しくないし」
呆れた様子で甲峰姓の二人がこちらを見ていた。まだいたんだ。
「小さいのにパワフルだ」
「采女さんと連理さんはどういうご関係で?」
「教え子? みたいなもんだよ。将棋の内弟子みたいに、一緒に住んでる預かり子だね」
牡丹さんにはこの言い方で伝わるだろうか。藤さんは不思議そうな顔で結葉と浮草に質問している。
それも、結葉の練習用のテニスボールを上半身の色んな所に転がしながら。本当に器用な動きをしながら平然としている。まるで新体操選手みたいだ。
そんな二人が残っていることに疑問を持ち、思わず問いかけた。
「で、二人はなんで着替えないの?」
「人が多いから待ってるだけー。ボールありがと」
藤さんは手をグーのまま、手首のスナップだけでテニスボールを結葉にトスし、大きく伸びをした。
立ち上がった藤さんが凌乃と並んで立っている。こうしてみると、凌乃より数センチ背が高いようだ。
瑞香さんと同じくらいあるだろうか、藤さんを見て羨ましさを覚えた。
いいもんいいもん、私だって小さくて得することあるし。
「よいしょっと」
ようやく采女が背中から下りる。あんまり負担にならなかったので、背負っていることすら忘れていた。
「そろそろ下も空いてきたかな。下りようか」
瑞香さんに呼ばれてぞろぞろとレッスン場から出る。最後になった私が電気を消し、鍵を閉めた。




