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最終話 また、会えるよね?




優しく類を照らす朝日に、自然と目が覚める。


ここで見る最後の朝日が、急かすように僕を眠りの底から引きずり出す。

いつの間に眠りについたのかは解らない。

ただ、寝つく頃には、やけにすっきりした気分だったのには間違いない。

確かにすっきりした後だけど、別にそういう意味ではない。


隣で横たわる華凜は、まだ目覚めきってない僕の顔を見ながら微笑んだ。


「……また涎ついてるわよ」

「……んん~」


ぐしぐしと手の甲で拭う。

昨日も同じやり取りをしたような気がする。


「……またずっと見てたの?」

「……うん、ずっとね」

「どれくらい?」

「優斗が寝入ってから、ずっと」

「……ほんとに?」

「冗談……でもないかな」

「寝てないんだ」

「そうでもないわよ。うん、そうでもない」


華凜は、まるで自分に言い聞かせるようにして、そう言った。


「ちゃんと寝なきゃ」

「眠くないから別にいいの」

「なら、いいけど」

「優斗の寝顔見てる方が、眠るよりも大事だったのよ」

「なんか凄く恥ずかしいこと言ってない? それ」

「そうかしら。でも、だったら優斗も人のこと言えなくない?」

「そう?」

「いろいろと出てくるわよ、思い返せば。十年後にはコレを餌に脅しかけられる、ってくらいに」

「……やだな、なんかそれ」


悪戯っぼく笑う華凜の顔を、春の陽気が照らし出す。

綺魔な白い肌が、陽光に溶け出す淡い雪のように、なお白く僕の目に映った。


今日の朝ご飯もやっぱり目玉焼きだった。

昨日より味はいい。


「うん、美味しい」

「ホント? さすが私よね。料理の才能あるのかしら」

「この調子で他のメニューも覚えれば?」


この程度で、とは言わなかった。

やればできる人だというのは僕がよく解っている。


「機会があればね」

「そう言ってやらなさそうなんだよね、君は」

「なによ、それ」

「なんていうかさ、こう、面倒くさがってやらないじゃん」

「そうでもないわよ。ただ、こうと決めたことには一切妥協はしないつもり」

「……どうなのかな、それは」

「何よ」

「なんでも」

「なんか引っかかるわね。……お茶のおかわり、いる?」

「うん」


こぼこぽと、急須に注がれる熱湯から白い湯気が立ち込める。

ゆらりゆらりと、その白い湯気の向こうにある華凜の笑顔を、ずっと眺めていた。


そして最後に、少しだけ冷めたお茶を、僕は一気に飲み干す。

ふぅ、と一つため息にも似た息を吐き出して時計を眺め、僕は言った。


「行こうか」

「……うん」


ちょっとそこまで、そんな気分だった。

ぶらりとすぐに帰ってく来られるような、まるで散歩にでも行くような、そんな気持ちで僕は腰を上げる。


立ち上がって、部屋を見渡す。


短い時間だったけれど、色々なものを頭の中に刻み付けた。

初めて此処にきた日、多すぎるゴミと引越しの後始末、上富良野の華凜の部屋の雰囲気のままの算笥、それから木彫りの人形。


形が、時を経て変わり行くものだと解っているけれども、今のこの瞬間を僕はしっかりと目に焼き付けた。


立ち上がった僕達は、自然に手を繋いでいた。

たった二人だけの世界である華凜の部屋の中なのに。

そうして僕達は、静かに玄関の戸を開いて、ゆっくりと外へ足を踏み出し、そしてゆっくりと部屋に錠を掛けた。


道中、言葉はなかった。

ただひらすらに歩幅をあわせて、僕は華凜との距離を保っていた。

一ミリの隙間もなく握られた手を、少しもずらさぬように距離を保つ。


