23歳70_Invisible scars
買い物のあと、少し遅めの昼食をイタリアンレストランで食べた。
何かを食べている時の燈火さんは小動物感がある。綺麗なのに可愛い。色々見せてくれる人だ。
糸遊がトマトとチーズのサラダを別々に食べているのを見て、それは一緒に食べるんだよと教えてあげた。カプレーゼというやつだ。
「おぉー。一緒の方が美味しい!」
「そういう食べ物だからね」
目の前の采女と燈火さんを見た。楽しそうにお喋りしている。
「それで瑞香さんに挑んで、結局負けた上に身長いじりされて泣きそうになってたの」
「うふふ。連理さんらしいですね」
こらこら、泣きそうになんてなってないぞ。
先日瑞香さんにチャンバラで挑んだ時の話だった。聞きながら情景を思いだす。いつか瑞香さんに勝ちたい。でも、なかなかきっかけが見つからないんだよなぁ。
「その瑞香さんが一番強いのはわかりました。次にお強いのは連理さんではないんですね」
「糸遊ちゃんだね」
「まぁ。糸遊さんは凄いですね」
「えへへ、褒められちゃった」
「それでも瑞香さんが圧勝しちゃうんだよねぇ。連理さんなんていつも転がされてるし」
「采女も自分でやりなさいよ」
「やだねー」
采女と結葉はチャンバラレッスンの時、専らダンスの再確認をしている。さやちゃんがいる時はさやちゃんも一緒。あの激しいチャンバラに小さい子を入れるのはまだ早いだろうし、それはそれで助かる立場ではあった。
「冬前に初めてチャンバラに参加した時の動画あるよ。見てみる?」
「はい、どんなものか是非知りたいです」
瑞香さんが撮影してくれてアップロードした動画、URLは残っていた。あったあった。
店内なので音量は小さく、采女にも見えるようにスマホで再生した。
「迫力ありますね」
「うん。実際活気が凄かったよ」
「これが凌乃さんですね」
私たちの中では長身な凌乃でも、大人が多い中では中くらいの背丈に見える。
事務所のレッスン場ではリーチがある方だけれど、ここではとにかく速く動いていたのを思いだした。
「綺麗な人」
「フェイスガードしてるよ」
素朴な感想に容赦のない采女の突っ込み。恐らく顔だけのことではないのだろう、凌乃の立ち姿はカメラ越しでもさまになっていた。
「あ、これは連理さんですね」
「背と髪どっちで気づいたの?」
「え、え? どちらもですよ」
采女はどうしても燈火さんを追い詰めたいらしい。その題材が私というのが納得いかない。
「回って避けて、綺麗にとりましたね」
「うん。そこは上手くいった」
「そして、リーチで負けてる。連理さんらしい」
今失礼なこと言った?
「あ、これ、連理さん怒ってます?」
「怒ってないよ」
「雰囲気が変わったように見えます。あっ、凌乃さん痛そう」
ああ、今の話じゃなかった。動画内の私が怒ったように見えたのか。
確かに凌乃の太ももに一撃を与えた時、物凄く集中していて手加減ができなかったのを覚えている。
あの感触はあれ以来感じていない。
「こういうことをされていたんですね。面白かったです」
「そうそう。それで凌乃と糸遊がスポーツチャンバラのセットを欲しがってね。うちの社長に直談判して買ってもらったってわけ」
「面白い事務所なんですね。またお邪魔したくなりました」
「是非来てよ。何ならタップダンスのお披露目もしてもらいたいし」
「お仕事のご依頼ですか? ふふ、そんな顔しないでください。冗談ですよ」
