第七十話 共同体・運命・創造・滅亡
「知った意味と存在」
暗闇の中、カチャカチャと音がする。それは彼らが動く音であって、違う。
《もし、主達が堕ちても、俺達は主と共に。我が命と共に、いつまでも共に》
武器である彼らの声が鼓膜に響く。真っ黒な空に浮かぶ美しい月が、待ち合わせ場所である、廃墟の街を明るく照らす。待ち合わせ場所に集った全ての【AVANOLS】…【神の子供】と神格化された者達。イーラと長老が連れて来た者達もいる。ほぼ全員から人間への憎しみや怒りが溢れ出ていた。と、その時
「【神穢】?!」
誰かが叫んだ。八咫烏の影から立ち上がる、宝石を埋め込んだ数体の【神穢】を目の当たりにして。武器を反射的に構える彼らを親が止める。自分達を止める親に驚くと共に、彼らは不思議に思っていた。いつもならすぐ攻撃してくるのに、何故攻撃してこない?そして、何故、八咫烏の影から?
「【神穢】って、本当は何者なんだ?」
零耶がカラカラに渇いた喉からそう親である少年に問う。と、八咫烏へ視線を向けた。落ち着いたことで浮かび上がった謎を解くために全員が八咫烏を見やる。八咫烏は口元のベールを外し、口元から喉までを露出させる。誰かが、【AVANOLS】のうちの誰かが息を呑んだ。八咫烏の口元から喉までを赤い、醜い火傷の跡が覆っていた。その火傷の跡は痛々しくもありながら、なにかの勲章のようにも見えた。八咫烏は冷たい視線を月光で浮かび上がった自身の影に向けながら、その火傷の跡を見ることがあまりなかった白い指先でなぞる。その動きと、黒装束と云われた格好がまるで正反対で、彼らは面食らった。
「ひ、と、に、やか、れ、た、クロ、の、のど」
そう、清守の隣に立っていた男性が八咫烏の火傷の跡について言う。つまり、自分達と会う以前に焼かれたと云うことだ、しかも人間に。そして、喋れなくなったのだろう。八咫烏は何度も喉を擦ってはいるが、一向に声は出ない。そんな八咫烏の背をイーラが優しく撫でる。イーラが横目で【神穢】を見やると彼らは彼女に向かってこうべを垂れ、そして、神格化された者達に向かってこうべを垂れながら跪いた。その後に【AVANOLS】達にも目を向けると親と同じような愛おしそうな眼差しを向けた。
なんで、そんな眼差しを【AVANOLS】に向けるんだ?なんで、なんで、なんで、なんで、八咫烏達と共謀した?零耶の心中で疑問が渦を巻く。敵であった八咫烏達が、本当は味方だったのと同じだとしたら……!零耶がいつしか辿り着いたあの考えが、現実のものとなっている。それに零耶は半歩、後退った。驚愕と恐れに怯える彼の手を玲御と統軌が落ち着かせるように、パシッと取った。そして、彼の頭を親である少年がポンポンと叩く。それらに、ゆっくりと零耶は落ち着きを取り戻して行く。嗚呼、ちゃんと聞かなきゃ。それが、【真実】を見つけると、探すと決めた俺達の決意だ。
イーラと和泉が八咫烏に代わりに話そうとしているのか一歩、前に出た。そして、【天照大御神】であろう玖陽の隣に寄り添うように立つ女性に視線を向けた。彼女は力強く頷いた。いまだに喉を擦る八咫烏を心配そうに見やった後、イーラが口を開いた。
「【神穢】が何者か、って事だったわね。政府は貴方達に『神に似た穢れもの』と云う意味で名付けたと洗脳んだ。けれど実際は違うわ。本来の【神穢】の姿は『人間の悔い改めない穢れと神格化された者の怒りと憎しみを吸って誕生した異形なバケモノ』。生まれながらにして私達の味方となっていて、そして【AVANOLS】を救う本能を持っていた。そして、洗脳されてしまった【AVANOLS】のためにと自らの命をも投げる決意を固めていた。私達が【神穢】と相談し、決めたのは洗脳を解くための道として貴方達に『違和感』と『謎』を与える事。誰かが『違和感』と『謎』に気づけば、私達譲りの行動力で【AVANOLS】が【真実】に辿り着くと思ったの。命を擲ってまで、穢れを吸って誕生した【神穢】の目的は私達と同じくただひとつ………愛し子達の救出」
