54話:はっぱをかけられた
なにかの雄叫びと鈍い打撲音が大森林に響く。私が声の方を見ると、大きなイノシシがゴブリンたちをひき殺していた。ぐしゃり、ぼきり。巨体に跳ね飛ばされたゴブリンどもは、ありえない方に関節が曲がったり、地面や大木に潰れたトマトのようなあとを残して沈黙した。
「ブルルルッ、ブモッ」
グレートボアだ。周囲のゴブリンを睨みつけながら、鼻息荒く威嚇している。新手の登場って感じですか。勘弁して欲しいんだよな。
「にゃん!」
「ブモッ!」
「は? ちょ、なんで!?」
ミケがグレートボアに向かって鳴く。鳴き声を返したグレートボアは、ミケの視線の先にいるゴブリンに突っ込んだ。木の根が飛び出してる足場の悪さなんて感じさせない勢いでぶつかっていき、ゴブリンたちを戦闘不能にしていく。こぼれたのはミケと緑子がせっせと影魔法と毒液で片付けた。
なにが起きてんの?
「ブフゥ」
「にゃー!」
「!」
私が驚いてる間に、ゴブリンは綺麗に片付いた。私の周りが真っ赤に染まっている。なにこれ、なにがどうしてこうなった。ご満悦なミケと、大きな頭を揺らす緑子。この2匹はグレートボアとコミュニケーションが取れてるようすだが、飼い主はおいてけぼりでございます。
誰か、翻訳コンニャクを持ってきてくれないかな。そんな魔法のようなアイテム、キャシー姉さんでも知ってるかわからんけど。
あ。
「キャシー姉さん!」
「にゃ!?」
「救援を呼びに行くんだよ! 早くしないと、止まってる場合じゃない!」
重要なことが頭からすっぽ抜けていた。ミケを抱き上げ、緑子が二の腕に張り付いているのを確認し、私は足に力を入れた。
そうしたら、ずっこけた。
それはもう、綺麗に顔面からずっこけた。受け流しや見切りは発動しなかった。おかげさまで、顔面がめっちゃ痛い。ずっこけた原因は、服を引っ張られる感覚でなんとなく分かった。
「なにすんの!」
「ぶぅ」
グレートボアのせいだ。私を助けてくれたグレートボアは、何を考えているかわからない顔で私の上着をくわえて、私の足を急停止させたのだ。おもわず、私はグレートボアにずずいっと顔を近づける。猪なんて、自然界で出会ったら熊と同じように刺激しないように逃げるべき害獣だ。しかし、この時の私はそんな知識は頭からすぽーんと消えていた。
だから、思い出した。
昨日、回復薬を渡したグレートボア。命を譲ってくれたあの子と、目の前のグレートボアにある傷のいくつかが同じ場所にある。
「きみ、昨日の」
「ブフン」
「にゃー」
どうやら、気づいていなかったのは私だけだったらしい。ミケはようやく思い出したか、と言わんばかりにグレートボアの背中に乗り、ふふんっと顔を上げている。いや、なぜ君が得意げなんだ。ミケちゃんや。
「なんで、またゴブリンに襲われるよ。君も一緒に逃げよう」
「ブヒィ!!」
「わっ」
鼻ですくい上げた腐葉土ごと落ち葉をかけられた。その後も、一緒に行こうというたびに同じことをされる。こんなことをしている暇はないっていうのに。
「もういい! 私だけでも助けを呼びに」
「ぶも!」
「なんなんだよ!」
走り出そうとすると、また服を噛んで止められる。かといって、私を攻撃する様子はない。ポテラ村へ一緒に行こうと言えば腐葉土ごと落ち葉をかけられ、1人で行こうとすれば妨害される。
それを繰り返すうちに、私はあることに気付いた。グレートボアのお尻を押すために後ろに回ろうとしたら、その子は「ぶふぅっ」と鳴いて先に進もうとしたのだ。ゴブリンキングのいる、開けた場所の方へ。
「君、ゴブリンキングの所に行こうって言ってるの?」
「ぶもっ」
「なんで、危ないよ。それに、私は助けを呼びに行かないといけないんだって!」
そういうと、グレートボアは真っすぐ私の目を見てきた。
「ぶも」
「なにさ。そんな目で見ても、私はやらなきゃいけないんだ」
「にゃあ」
「だって、私は、ゴブリンキングに勝てないんだから」
鼻がツーンとする。じわじわと私の胸に広がってくるもの。
悔しい。
泣いてる場合じゃないのに、早く助けを呼びに行かなきゃいけないのに、私は、足の早さしか取り柄がない。助けを呼びに行くことしか、役に立てない。
暗殺スキルが通用してたら。アイツの死角に入りこめたら。そのためには手数が足りないのだ。どうしようもない。
「にゃーん」
「ミケ……」
ミケが私の顔に手を置く。ぐにぐにとほっぺを押した後で、ミケは自分の首についているものをちゃりちゃりと触った。その後で、もうひと鳴きしてから、ちらりとグレートボアに視線を向ける。
緑子もグレートボアに向かって糸を吐く。私と、グレートボアをぐるりと柔らかな糸で囲った。……これって。
「グレートボアと契約しろって言ってる?」
「ぶもっ」
私の呟きは、ようやく気付いたかと言わんばかりの鼻息で肯定された。
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