61話:夢
遠くから誰かの泣き叫ぶ声が聞こえる。誰の声かはぱっと浮かばないのに、何故か「泣き止ませないと」という気持ちになった。
視界が真っ白に染まっている。気を失っているからかと思ったが、どうやら違うようだ。
全てが白い。
家具も、壁も、床も、窓から見える空も、何もかもが白なのだ。目がチカチカする。
「……はぁ、今回の勇者は随分とうるさい」
そばで男性の声がした。白まみれで気づかなかったが、白い男性が近くに立っていたのだ。
白い髪に、白い肌。服まで白い。線が細いのに、何故だろう。私の本能が「こいつは危険だ」と警鐘を鳴らす。
「人間の友が死んだだけなのに、あれほど泣き叫ぶとはなぁ。天使どもの精神汚染をはじき返しているところを見ると、今回の勇者はだいぶ精神が強い。それは当たりだ。しかし、もう3日も泣き叫んでいるのは頂けない」
ぼそぼそとそんなことを言っている。言葉の意味を理解する前に、男性はゆったりと歩き出した。なんとなく、ついていく。
「うわぁあああん。麗奈ちゃん、麗奈ちゃん! 嫌だよぉおおお」
ガサガサの、酷い声だ。男性が移動した部屋の先に、真っ白な人に囲まれた誰かが泣いている。その子は、血だまりの中で、私を抱えていた。
正確には、私の上半身だ。切断面からあふれた血は、まっ白な床を赤に染め、灯の身体もべったりと汚している。
灯!
名前を叫んだのに、音にならなかった。男性を置き去りに、灯のそばへ駆け寄る。近づくにつれて、ぞっとすることが分かった。
周りのやつらが、ぼそぼそと呟き続けているのだ。
「ただの肉だ」
「汚らわしい」
「腐るだけ」
「捨てろ」
「お前は勇者になる」
「あの方の駒となる」
こんな言葉をそれぞれが延々と、頭がおかしくなるような響きで灯に投げかけているのだ。言葉が灯に届くたび、だんだんと灯が衰弱していくような気がした。
やめろよ。お前らが望んで連れて来たんだろ! なんでこんな酷いことをするんだよ!
灯の前に立って、両手を広げて庇おうとした。でも、あいつらの言葉は関係なく灯に向けて投げつけられる。1人に殴りかかったけど、当たることはなく、通り過ぎるだけだった。
何もできない。
「ふん。闇の気配か。またのぞき見とは、相変わらず、趣味が悪い」
私の方を見て、あざけるように男性が笑う。私が見えているのかと思ったが、どうやら少し違うようだ。
「のぞき見たところで、弱体化したお前に何ができる」
私に聞き取れない名前を男性が言った。私は、その名前がなぜか女神のものだとわかる。彼は、闇の女神のことを知っているんだ。
「ただでさえこの女がさえずって煩わしいのに、口うるさい妹がいては、さらにうるさいというものよ」
男性が手を振ると、強い風が吹いて、私を吹き飛ばそうとする。抗って、灯のそばに近寄ろうとしたけど、足が浮いて吹き飛ばされた。
「麗奈ちゃん、おいていかないでぇ」
最後に聞こえた灯の声が、耳に残った。
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