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第19話 旅の終わりは札幌で 前編



目が覚めると、華凜が慌ただしく動いていた。


「あら、おはよ」


その彼女の声に、僕は重い頭を無理矢理に持ち上げて辺りを見回した。


華凜が住まうことになる部屋は、駅から程遠くないところにある。

昨日は部屋にやってきた後、適当に毛布を広げてすぐ横になった。

今日から本格的な片付けをすることになる。


「結構いいところだよね。立地条件も、大学近いし」

「まあね、家賃も東京と比べたらかなり安いはずよ」

「大学生の一人暮らし、にはちょっと贅沢な感じするけど」


華凜の部屋は1LDKオートロック式でバストイレ別、大学まで徒歩三分。冗談抜きで僕も一緒に住めそうだ。


「別に贅沢したいってわけじゃないわよ。いい環境ならなおのこと勉学に集中できるんじゃないかしら」

「うーん、理に適っているような、屁理屈なような」

「悩んでないでやるわよ、片付け」

「はいはい、っと」


そうして、ダンボールだけに彩られた無機質な部屋の大改装は始った。

とはいえ、大型の家具などは既に業者の手によって配置済みであるため、特に苦労することはないだろう。

というのはしばらくして引越素人の甘い考えだったと思い知らされることになる。


「ガスと水道の元栓って開けた?」

「うん、優斗が寝てる間に連絡しといたからそのうち来ると思う」


何処から手をつけていいのか分からなかったので、僕はただ彼女の指示に従うだけだった。


「じゃあ、優斗はそのへんのダンボールを適当に開けといて」

「はいよう」


そういわれたので、僕は手近にあったダンボールを手にすると、


「あ、それは開けちゃダメ!」

「ダメなんだ」


開けちゃダメ、そういわれたダンボールを元の場所に戻そうとすると今度は、


「あ、そこ置いちゃダメ!」

「……ダメなんだ」


仕方ないので、僕はそのダンボールを抱えたまま、どうしようかと右往左往してしまう。

そんな僕の考えなどまったく意に介さず、彼女は自分の仕事をてきぱきと進めていた。

……どうすりゃいいんだ。

ダンボールをある程度開封し、今度はそれに伴って増えたゴミや空いたダンボールなどを一まとめにしたりする。


「これまとめて捨てちゃえば大丈夫だよね」

「あ、ちょっとまって」

「うん?」


彼女は僕がまとめたダンボールを見ると、せっかくまとめたそれをバラバラにしてしまう。


「ちょ、何してん!?」

「これは、捨てちゃダメ」


そう言って、ダンボールの束からいくつか、解体されたダンボールを拾い集

める。


「あとはいらない」


そう言って抜き取られたダンボールをいったい何に使うんだと疑問に思ったりもしたが、パラバラにされたゴミの山を見て、そんなことはどうでもよくなった。


僕にやらせるより自分でやったほうが早くない?

