29話 逃走劇 (2)
案の定、塔の付近にはまだ見張りの兵士は配備されて
いなかった。
塔から街までは結構距離がある為、馬や馬車の手配を
して出かけるのだ。
多分、兵士たちもファオニンを塔に届けて、再びこ
こに来るのは明日か、早くて処刑が終わって片付け
が終わった頃だろう。
それまでは自由に出入りできると言う事だった。
メノウは馬から降りると思いっきりドアを蹴破っ
たのだった。
「おい!ジジイいるんだろ!出てこいよ。一発
殴らせろよ!」
大声で怒鳴るが、そこには誰も居なかった。
各部屋を見て回り、いつも入り浸っている作業
部屋も覗いた。
どこにも居ない。
逃げたのか!?
そう思った時、ふと気づいた事があった。
いつも無造作に置かれていた本も。
棚ぎっしりに置かれていた作りかけの魔道具も
何もかもがなくなっているのだ。
そして、それは家具の類まで全部だったのだ。
引っ越したと言われたら、納得してしまうくら
いに何もかもが無くなっていたのだ。
「おいおい、マジかよ。あのジジイ逃げたのか…」
「まさか………」
メノウが愕然としていると、別の声が耳に届く。
「誰だっ!」
「君は……メノウ殿下……」
「誰だっけ?」
向こうは知っていて、メノウは知らない。
どこかで見た事があるのだが、名前は思い出せない。
「私は、ここの師匠。いえ、かつての弟子で、今は
赤の塔の主で、タヒソ・エクドールと言います」
「エクドール……イーサが連れて来た錬金術師の?」
「えぇ……今、イーサ様は医者に診てもらっている
のですが一向に改善せず…このままでは数日中に…」
「なんでだよ!お前ら錬金術だろ?解毒薬だって作れ
んだろ?それに、優秀な医者だってついてんだろ?
なんで……なんでだよ……」
黙ったままのエクドールにメノウは掴みかかると殴
り飛ばした。
「なんでこんな事になってんだよ……手柄を競うの
は俺らだろ?なんで他のやつが手を出してくんだ
よっ」
当事者以外が動いた結果今の状況になっているの
だろう。
例えば王妃などだ。
だが今回はそうとも言えなかった。
イーサを亡き者とするのはいいがメノウが疑われて
は困るはずなのだ。
なのに、あえてメノウに罪を被せようとしている。
あの、毒を盛ったと自白したメイドはメノウの専属
のメイドだった。
なら、メノウが知らないはずはないのだ。
それなのに、この反応はどうしたことだろう?
久しぶりに来た師匠の部屋はガランとしていた。
建物全体が主不在で鎮まり帰っているようだった。
何かが物足りないとおもっていたら、部屋全体に
棚はあるのに、何も置かれていない事だった。
師匠は常に本に埋もれる人だった。
なのに、本が一冊もないのだ。
「整理して逝ったのですね……あの人らしいです」
「何があの人らしいだ!あのクソジジイが!」
「そんなに怒る事ですか?あの少年を可愛がってい
たのでしょうね……死なせたくないくらいに……」
エクドールはあの時の少年の伝言通りに師匠が使っ
ていた机を調べる。
そして、そこにポツンと入っていた薬の瓶を取り出
したのだった。
エクドールには鑑定は使えない。
だから、これがなんの薬かはわからない。
だが、絶対に何かあることは確信できる。
そうでなければ、最後に自分に伝えるはずはない
のだ。
すぐに薬の瓶を手に戻ろうと外へ出ると、メノウ
が追いかけて来ていた。
「おい、どこいくんだよ?」
「街の鑑定士にこれの鑑定を頼むんです。一刻を争
うので、私はこれで…」
「俺もいく」
そういうと、メノウは一緒の馬車に乗り込んだのだ
った。
「メノウ殿下、貴方は外出してはいけないはずでは?」
「いいんだよ。あのジジイが逃げたんだ。絶対に街へ
行ったに違いないんだよっ!」
「………」
「なんだよ?」
じろじろ見てくれるエクドールにメノウは訝しむよう
に睨みつけたのだった。




