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第13話 小さな約束を 後編



「見送り、ご苦労」

「いえいえ、どういたしまして」


時刻表を見上げる。次の汽車まで十分くらいある。汽車は二時間に一本しかないので、一本逃すと大変なことになる。

無人の駅舎に、華凜ちゃんと僕と二人きり。

時折遠くで犬が吠える以外、一切の音が途絶えた駅舎のベンチにぽつんと座った。


「健康診断は午前中に終わるから。三時くらいには帰ってくるわ」

「ならそれくらいに引っ越しの手伝いに行くよ。どうせ僕は暇だし」

「ん、ありがと。それにしても朝の九時に集合なんて、もうちょっと融通が利かないものかしらね」

「それで一泊しなきゃいけないんだ。ホテルの手配も面倒だよね」

「ついでに家具の手配と大家さんへの挨拶も済ませてくるから、ちょうどいいけどね。荷物の中、大家さんへのおみやげも入っているのよ」

「あ、なるほど」

「上富良野名物、ラベンダーアラレ、二十個入り」

「うげっ!? 名物に旨いものなしの、あれを!?」

「失敬な。上富良野みやげいちばんの売れ筋商品よ」

「不味いから罰ゲームに使うって言ったの、華凜ちゃんじゃない! しかも食わされたの僕ばっかりだったし!」

「そうね、私って要領いいし」


どうやら自分のイカサマは棚に上げるつもりらしい。

トランプから梨太郎電鉄まで、あらゆるゲームで何度苦汁を飲まされたことか。いや、苦アラレを食わされたことか。


ピーッ!


とりとめのない会話を、不意に汽笛が遮った。

華凜ちゃんは荷物を抱えて立ち上がる。


「僕が持つよ」

「別にいいわよ、すぐだし」


待合室のベンチからホームまで十歩ほどしかない。一瞬でホームにたどり着くと、その貧相な風景に改めて驚いた。

待合室の方向には町並みが続いているが、その反対側には、何もない。

ホームは柵もなく、線路は一本だけ。架線もないから、近づいてくる汽車のライトがなければそこに線路が通っていることにすら気づかない。

ひたすら何もない空間に、汽笛を鳴らしながら鉄の塊が滑り込んでくる。

油の燃える不愉快な臭いを感じた瞬間、汽車のドアが開いた。


彼女は大きな荷物をドアの奥に放り込んで、そして汽車に乗り込んだ。

無人駅には発車のベルもない。車掌が手を振って口にくわえた笛を鳴らし、発車が迫ったことを告げる。


背中を向けていた彼女が、不意に僕のほうに向き直った。




「明日も、また会えるよね……?」




初めて見た。羽代華凜の、泣きそうで、寂しそうな表情。

僕は一瞬、言葉に詰まった。


プシュッ。


僕の返事を待たず、汽車のドアが僕と彼女を隔てる。


「うん」と言うだけなら十分に間に合う時間はあった。

あったはずだった。


たった0.1秒の逡巡。


汽車から離れるように促したのか、車掌の笛が再び響く。

僕一人に告げるには無意味に大きい音。たった一枚の扉が、無限の距離に思えた。


二両編成の汽車はあっという間に闇の中に吸い込まれていって、油の焦げた臭いだけがホームに残る。


山を越えたあたりから汽笛の音が聞こえて、ふと我に返ると、いつの間にか僕はホームの端に立っていた。無意識のうちに汽車を追いかけていたらしい。


『明日も、また会えるよね……?』


彼女の寂しそうな表情が脳裏に甦る。

明日になったらまた会える、そんなのは分かり切っている。


けれど僕は、そんな小さな約束一つ出来なかった。

これは本当の別れの、予行演習なんだ。


そのことをお互い解っているからこその問いかけであり、一瞬の迷い。


『失って初めて気づくものは多いわ』

『うん。でも僕は失うよりも多くのものを手に出来ると思ってた』


ふと上を見上げる。

澄み切った夜空の先には、満天の星々。

そしてあの日、学校の屋上で二人で探した北極星。


あのとき、僕の横には彼女の姿があった。

手を伸ばせば直ぐに届く、そんな位置に。

けれど、今は声すら届かない。


僕は、一番大事なものを失っていたことにさえ気がつかない、救いようのない大馬鹿だった。

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