そう来たか…
こんにちは、皆さん。
宮城は晴れ。電車が計画運行するほどの強い風に見舞われています。春の空気に入れ替わっているんですね。今日はさほど気温は上がりませんが、明日は11度ですって。
昨日、派遣会社からメール連絡が何件か来ていて、エントリーしていた2件が選考を待たず見送りになりました。やっぱりね、入力テスト酷かったもの。で、Excelを勉強できるコンテンツが送られてきました。そう来たか! 見捨てられるわけじゃないんだ、ちょっと安心。
時間はたっぷりありますから、地道に勉強します。やれやれ。
緑茶を一服飲みながら、閑話休題――。
昨夜は美輪明宏さんの『私の人生論 目に見えるものは見なさんな』を再読して、ひたすら感心してました。
瀬戸内寂聴さん亡き後、世間に向かって一家言述べられる人は美輪さんくらいだと思います。
壮絶な波乱万丈な人生、豊かな人間関係、他に類を見ない文化人としての側面…。
ご自身の人生を玉虫色になぞらえて、老若男女問わず強く生きるにはどうしたらよいか、あらゆる角度から考察しています。言行一致していらっしゃる、現代では稀有な存在でしょう。
高校時代の友人が美輪さんの大ファンで、それにつられて著書を読むようになった私ですが。20代の悩み多き頃の、何も知らないお子ちゃまだった自分を励ましていただきました。
それでも統合失調症という不治の病を患ったのは、今思えば美輪さんという太陽に背を向けていた時でした。自分という殻に引きこもって、世を拗ね、人付き合いを拒み…周りの方に不思議そうに見られていたのもこの頃。「普通に見えるのにね、病気なのかな?」と、周りが察してくれることばかり期待していました。
少し考えたんですけど、職場の友人と飲み会が楽しめるまでに回復したのを終点とすると、29歳で発病してからこれまでは長いリハビリテーションだったのではと思って。
その間、お世話になった人々、病院関係者、会社、団体、公共機関の方には、ご迷惑だったことも確かにあったし、不義理なことで申し訳ない気持ちでいっぱいです。文字通りいろいろなところで闇雲に彷徨っていた。自分ではちゃんとしたいと思っていても、最後は砂の城のように崩れていきました。
そのことを恨むのは筋違いなのに、小説家になって、あっと言わせるんだと息巻いて…何が違う? どこがおかしい? と負のスパイラルの中でもがき続けていた、あの頃――。
誰もはっきりと「こうだ!」とは指摘しなかった。お医者様でさえ、アドバイスするのを差し控えたことがあった。つまりそれは甘えと逃げ、依存心です。
私に足りなかったのは自立心。病気に正面から向き合い、出来る範囲で仕事をして、他人様の力も程よく借りて、人生の終わりまで一人きりで歩くこと。…その覚悟をすること。
今は家族もいてくれます。同じ境遇の友人たちだって。でも、ずっと一緒じゃない。そして死ぬ時は誰でも一人です。自分の人生を引き受けることなく、自律を謳っても無意味だったことが、たった今わかりました。
『第三若草物語』で、長女メグの夫ジョンが死を迎えるんですけど、その際にメグが困らない貯えと準備は終えてあったとジョーたちが話すシーンがあるんです。
ジョンにとって自分亡き後のメグの生活が一番の懸案だったんでしょう。他には取り立てて世間に功績もない人だったけれど、立派だった。そして双子の子どもたち、デミとデージーにも父親の生きた道を示すことができた。
…人生を生ききるのを難しく感じる人は多いと思いますが、最期はシンプルでいいんだなと、この物語を読んでいると思います。
ジョンのように愛する人のためにすべてを捧げる生き方は、誰でもできるわけではありません。
ですが、自分くらいは自分の生き方を認めて死にたいと思うのです。
人生をやりきる…なんて大らかな夢なんでしょう?