頭の中でそろばんを弾きかけていた。そうか、燈火さんもそういう冗談を言うんだ。
自宅に燈火さんを招き入れ、以前瑞香さんにしてもらった時のようにビニール袋を広げた。
「全体的に十センチほど短くするんですよね」
「はい、お願いします」
「でしたら、髪をまとめてしまいましょうか。その方が髪も散らかりませんし」
なるほど。瑞香さんとは違うやり方なのか。切ってもらう身なので大人しく指示に従う。
かんざしでまとめてしまうと長さに余裕が出ないので、頭の高いところでポニテにまとめてもらった。
糸遊と采女は観客気分で座って見ている。見ていて楽しいものでもないだろうに。
燈火さんは二本の鋏で手早く髪を切ってくれた。重さは大したことないけれど、やっぱり毛先の当たるところが違うと気分も変わる。
これで少しは乾かすのが楽になるというものだ。
「鏡で見てみますか?」
「大丈夫。ありがとうね」
「はい、お安いご用です」
チョキチョキと鋏を鳴らしてほほ笑む燈火さんは、そのまま買い物袋から追加の道具を取り出した。
「続いて、私の自己満足に付き合ってもらいますね。そのまま待っていてください」
再び下ろした私の髪の長さにエクステを調整し、様々な色を髪に合わせて頷いている。
糸遊が気を利かせて姿見の鏡を持ってきた。采女は大き目の折り畳みの鏡を持って構えている。
「え、ピンク?」
「似合うと思いますよ。黒と相性がいいので」
私のイメージカラーじゃない。そういう色合いの所持品もなかった。本当に似合うんだろうかね、こんな目をしているのに。
糸遊が驚いた時の口になり、鏡を持っていた采女が目を輝かせて言う。
「あ、それ超似合ってる」
「でしょう? 写真に撮っちゃいましょう」
「え、ちょっとそれは聞いてない」
「ほら、じっとしてくださいね」
鏡で見たのは一瞬だった。自分ではわからない角度でたくさん写真を撮られる。一体私は今どうなっているんだ?
それにこのエクステ、ちょっと頭皮に当たる感覚で違和感がある。着脱可能なタイプらしいから仕方ないか。
その分色々なカラーバリエーションが楽しめるとかで、オシャレ好きな子ならいいんだろうけれど私はされるがままだ。
「連理ちゃんすっぴんだよね」
「当たり前でしょ。泳いだあとなんだから」
「だったら変に着飾るより、ラフだけどセクシーな服とかいいかなー」
結葉と凌乃がいなくてよかった。化粧や服装のこととなると、あの二人はとにかくうるさい。
「綺麗に撮れましたよ。お二人にも共有しますね」
「わぁー! 連理ちゃん可愛いよ」
「ありがと」
ものはついでと言わんばかりに、糸遊も珍しく興奮してスマホをパシャパシャやっている。
「私はもういいでしょ。どうせなら糸遊と采女も試してみなよ」
「えー、もったいないからいいよ。糸遊ちゃんの方が長いから合わせてもらえば?」
「采女ちゃんも似合うからやってみようよー。写真に残せば見比べられるよ」
「そんなみなさんのために、しっかりもう二セット買ってありますよ」
じゃーんと、燈火さんがお茶目にエクステセットを取り出した。それぞれの長さに合わせて使い回せるように、元から短めのものも買っていて準備は完璧だった。
それから二十分ほど私たち三人の髪をエクステで飾ったり、まとめて写真に撮ったりで、燈火さんの独壇場になってしまう。
そしてインターホンが鳴った。今日は来客予定はないはずだ。
エントランスのカメラ映像には睡蓮の顔。何しに来たんだ?
