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23歳49_Invisible scars

 大盤解説会の仕事が終わってすぐ、Wildflowersのライブ映像を徹底的に見なおした。

 それぞれの課題、長所、連携の取り方。最初は完璧な構成だと思っていたけれど、それぞれの成長に合わせた調整ができていなかった。

 最初の既定路線を真っすぐに進むだけ、それで成功し続けられるほどアイドルは甘くない。

 それらを亜嵐さん含め、木蓮さんと瑞香さんの前で動画を流しながら説明した。

 それぞれの課題に対し、どういうトレーニングがいいか相談に乗ってもらう。

「よく見えている。課題も間違っていない」

 亜嵐さんに言われて自信になった。瑞香さんはフォーメーションを練り直すと言ってくれ、木蓮さんが私の提案したメニューを検討してくれた。

 一人一人と相談し、それぞれのやりたい方針と、何ができるのかを話し合う時間を作ることにする。

 四月に入る前の面談のようだ。私は先生でもないのに、急に偉そうなことをしはじめて四人は驚くことだろう。


 采女の視力問題は、眼鏡の購入で落ちついた。

 それを差し引けば課題らしい課題のない采女に対し、特に注文をつけられる点はなかった。采女自身はユニットでのタップダンス連携を考えており、瑞香さんに日々交渉を持ち掛けている。

 まずは采女自身がどの程度できるようになるのか、それを試す必要がある。そういうことで、私と同じくタップダンススクールへの入会を決めていた。

「帰ったら連理ちゃんのタップボードもあるからね。練習時間はいっぱい取るよ」

 結局タップボードは二つとも自宅に置きっぱなしだ。片方はレッスン場に持っていくことも考えたけれど、まだ必要ない。

「まずは靴を用意しないとね」

「えー? 結構するんでしょ?」

「亜嵐さんにたかろう」

 そんな流れで木蓮さんを頼り、経費申請と靴の購入に付き合ってもらった。


 凌乃も同じだ。あえて言うのならば、問題点はエネルギーが溢れすぎているということ。

 この子をユニットだけに留めておくのはもったいない。ソロ活動の並行も視野に入れるべきだと思った。

 本来はソロデビューさせる目的もあって、亜嵐さんがスカウトしてきた人材だ。

 そのことを瑞香さんの前で話すと、凌乃はやる気に満ち溢れて言った。

「浮草と同じ条件でやれるんだね」

 瑞香さんが厳しい口調で忠告する。

「まずはソロ用の練習メニューの追加よ」

「望むところ。道場の回数増やそうと思ってたし」

 凌乃が燃えていた。この子はやる気になるほど綺麗に見える。


 そして結葉。糸遊と同じく柔軟性が課題かなと思っていたが、よくよく見ると違っていた。この子は他の三人に合わせようとする意識が強い。強すぎるのと、合わせられる程の瞬発力を兼ね備えていない。

 課題は一つ、瞬発力だ。そして、次回のライブでは起点になり、周囲が結葉スタートの形に慣れること。これが新たなWildflowersの形に見えた。

 結葉はレッスンの開始直後、反射神経のトレーニングをすることになった。テニスボールを使ったキャッチ形式。格闘家なんかがやっているのを目にしたことがある。身体や神経が疲れる前にやると効果があるらしい。

「うん、やってみるよ。みんなに遅れてる気はしてたから」

 私はあえて口を挟まなかった。結葉には私より瑞香さんの言葉の方が響く。一番瑞香さんと親しくしていたからこそ、瑞香さんの話を信じるだろうと考えた。


 糸遊の課題は明白だった。伸びやかさ、柔らかさの問題。そして将棋の課題とも繋がっていた。自己分析能力の高さと、割り切りの能力の高さ。それが成長の余地を縮めている。

 現状の最大限を早い段階で見つけ、遂行することを徹底していた。それが伸び代を潰してしまっている。

 糸遊には私と同様水泳を勧めた。最初は眉をひそめていたが、瑞香さんの説明で納得した。あまり泳ぐのが得意ではないらしい。

 その上で、夜の将棋の前に一つアドバイスをした。弱点を克服させるという言い方はせず、今やれていることをもっと深くやれるようにしなさいと伝えた。

 具体的には、三十秒悩んだ時に顔を上げてリセットする癖をやめさせる。三十秒ではなく一分、二分と徐々に長くカウントし続けて調整できるようにと伝えた。

「そんなに集中力持たないよー」

「その集中力を持続するための訓練なのよ」

「うーん。できるかなぁ」

 まずは三十のカウントを六十まで伸ばす。毎日の糸遊との将棋の時間が長くなった。

 決断力が課題と中堅棋士は言っていた。決断力がないというわけではなく、自分のルールに従った割り切り方が極端ということだった。もっと上手く時間を使い、決断までの思考量を増やす必要がある。