もう間近まで迫っている春の陽気は、暖かく気持ちがいい。

何気なく覗いた彼女の顔には、春の日差しに照らされた笑顔があった。

僕はこれから彼女と離れるのだというのに、不思議に穏やかな気持ちだった。


日中の札幌駅は、多くの人々が行き交っていた。

忙しなく駆けて行く人、ベンチに座って携帯電話で喋りこんでいる人、大きな荷物を抱えて階段を一所懸命に上がる人。

そんなありふれた風景の中に、僕達は溶け込んでいた。

きっと他の人から見たらありふれた恋人同士、きっとそんな風に映っているのだろう。


窓口で切符を買い終えると、彼女は先に券売機で入場券を買って待っていた。

別にここでいいのに、なんてことを思ったけれどロには出さなかった。

楽しそうにその入場券を僕に見せると、すぐに使うのに大事そうに仕舞い込んだ。

そうしてまた僕達は手を繋いで改札をくぐった。

自動改札なのに、ひと時も手を離さずに。


改札をくぐってホームに出ると、そこもやはり行き交う人々であふれ返っていた。

僕が乗る新千歳空港行きの電車が来るのはまだもうちょっと先。


ホームのベンチに腰掛けて、次々に往来する電車を、なんとなく見つめていた。

手はずっと握ったままで、僕は何気なく華凜の顔を覗き込んだ。

すると、丁度いいタイミングで彼女もこちらを見、自然と目と目が合う。

だけど、言葉はない。

華凜は優しく笑って、僕もつられて笑う。

まるでこれから二人でちょっと遠出するような雰囲気に、もしかしたら見えるかもしれない。僕も、恐らくはそんな気持ちだった。


何気ない日常の、ほんの一ページ。

それが、これから訪れる別れのときだったとしても、僕は今のこの幸せを覚えていられるという自信があるからこそ、笑っていられるはずだ。


そうしていくつかの電車を見送った後に、いよいよ僕が乗る便のアナウンスが流れた。僕は僕が選んだ選択から逃げることはできない。


僕は立ち上がって、華凜の手を引く。

ゆっくりと立ち上がってスカートの乱れを直すのを見届けると、静かに歩き出した。


列車は右手の方から段々と近づいてくる。

列車が巻き起こす風が、華凜の長く綺麗な髪をなびかせた。

静かに揺蕩たゆたうその髪が、列車の速度に合わせてたなびき、ゆっくり列車と共にその動きを止めた。


目の前に現れた大きな扉が、機械的な音を立てながらゆっくりと開く。

僕は、それに向けてゆっくりと歩き出した。

手は繋いだままに、僕は振り返る。


「じゃあ、またね」

「………………」


僕のその言葉に、彼女は何も言わなかった。

俯いたまま、何も言わずにじっとしていた。


「……泣いて、ないよね」

「……バカね、泣くわけないでしょ」


僕の言葉に反発して、彼女は顔を上げる。

確かに、泣いてはいなかった。


「そこで泣きながら行かないで一って懇願したらもうちょっと可愛げがあったのに」

「それじゃ、今は全然可愛げがないということかしら?」

「可愛いよ」

「……もう」


また俯いた。少しだけ恥ずかしそうに。


「本当は……」

「……うん?」

「本当は、僕自身がそう言って欲しかっただけ」

「泣きながら懇願するの?」

「僕はしないよ。ただ、そう言われたいっていう気持ちは少なからず」

「……バカね」

「ま、でも言ってくれないみたいだから、安心して東京に帰れるってもんさ」


それはどう考えたって強がりだった。


でも、本当に泣きながら引き止められたら、僕はこの電車、あるいは飛行機に乗ることはきっとできなくなる。だから、僕は彼女が空港まで見送るという提案を断った。電車なら一本乗り過ごしても大丈夫だけど、飛行機は、そうはいかない。