そう思いはしたが、口に出すことはできなかった。

……振り回されてばっかりだ。


しょうがないので手近にあったダンボール箱を漁っていると、見覚えのある木彫りの人形が出てきた。


『ニポポ人形』


小学校の工作で作ったやつ。

こんなものまで持ってきたのか。と思って弄んでいると、人形の底に何か書いてあるのに気が付いた。目を凝らすと、ハートの相合い傘が彫ってあった。


「かりん/ゆうと」と、拙い字で彫ってある。

これは僕の字じゃない。

ということは、華凜がまだ小学四年生のときに彫ったものだ。


「……あんまり片付いてる感じはしないわね」

「!!!」


不意に背後から声を掛けられ、僕は慌てて人形をダンボールに投げ入れる。


「ま、まあ、なにも今日中に全部、なんて思わなくとも……」

「それもそうね。あー、なんだか疲れちゃった」


ため息一つついて、華凜はベッドに腰を下ろした。


あ、危なかった……。

もし僕があの人形を見つけていたことを彼女が知れば、僕の記憶を消すために何をされるかわかったもんじゃない。

それだけのモノを、僕は見てしまったのだ。


「ねぇ」

「な、何っ!?」


声が裏返ってしまった。びびりすぎだろ、僕……


「……なんかさっきから様子が変ね」

「そ、そんなことは無いと思うけど?」

「まあいいわ。それよりもこのベッド、凄く寝やすいと思わない?」

「……言われてみれば、そうかも」


とはいえ、昨日はダンボールの山を掻き分けてたどり着いたベッドですぐさま横になってしまったので、寝付く前のことはほとんど覚えていない。

なので、言われてみないとそんなことは解るわけもなかった。


「……昨日、あのあとすぐ寝ちゃってたもんね」

「……さすがに、疲れたから」

「そりゃあね、二回もすれば疲れるわよ」

「……何を?」


二回って何のことだろうと、僕は開き返した。


「何を、って……」


華凜は何故か恥ずかしそうな顔をする。

なんだろう、僕はなんか恥ずかしがるようなこと言ったかな。

そこまで考えて、はたと気付く。


「ああ……」


二回も、確かにしたなぁと思い出す。


「そんなにすぐ忘れるなんて……愛が足りない気がするわ」

「いや、そんなことないよ。好きだよ、華凜」

「そ、そんな突然真面目な顔して言わないでよ……」


僕の突然の言葉に、彼女は何故かどぎまぎした感じだった。

それが凄く可愛く見えた。


「…………んっ」


突然、彼女の顔が近づく。

不意打ちで軽く触るだけのキスをされた。


「か、華凜……」

「さあて、続きをやるわよ」

「…………」


ちゃっかりしてるなと思いつつ、日に日に僕に対する態度が柔らかくなっているような、そんな気もした。

久しぶりに再会したあの日から、今日に至るまでの華凜をどうしても比べてしまう。変わった、なんてことは決してないのだけど、明るくなったような、そういう印象を受けた。


「あー、なんかお腹空かない?」

「空いた。っていうか、そういや僕たち朝から何にも食べてないや」


片付けと配置を再開して約一時間。気がつけばお昼になっていた。


「どこか行こうか……って言っても、何処に何があるか解らないわね」

「電話帳届いてなかったっけ?」

「届いてた。出前にしよっか」

「うん。っていうと、ここは蕎麦かな?」

「優斗。引越し蓄麦、というのは引っ越してきた人が近隣の住人への挨拶代わりに贈るものよ」

「じゃあ僕におごってくれるんだ」

「……言ってる意味が解らないんだけど」

「僕引っ越してないし」

「別に近隣にも住んでないじゃない……あれ?」

「ん?」


華凜が携帯を開くと、驚いたように目を丸くした。


「ちょっと見てこれ、すごくない? 電波届いてないわよ、ここ」

「うわ、ほんとだ。……田舎と変わらなくない?」

「うっさいわね。でも盲点だったわ。まさか電波が届いてないなんて……」

「出前もとれないか」

「そうねえ……あっ、そうだ」


華凜は何かを思い出して立ち上がると、開けちゃダメといわれたダンボ一ルが積み上げてある場所に行き、その中の一つを抱えて戻ってきた。


「なにそれ?」

「これね……よいしょ、と」


床に置かれたダンボールを丁寧に開封すると、中から大量のカップ麺がその姿を現した。


「·…·…なんでこんなたくさん」

「恭子さんがね、くれたの。餞別だって」

「へえー、恭子さんが」


ぶっちゃけ何考えてるのかよく解らない人だったけど、カップ麺、というのが恭子さんらしい。


「せっかくだし、これにしない?」

「ああうん、そうだね」


華凜は適当に中からうどんを取り出した。

赤いふたのそのカップうどんを手に、彼女は何処となく嬉しそうな顔をする。

僕はというと、せっかく札幌なんだから気分的には味噌だな、なんて思ったりもしたが、あいにく味噌ラーメンがその中に見当たらなかった。

仕方なく、僕は醤油ラーメンを食べることにした。

午後には水道もガスも使えるようになり、ひとまず生活する上では問題ないだろう。


改めて部屋の中を見渡す。

今までの華凜の部屋とは似ても似つかぬ風景に、違和感は隠せなかった。

けれど、当の彼女は意外なほど早く順応しているようだった。

どんな風景も似合う、彼女はそういう人なのだと改めて実感した。

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