 私との早指しで定着しきった癖を、より使いこなせる形にしなさい。そう伝えていた。

 ダンスの方で弱点克服と課題を掲示していたので、将棋の方は長所を伸ばす言い方をした。両方で弱点克服なんて言ってしまうと、生真面目な糸遊は悩み苦しんでしまうだろう。そう思って伝え方は慎重に考えた。

 加えて、女流棋士になるための大会エントリーにも同意させた。これは私が師匠の立場で申し込んでおき、事後承諾させた。師弟関係を結んだ以上、こういうエントリーには私の名前が必要となる。

 そのことを知った糸遊は妙に喜んでいた。「連理ちゃんの弟子として公式デビューできるんだね」と。

 四月と五月にそれぞれ予選が始まる。予選を勝ち抜け、女流も参加する次の予選を抜けたら本戦入り。そこで一定の成績を上げたら晴れて女流棋士になれる。

 糸遊自身でも調べていたことだし、橋見さんにも相談して確認したことだ。

 四月の大会に一番最初の予選から参加させることで、より多くの実戦経験を積ませる。水泳も泳ぎ方からになるというので、一旦はスケジュールを作ることから始めた。


「こんにちは糸遊さん。ご入会ありがとうございます」

「このお姉さん計算高いからね。気をつけるのよ」

「え?」

 燈火さんの働くジムに糸遊を入会させる際、やはり受付は燈火さんだった。

「計算高いなんて褒めすぎですよ」

「褒めて言ってるんじゃないよ」

「そうなんですか……」

 しょんぼりとする燈火さんのリアクションが、元々の儚げな美しさと相まって得も言えぬ色気を醸し出した。

「綺麗な人」

「ありがとうございます。糸遊さんも綺麗ですよ」

「本当? 連理ちゃん、褒められちゃった」

 これも計算なのだろうか。最近、燈火さんを素直に見られなくなっていた。

 糸遊が水泳に通うにあたり、最初は誰かの指導が必要だ。

 私に合わせたスケジュールでは、糸遊のレッスン時間の調整が難しい。

 燈火さんが泳ぎに行く時に糸遊も合わせる。そういう形で水泳指導をしてもらうことになった。

「可愛らしいお友だちが増えて嬉しいです」

「糸遊も嬉しいよ」

 燈火さんはタップダンススクールで采女との交流もある。いつか私の環境が、燈火さんに支配される気がした。


 浮草のライブが明日という日の朝。私が純喫茶に行くと、いつも通り浮草が働いていた。

 こういう時にも普段通り働いているのが浮草らしかった。メンタルが強い証拠だろう。

「はい、これ。明日頑張ってね」

「おぉ?」

 激励も兼ねたプレゼントを渡す。中身はちょっといい感じのヘアブラシだ。

 レッスンのあと、髪を解かす時に新しいものが欲しいとぼやいていた。と、結葉から聞いていた。

「こういうの欲しかったのー! うれしー。ありがと連理さん」

 お礼と名前の呼び方がワンセットになっている。そういう造語だろうか。

 店主がブラシを掲げる浮草に声をかける。

「何でも欲しがるね君は」

「世界が欲しい!」

「知性を欲しがるべきだね」

 店主はそう言ってブレンドコーヒーを淹れはじめる。最近は注文しなくても出てくるようになった。

「ちょっとブラシ試してきますねー」

「おーい、仕事しろ」

 浮草は店主を無視して化粧室に消えた。

 ライブの前日だというのに余裕がある。それにしても世界を欲しがっているだなんて、あれは本当にただの冗談だろうか。

 店主と苦笑しながらコーヒーを啜っていると、ようやく浮草が戻ってきた。うきうき顔になっている。

「連理さんこれ超いいよ! まじありがとー」

「はいはい。なくさないでね」

「このサイズのものをなくしたりしませーん」

 何はともあれ喜んでもらえてよかった。

 心なしか、店主の浮草を見る目が優しく見える。

「そんな君に誠に残念なお知らせなんだが」

「はい?」

「来月から時給を上げる」

「なにが残念なんですか?」

「残念だ」

「なんで!?」

 私も残念だ。浮草はもっと貧しく、ハングリー精神を養ってほしい。たかられるのは勘弁だけれど。

「単純に長期間労働の昇給だよ」

「いいことばかりで明日が不安になってきた」

 複雑な表情で言う浮草に、私も店主も笑ってしまう。


 翌日の浮草のライブは大成功だった。

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