四月八日が仏滅…
こんにちは、皆さん。
宮城は晴れ。風がかなり強いです。電車とか大丈夫だったかな? 毎年桜の咲く時期は風が強くて割と冷え込むんですよね。
今日はお釈迦様の生誕日、でも仏滅。お釈迦様の一生を凝縮しちゃったような日取りです。
お寺では降誕会などの行事が行われていることでしょう。一般には花まつりの方が通りがいいかな。こんな日は仏教に親しんでみるのもいいと思います。
前世のいつかの時代に、吉祥天に帰依していた人生があったみたいで、仏教には特別なご縁があるらしいとわかってからお寺の参拝にも熱が入っていた時期がありました。仏教書を漁るように読んでいたのもこの頃。今でも建功寺住職の枡野俊明さんの書いた本がストンと腑に落ちるほど大好物です。
仏教の無量光寿の途方もない世界観には、自分の限界を思い知らされました。海浜の砂粒を数えたよりも遠い遠い場所にある浄土…そこで行われる奇跡の物語は、宮沢賢治の『光の素足』そのもののオマージュです。
自分の作品にも、修法などの仏教用語が使われているのは、その名残。無数にある如来の浄土を知って、ひとつくらい私が創った異世界もあっていいじゃないかと(笑) 気持ちの上で仲間に入れてもらっています。ご存じの通り、ローマ神話の神々や河童などの妖怪が出てくるなど、何でもアリなちゃんぽんな世界なんですけどね。私なんぞは、お釈迦様の掌の上で遊ぶ小童にすぎません。
掃除好きなのも、仏教に帰依していた前世に起因するのかもしれないですものね。三つ子の魂百までと申しますか、魂の遍歴にも同じようなことが言えます。
不思議と戦争で戦ったとか、どこかの富豪だったとか、前世のスポットライトがそこには当たってなくて。平安時代には仏教の五色の幡を染色する職人だったとか、白鷺城界隈の大店の娘だったとか、江戸時代には文具問屋の娘だったとか、魚屋だったとか、六人の子持ちの母ちゃんだったとか、インディアンだったとか、スペインの靴職人だったとか、漁師だったとか、フランスのワイナリーを経営していたとか…まぁ、いまだ解脱の叶わない迷える魂ですが。小説家の要素、0なんですよね。お坊さんだった時もないようですけど。
輪廻転生、津々浦々いろんな経験が魂に刻まれてるんですね。
一足飛びに解脱とはいかないように、この人生も苦楽を味わい尽くして終えるんでしょう。
自由に好きなことをするために生まれてきた、と霊能者の先生は仰っていましたが。それが目的だと結婚が遠のくとか、目標が定まりにくいなどの弊害もちらほら。
たぶん、いつの時代も何か書くのが好きだったんじゃないかな。自分一人の愉しみとしてね。で、神様仏様に「チャレンジしてこ~い!」って、送り出されたのかも(笑) そう思うと楽しいし笑えますよね。
今思ったんですけど、もっと自分を頼みにして流れに任せるでもいいのかもと思いました。仕事が決まらないとか家族の悩みとか、いろいろありますけど、どれも面白がっていいんじゃないかと。マジになってる自分を笑うくらいの余裕でいけば、どこかには出るでしょう。
日和見~!




