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第20話 旅の終わりは札幌で 後編




部屋と玄関を住復すること四十二回、八十リットルサイズの札幌市指定ゴミ袋を使用した数十六袋、玄関と共用ゴミ廃棄場所を往復すること十五回、計り知れない疲労、プライスレス。


「…………」


何も言うことはない。

一人暮らしをするために、どうすればこんなに捨てるゴミが出るのか。


「そのまま寝ないでよね」

「寝ないよ、少し横になってるだけ」


すっかり日は暮れて、夜もいい時間。

ちなみに晩御飯も、恭子さん特製のカップうどんだった。

今度はカレーうどんを食べたというのは、どうでもいい話だけど。


で、それから約三時間して。


「うん、おおかた終わったわね。お疲れ様」

「……そういう華凜は元気そうだね」

「まあね。ホント、男手があると助かるわぁ」

「その一言で君は全国六千万人の男性を敵に回した。っていうか指示するだけで何もしてなかったじゃんっ」

「何よ。引越しって色々大変なんだから。今日は市役所お休みだったけど、月曜になったら転居届けだしたり色々やらなきゃ」

「そりゃそうだけども……」

「まあ、おかげで思ったより早く片付いたかな。まだ未開封のダンボールとかあるけど」

「ねえあのさ、あの量に一体何が詰まってるわけ?」


僕はそのダンボール群を指していった。

そのなかには、例の木彫り人形が入った箱も含まれている。


「え、なに。乙女の秘密を暴こうって?」

「いやいや、純粋に興味から。別に暴露とか大げさに言うほどのことじゃないでしょ、そんなの」

「私にとってはとても重要なのよ。まぁ別に隠すことでもないけど」

「なら……」

「別にね、何てことないのよ? 洋服とか」

「あれだけ出してまだあるの?」


そっちの方が驚きだった。

女性という生き物の、身だしなみに懸ける克己心を目の当たりにした気分。

1LDKのうちの一部屋はクローゼット状態になりそうだ。


「それだけじゃないわよ。えっと、なんだっけ」


少し考えて、思い出したわけでもなく、


「お風呂入る?」

「ああ、うん。頂こうかな」


さらりと話題を変える。

自然なようで決して自然ではないけれど、華凜の得意なその唐突な話題転換もなんだか久しぶりな気がした。


「あ、そうそう」


そう言って立ち上がると、彼女はコンビニのビニール袋を僕に手渡した。


「なにこれ?」

「さすがにね、丸二日着替えないのは、ちょっと」


そう言われて袋の中身を確認すると、なるほど、男性用の下着だった。


「私のとか着るのは、さすがに無理だし。あ、服はね、ジャージあるからそれ貸してあげる」

「……着られるかな」

「贅沢言わない。今着てるのは洗濯しとくからね」

「うん、ありがとう」


ちょっと口うるさい母親のような、そんな印象を受けた。初めて見る家庭的な一面に、僕はちょっとだけ嬉しくもあり、恥ずかしくもあった。


僕がお風呂を頂いて部屋に戻ろうとすると、洗濯機と格闘する華凜を発見した。さすがに洗濯機も使えないなんてことはないだろうと思っていたけれど、彼女は家事をしない人だった。

洗濯くらいできなくてどうする、なんてことを思わなくはなかったけれど、ごく普通に両親と共に暮らしていた人だったらできなくても不思議じゃないかもしれない。


しかし要領のいい華凜は物の数秒で使い方を理解したようだ。

さすが上富良野が誇る筆頭大学生。っていうかボタン押すだけだけど。

むしろ洗濯機は最初の設置が大変だ。

設置したのは、もちろん僕。


続いて彼女がお風呂に入っている間に、僕は思い出したかのように携帯電話を手に取った。実はずっと気にかかっていたことがあった。

一応、恭子さんに連絡入れておかないと。無言でいなくなって、心配しているかもしれない。しかし、あの人のことだからしてないかもしれない。


とはいえ、携帯を手にしてみるもここは電波圈外。

札幌なのに電波も届かないなんて。

結局携帯では電話ができないし、固定電話が付いてるわけではない。

仕方ないので、僕は外に出て近くの公衆電話を探すことにした。


なんてことはない、外に出てすぐの場所に、公衆電話はあった。

公衆電話なんて久しく使ってない。

テレホンカードなんかも、携帯がある程度普及しているこのご時世、ほとんど使わないし、持ってもいない。

僕は数えられるほどしかない十円玉を電話機に投入し、携帯のアドレス帳を見ながらボタンを押した。


『はいはい、支倉です』

「あ、恭子さん? 僕ですけど」

『あ~、コルァ! 何処に行ってやがったんだこのスットコドッコイ!』


スットコドッコイってなんだよ、と思いながらも僕は恭子さんの剣幕にやや引き気味だった。


「あ、いやすみません··…ちょっと今札幌に」

『札幌? あ一わかった。華凜ちゃんのとこね』

「ええ、まあ」

『う一ん、まあそんなことだろうとは思ったけどね。引越し色々大変だろうから、ちゃんと手伝ってあげるのよ』

「はい」

『……で、いつ東京に帰るん?』

「いえ、まだ……あと二日くらいは」

『そっか。好きなだけいればいいんじゃない?』

「ええ、そのつもりです。すみません、忙しいとは思ったんですけど、何も言わずに出てっちゃって」

『まあ、そんな大事ってことでもないしね。優斗君も子供じゃないんだから。好きなようになさい、後悔しないように』

「……はい」

『荷物は後でまとめて東京に送っておいてあげる』

「すみません、お手数おかけして」

『あー、あとね』

「?」


電話越しに恭子さんが大きく息を吸い込んだのが解った。


『明日にはこっちじゃ優斗と華凜ちゃんの同棲話で盛り上がると思うから~!』

「なっ、あ、ちょ、恭子さん!?」


と、僕が引き止める間もなく、通話はぷっつりと途切れていた。

……十円玉が切れた。


なんだよちくしょう。

心配してると思って電話してみたら。

どうせこんなことなら、やっぱり電話しなきゃよかった。

などと悪態をついているものの、僕の勝手を咎めない恭子さんには頭が上がらない。


後悔しないように、だからこそ僕は華凜と一緒に札幌までやってきた。もうほんの僅かに残された時間、僕は僕が納得できるすごし方ができるのだろうか。


公衆電話のガラス張りの壁に背をもたれ掛けさせて、僕は一つため息をついた。


割り切ることができればきっと楽だろう。

けれどそれができないから僕は此処にいる。

多くを望んでいるわけじゃない。叶わない夢物語なんかじゃなくてもいいから、好きな人と一秒でも長く一緒にいたい。


ただ、それだけなんだ。



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