「連理ちゃーん! おーい、開けろー!」
「何しに来たの?」
「采女ちゃんから緊急連絡を受けてきたんだよー。開けてー」
エントランスで騒がれては面倒だ。急遽押しかけてきた睡蓮を仕方なく迎え入れた。
「暇なの?」
「髪かわいいー! もっと早く呼んでよね!」
睡蓮がずかずかと上がり込み、中でエクステ祭りになっている糸遊と采女に襲い掛かる。
二人の悲鳴に満足したのか、今度は燈火さんを見て睡蓮が口を開いた。
「あ、燈火さんだ。電話の時はどうも!」
「こんにちは。睡蓮さんですね」
「うんうん。よろしくねー」
これはこれは。凌乃と睡蓮の組み合わせも相当見栄えがいいが、この二人が並ぶと別の華やかさがある。私たちの変装なんかより、この二人の写真を撮った方がお金になりそうだ。
思わずスマホでパシャリ。勝手に上がり込んできたんだからこれくらい許してもらいたい。
「わー、これで遊んでたんだ。連理ちゃんおいでー、もっと派手にしようよ」
「嫌だよ」
「燈火さんどう思う? あの生意気な態度」
「生意気ですね」
「燈火さんまで何言ってるの?」
場が完全に睡蓮に支配されている。呼びよせた采女自身、自分も襲い掛かられたことで目を白黒させていた。
「連理ちゃんの言ってた通りだ。燈火さん凄く綺麗」
「ふふ、ありがとうございます。睡蓮さんもとても素敵です」
「あぁー、そういう素直な誉め言葉久しぶり。もっと褒めてー」
「綺麗で可愛いですよ」
燈火さんが再び支配権を取り戻した。もう、ずっとこれを見ていたい。
私と同い年の燈火さんに対し、睡蓮はどうやらお姉さん的な存在として認めたようだった。
私と同い年なのにね。この差は何だろう。
三十分ほど睡蓮もエクステ祭りに参加し、おやつの時間になった。
五人のスマホのフォルダが、最新画像でいっぱいになっている。
采女はロケ中の結葉や凌乃、同行中の木蓮さんにも写真を送り付け、満足そうに紅茶を啜っていた。
百均で買った大量のお菓子がちょうどいいおやつになる。五人で食べたらすぐになくなりそうだ。
「いやー、桜蓮はライブ前のレッスンだし、お姉ちゃんはロケ同行でしょ? ちょうど暇してたんだよね」
「睡蓮もLotusに籍残してるんでしょ?」
「名前だけ名前だけ」
「お姉さんは、木蓮さんですね。確かに似てますね」
「えへへ、自称美人姉妹だよ」
「実際美人ですよ」
「あーもう、燈火さんの真っすぐな誉め言葉沁みるー。連理ちゃんも見習え」
「うるさいのが来て迷惑だよ」
「そういう真っすぐな言葉はいらないの」
「采女、責任取って追い返しなさい」
「嫌だよ。睡蓮ちゃん可愛いー」
「ありがとー。采女ちゃんも糸遊ちゃんも可愛いよー」
また二人が懐柔されてしまう。うちの子を取らないでほしい。
「桜蓮にちょっかいかけたお返し」
こちらを見てぼそっと言う睡蓮を睨みつける。そういうつもりなのね。
「お二人は本当に仲がいいんですね」
「そうだよー。この間プレゼントもしたしね。何で連理ちゃんつけてないの?」
「ネックレス? 普段はつけてないよ」
「磁気ネックレスなんだから普段からつけとかないと。肩凝りに効くんだよ」
そういえばそうだった。言われて思いだし、寝室の枕元から持ってくる。
テーブルの上には大量のエクステの束。その横に広げてネックレスを置いた。
「何で並べてるの。つけてあげる」
断る間もなく睡蓮がネックレスを手に取る。その睡蓮の首元には、別の色のアクセサリーがぶら下がっていた。
「ぐええ」
「カエルみたいな声出しちゃって。やっぱり連理ちゃんは面白いね」
「わざと喉に引っ掛けたでしょ」
「ねね、ネックレスつけたままエクステつけてみようよ」
「嫌だよもう。頭変な感じするし」
「えー?」
視線を感じる。采女がスマホを向けていた。こういうプライベートシーンを売る気はない。
「燈火さんこれどう? よく撮れてるでしょ?」
「はい、とっても素敵です」
「見せて見せてー」
あーもう止まんないや。何をやっても素材にされてしまう。
「みんな凄いね」
「糸遊も疲れた?」
「うん、ちょっとだけ」
さすがの糸遊も苦笑している。この三人のノリと勢いは、私たちのような棋士タイプには刺激が強い。
髪を切ってもらってからまだ一時間でこれだ。レッスンでも受けていた方がまだ気楽だ。
大きく欠伸をしてしまう。そういえば朝早かったんだ。テーブルに突っ伏して軽く目を閉じる。頭を撫でられる感覚と共に眠気に負けた。




