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第17話 重なる心と―― 後編




見慣れた、というほどでもないが、記憶の中でずっと変わらないままの彼女の部屋のはずだった。


けれど、今日ばかりは異空間に感じた。


「ストーブ、点けようか?」

「あ、うん」


落ち着かない気持ちで気のない返事をしてしまった。

この微妙な雰囲気にどう馴染むべきか。染まってしまえば楽なんだろうけど、まったくそんな境地にはなれなかった。

僕のそんな気のない返事に彼女は何も言わず、部屋の片隅にあったストーブを点けた。


「…………」

「…………」


やはり言葉はなかった。

隣に座る華凜と微妙にある距離。

ついさっきまであんなにくっついていたのが嘘みたいに、明るい場所に出てくると何やら恥ずかしくなってしまう。

きっと華凜もそう思っているのだろう。

彼女は、そういう読まなくていい空気を解りたくなくても解ってしまう人だから。


暖まらない部屋の中で、何の会話もなく、ただストーブがちりちり音を立てる。

彼女を見ていたいけど、けれど気恥ずかしさのあまり直視できずに、天井を扇いでみたり、足元に目を泳がせてみたり。

精一杯落ちついているような素振りをしてみようとしても、どうしたって落ち着かない。なんとなく、気まずい。


「ふふっ……」

「へ?」


そんな静寂を引き裂いたのは、華凜が漏らした笑い声だった。


「なんか挙動不審」

「あ、いや、うん、なんだ、その」


まったくもってその言葉が的を射ていたので、僕は何も言い返せず、ますます挙動は不審の度を増していく。


「さっきからずっと見てたのに、こっち見てくれないんだもん」

「なんか、恥ずかしくて」

「なんで?」

「いや、なんとなく」

「ねぇ……優斗」

「は、はい?」


改まって、彼女は僕へ向き直った。

そんな華凜に、僕もなんだか畏まってしまう。


「優斗は……私のこと、好きだよね?」

「う、うん」


改まってそう言われると、なんだかやっぱり恥ずかしい。

そういう気持ちが僕にもあったというのが不思議ではあるけれど。


「…………」


そこで言葉は途切れ、少し俯いて、


「じゃあ、キス……して」

「……え?」


突然放たれた聞き慣れない言葉に、僕は当然のように聞き返した。


「……ダメ?」

「ダメ、とかそういうわけじゃないけど……」


戸惑わないはずもない。突然そんなこと言われたら誰だってこうなるに違いない。


「うん……」


彼女は少し気恥ずかしそうに僕の傍に寄ると、静かに目を閉じた。

僕も男だ、やるときはやらねばならない。でも、どうやって?

普通に目の前にいる女の子一人のことで、極度に緊張していた。鼓動が早すぎて、目も霞む。

しかし、いつまでも待たせるわけにもいかない。

緊張で呼吸が早まって開いた口を無理矢理閉じ、華凜へと顔を近づけた。


「んっ……」


そっと唇に触れる柔らかい感触。

初めての感触に、僕はなんともいえない感動を覚えた。

僕はその感触にそのまま溺れてしまうことが怖くなり、咄嗟に唇を離した。

たった一瞬の出来事だったはずなのに。唇の先が少し触れただけなのに、心臓が飛び出るくらい、僕の鼓動は高鳴っていた。耳の先の脈すら感じられるくらいに。


「はぁ……ふふ、顔真っ赤だよ」

「…………」

「もう一回」

「え……?」


今度は華凜から僕の方へと、身構える間もなく口付けてきた。

さっきと違って、触れるだけではなく、互いの唇を押し付けあうようなキス。柔らかくて、気持ちいい。全身の力が抜けてしまう。


「……力が抜けてく感じ」

「うん……僕も」


寄りかかる彼女を抱きながら、高鳴る心臓の音が彼女に聞こえやしないか少し恥ずかしい気分だった。


「優斗の心臓……凄くドキドキしてる」


バレていた。


「……まぁ、ね」

「……私も、凄くドキドキしてる」


少しだけ恥ずかしそうに、彼女は俯きながらそう呟いた。華凜がそういうことを言うと、何故だか凄く子供っぽく見えた。普段の大人びた彼女からはとても想像がつかない、そんな台詞だった。

僕の腕の中に収まる華凜が、とても小さな女の子に見えた。そんな彼女をとても愛しく思った。


「……こうやって一緒にいることが、幸せってことなのかな」

「そうだね……」


彼女のその言葉に、僕は頷いた。


「優斗……温かい」


身体を寄せる彼女の温もりが、僕の腕を伝ってくる。


「華凜も温かいよ」

「……ねぇ」

「……なに?」


僕の顔を見上げて、華凜が呟いた。

何となく、という域を出なかったが、彼女が何を言わんとしているのか想像がついた。


「優斗がいいなら……いいよ」

「……え?」


聞き取れないくらいに小さな声で呟く。


「いいよって言ったの」

「……なにが?」


彼女の、その言葉の意味が解らないほど、鈍くはない。

でも、今まで見たこともない彼女の恥ずかしがる様をもう少し見てみたかったので、少しだけ意地悪そうに答えてみた。


「も、もう意地悪しないで……そんなこと私の口から言わせたいの?」


その一言に、脳が爆発しそうになった。

意地悪しないでなんて、そんな彼女の言葉を聞けるのは、地球上でただ僕一人だけだ。


静かに電気を消す。月明かりも何もない。

……どうすればいいんだろう。

雰囲気は十分だ。

これからどうすればいいのか。

あんまりがっついたら格好悪いだろうし、初めはいったいどうすればいいんだろう、そんなことを考えてしまう僕の心中は意外にも冷静になりつつあった。緊張してるはずなのに、どうしてか。

僕の目の前の彼女が、普段と変わらない表情でこちらを見ている。だからこそ、僕も冷静だったのかもしれない。


「……どうすればいいんだろう」

「私に聞かれても……」

「な、なにぶん、その、初めてなものでして」


冷静だ、なんてのはただの思い上がりだった。

思わず声が裏返ってしまった。情けない。


「わ、私だってその……初めてだし……」

「あ、うん。そうだよね、そうなんだ」

「なんか引っかかるけど……」

「いや、別にそういうわけじゃないんだ。ただ、なんか……すごく落ち着いて見えるっていうか……」

「……全然落ち着いてなんかないわよ」

「そ、そうだよね」


意味もなく相槌を打ってみるものの、状況は変わるはずもない。


「だってほら……」


そう言って、華凜は僕の手をとり、そしてその手をそっと彼女の胸にあてがった。


「分かる? 凄くドキドキしてる……」

「……うん」


掌から伝わる彼女の鼓動。服の上からでも分かるほどに脈打つその鼓動に、僕は何故か少しだけ安心した。


「じゃあ、えっと……」

「……うん、いいよ」


華凜が静かに首を縦に振る。ただ一言、そしてその仕草が僕を昂ぶらせた。

何気ないその一言だけで。

どちらからともなく僕たちは求めあうように口付ける。

少しだけ震えていた華凜の肩から、ふっと力が抜けていくのが分かった。



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