離れたくない、と思うのは当然のことで、引き止めてほしい、というのも本当だった。


「……私だって、嫌よ」


華凜は長いスカートの裾を握りしめ、顔を俯かせて言った。


「……そうよ、このまま離れ離れになって、ずっと会えない可能性だってないわけじゃない。そう考えたら、不安で不安で仕方ないのよ」


僕の言葉を待たずに華凜は続ける。


「離れ離れになったまま、何もないままに……ただの思い出になるだけなんて、そんなの私嫌よ」


泣き出しそうな声で、華凜はそう言葉にした。


「……思い出だけに、なんて、ならないよ」

「……本当に?」

「僕は、もう不安なんてないから。今までずっと不安だったけれど、大文夫。……だって僕、華凜のこと好きだし」

「…………」


押し黙る彼女の言葉は待たずに、僕は続ける。


「自分が華凜のことを好きだって信じてるから。だから華凜も……自分の気持ちをまず、信じてよ」

「……でも」

「まったく不安じゃない、って言ったら嘘になるけどね。それでも……僕でいいなら、そう思って欲しいな」

「…………」


僕のその言葉に、華凜は一度声を詰まらせる。

そして彼女は――


「うん……私、信じる」


小さな声で呟き、そして小さく領いた。



そして発車を促すアナウンスが耳に届く。

僕は耳を傾けながらも、目の前にいる彼女をじっと見続けていた。


「ねえ」

「うん?」


アナウンスが終わると、華凜は呟くように口を開いた。


「一つだけ、聞いてもいい?」

「……うん」


僕は小さく領くと、華凜は一呼吸置いて、一度足元を見つめた後に再び僕に向き直った。


「私、優斗が思い描いたような女の子になれたかな……」

「…………」

「私、本当に貴方が好きになってくれるような女の子になれてたかな……」


肩を震わせながら、華凜は言葉を紡いだ。

今にも泣き出しそうな彼女の肩を、僕はそっと抱きしめた。


「十分……そう思ってくれてるだけで嬉しいよ」

「ごめんね……ずっと私の独りよがりだったんじゃないかって思って」


僕の手をぎゅっと一際強く握る。

それに答えるように、僕も強く華凜を抱きしめた。


「大丈夫。今僕の腕の中にいるのは、間違いなく僕が好きな華凜だから」


僕の言葉に、すこし安心したように、彼女は力を緩める。


「……本当に、私は貴方のことが好きだから」


僕を好きだという声は、もう泣いている様には関こえなかった。


「だから、私…………  …………っ」


耳を劈くような甲高い音で汽笛が鳴り響き、彼女の言葉を遮った。


「え……?」


聞き返す僕に、彼女は何も言わずに優しく微笑んだ。


ベルの音が鳴り止むと、華凜は僕の身体を突き返すかのように跳ね除けた。

僕は少しだけよろめいて、握っていた手も自然に離れ、完全に開いた僕と華凜との距離。


「……じゃ、風邪引かないようにね」

「……うん」

「……それと、最後に」


華凜はそこで言葉を切ると、子供っぽい笑みを浮かべて。



「また、会えるよね?」

「…………」



目を閉じれば、今でも鮮明に思い出す。


『明日も、また会えるよね?』


あの日、別れの予行演習で僕は彼女に何も返すことができなかった。


けれど、今はもうその返事に迷いはない。



「約束する」



その言葉を最後に、扉は閉じた。


彼女は、何も言わずにただ微笑んでいた。

列車を追いかけることもなく、ただ僕と離れたその場所にずっと佇んだまま。

走り出した列車は淡々と僕と彼女の距離を広げて行った。


次第に小さくなっていく華凜をずっと目で追いかけながら、やがて見えなくなって初めて、僕は言い知れぬ不安を覚えた。

顔を掻き毟って忘れないように傷をつけたいくらいに、不安だった。


そして気がつけば空港。

僕を乗せた飛行機は、あっという間に飛び立つ。


狭い日本がひどく広く、小さな地球がやたらに大きく感じる。

僕の気持ちはやっぱり星空へは上がれない。


華凜は結局、最後まで涙を見せることはなかった。

泣き顔なんて、どう考えても彼女に似つかわしくない。


けれど。


「……僕は、本当はいつだって不安だよ、華凜」


誰にともなく、早々に流れていく北の雄大な大地を眺めながら呟いた。


愛されるために叫んで、愛されることに怯えているような、矛盾した気持ち。

最後まであった彼女の手の温もりを思い出すように、僕はただじっと掌を見つめた。

もう振り向かないように。


僕と君が再会したのは偶然だったかもしれないけれど、想いが通じたことは偶然なんかじゃない。


だから僕たちは偶然を必然に変えて――


いつの日か、再び同じ道を行く。








次回、エピローグで完結となります。

短い間でしたが、お付き合いありがとうございましたm(_ _)m

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