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第16話 重なる心と―― 前編




どれくらいの時間こうしていたのかは分からない。

何をするわけでもなく、手と手を繋いで、その手から伝わる互いの温もりを確かめるだけ。

そこに彼女がいるということを確かめるだけで、僕は嬉しかった。

屋上のベンチで、ただ寄り添って星空を眺めて、しばらくの時間が流れていた。


「……なんかすごく複雑」

「うん?」

「優斗とこうしてることが」

「……そう言われると僕も複雑だな」

「傍にいるだけで変にドキドキしてるし。私らしくもないわ」

「それは僕も一緒だよ。ドキドキしないほうがおかしい」

「ホテルに受験票忘れたときと同じくらいドキドキしてる」

「うへっ、その程度!? っていうか思ってたよりドジ?」


何気ない会話だった。華凜は華凜らしく、いつもの調子でそう語るが、僕はまだ動揺を隠せなかった。


「……寒くなってきたね」

「そうだね。帰ろうか」


僕がそう言うと、彼女は繋いでいた手をゆっくりと解いて立ち上がった。

それに続いて僕もゆっくりと立ち上がる。

僕が立ち上がるのを確認すると、二人一緒に歩き出す。

言葉もないのに歩き出す呼吸が合ったことが嬉しかった。


歩幅を合わせて歩き出す僕の左手に、彼女の右手がそっと触れた。

何気なく、それでも少し戸惑いながらも、僕と華凜はまた手を繋ぐ。

束の間に触れた冷たい空気とは違う暖かい温もり。


互いに言葉はなかった。けれど、それでいいと、僕は思った。

僕は彼女の手を引いて、遅れがちな歩幅に合わせながら歩いた。

その度に少しだけ足を速めて僕に追いつこうとする。手は繋いだまま。


「一つだけ、聞いてもいい?」

「うん、なに?」

「どうして私のことが、その……好きだって思ったの?」

「改まって理由を聞かれると答えにくいんだけど」

「答えられないような理由? とりあえず近場にあるもので事なきを得ようとかそういう短絡的な考えだったとか」

「ないない。そんなんじゃない」

「じゃあ、どうして?」

「……正直解らないよ、自分でも。多分理由とか、そういうのはなかったと思う」

「どうして?」

「どうしてといわれても、難しい。特別に理由を作らなきゃならない事でもないと思うけど……」

「ふぅん、随分曖昧なんだ」

「そういう華凜はどうなのさ」

「私? うーん……忘れちゃった」

「なんだよそれ。人のこと言えないじゃないか」

「なんとなく、聞いてみたかっただけ。……そうして確かめないと、今でも不安なのよ。本当は夢なんじゃないかって」


繋いだ手がぎゅっと強く握られた。


「そうだなあ。綺麗だし、頭の回転早いし、話していて割と楽しいし。好きになれる理由なんていくらでもあるんだけど」

「あるんだけど?」

「でも、綺麗で、頭の回転が早くて、話して楽しいと思う人は他にもいたじゃない」

「例えば?」

「うーん、強いて挙げれば、例えば同じクラスだった真奈ちゃんとか」

「真奈より私のが美人よっ」


ツンとそっぽを向く。


「うわー、例えばって聞いたのは華凜のほうじゃない!」


でも手をぎゅっと握り返してきたから、本気で怒ってるわけじゃない。


「……それで?」

「綺麗で、頭の回転が早くて、話して楽しいとか、たぶんそんな風に条件を列挙するんじゃ、この気持ちは正確に表現できないような気がするんだ」

「じゃあどうなの?」

「無理矢理言葉にするとすれば、華凜が華凜だから、としか言えないかも」

「そうね。私も。いま持っている言葉じゃ、この気持ち、うまく言えないかも」

「でも言葉でしか伝えられないものもあるから。好きだよ」

「うん、私も。大好き」

「とりあえず持ってる言葉をフルに使いきって表現してみようか。アイラブユー」

「アイラブユー、トゥー」

「ジュテーム」

「ジュテーム、トゥー」

「トゥーはフランス語じゃないよ。この場合だと、ムワオッシーが正確かな」

「フランス語なんて知らないわよ!」


僕が華凜から一本取れるなんて、珍しいことがあるもんだ。

基本的に彼女は自分の土俵でしか試合をしない負けず嫌いな人だから。


「他にもあるけど……まだ続ける?」

「……ううん。好き。大好き。これだけで十分よ」

「うん。僕も好き。大好き」


それからまた僕たちの間に言葉はなくなった。ただ吹き付ける風が木々の隙間を通り抜ける音が乾いた空に吸い込まれていく。


程なくして、僕たちはそれぞれの家の前に辿り着いていた。


「……着いちゃったね」


華凜が少しだけ名残惜しそうな顔でそう呟いた。


「随分冷えてきたから、暖かくして休むように」

「はーい」


まるで親子のような会話をして、子供のように答える華凜がなんだか可愛らしかった。

そう言って繋いだ手を離す。

本当に名残惜しそうに、彼女は手を離した。

無論、僕自身もそうだった。


しばらく見つめ合った後、僕は軽く手を上げてその場を後にしようとした。

ぐいっと、コートの裾を引っ張られる感覚に、僕は足を止めた。


「…………」

「え……?」


ただコートの裾を指先で掴んで黙ったまま、彼女は俯いていた。

それがどういう意味なのか咄嗟には解らなかった。


「えっと……」

「……やっぱり、離れるのが嫌なの」

「それは、えっと、どういう事?」

「……部屋、来ない?」

「……え、あ、でも」

「言葉だけじゃ足りない」

「……うん」


上ずった声でしどろもどろになりながらも、僕は返事をした。

互いに一言も口を開かないまま、僕は華凜の部屋へと足を踏み入れた。

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