「そして、その【神穢】を生み出す力を八咫烏は声をなくした代わりに得た。得たのを知ったのは【天罰】の後。正式に生み出されたのは、その2年後だった……後は分かるな?」
イーラと和泉の説明に一瞬、頭が真っ白になった。つまり、声をなくした代わりに【神穢】を生み出す力を得た八咫烏。だから八咫烏が原初。そして、【神穢】は最初から味方だった。それを無下にしたのは自分達で、隠したのは政府。
すると、珀蝶が八咫烏の後ろからゆっくりと現れた、小さな猫のような【神穢】に近づいた。こんなにも可愛いらしい【神穢】もいたのか。珀蝶はゆっくりとその【神穢】に近づく。猫の姿をし、アクアマリンの瞳をした【神穢】も珀蝶に近づいて行く。何がなんだかよく分からない突然の行動に誰もが、息を呑んで見守っていた。歩み寄りを、見守っていた。珀蝶が【神穢】に向かって両手を差し出す。【神穢】は、あの地響きのような声ではなく、か細い声で「キィ」と鳴いた。そこは猫っぽくはないらしい。【神穢】はピョンと珀蝶の胸へと飛び込んだ。それを慌てて珀蝶が抱き締めると、【神穢】は彼女の頬に頬擦りした。その行動に今まで洗脳されて、望まずに敵対していたはずの面影はない。彼らは歩み寄った。本来の目的と姿を知って。
「……っ。ごめんなさい…ごめんなさい…」
珀蝶が何に謝っているのか。言わなくても容易に理解できた。涙を流し出す珀蝶を【神穢】が涙をなめて止めようとする。アクアマリンの瞳が心配そうに歪んでいる。
「ごめんなさい……そしてありがと、あたし達を救うために……命をっ」
「キィ。キィイ?」
「ふふ、許してくれるの?……っありがと」
【神穢】は再び泣き出す珀蝶の頬を伝う涙をなめて拭う。その光景を八咫烏は微笑ましそうに笑って見ていた。【神穢】は【神の子供】を恨んではいない。むしろ、本能によってか実の子供のように思っている。それに、命を投げるほどの決意だ。そうそう簡単なことじゃない。それは八咫烏の、思いでもあるからなのだろうか。同胞が愛する、細胞を分かつ子供。自分にはいない子供を、彼らの愛しき子供を、救いたいと、思ったから。
翠鶴は泣く珀蝶を背後から【神穢】と共に抱き締める。【神穢】は尻尾で翠鶴の頬を撫でた。それに彼はクスリと笑った。
それを見れていた守光の足元に別の【神穢】が近づいた。驚く彼女にその【神穢】はアメジストの瞳を輝かせてニッコリと、親しみ深い笑みを浮かべた。その【神穢】はヒョイと守光の肩に飛び移るとゴロゴロと喉を鳴らした。それに守光が楽しそうに笑った。
「……悪いこと、しちゃったね」
玖陽が誰に言うわけでもなく、そう低い声で呟く。それを彼の親である女性が玖陽の頭を撫で、言う。
「この子達はそれを望んだのです。貴方達が気に病むことはありません」
女性の言葉に同意するように地響きではない声を【神穢】達は発する。洗脳が解かれた今、仲間となった【神穢】の声は心地よいものでしかなかった。その声に零耶達は感極まった。その思いを無下にした自分達を許すのか。洗脳されていたとはいえ、倒していた相手を。感謝しかなかった。
彼らが八咫烏の後ろから出てきた【神穢】達にそれぞれ感謝と謝罪を送ると彼らは、大丈夫と笑った。
「あ、そういえば、結局、兄弟じゃないのに瞳の色が同じなのはなんでなの?」
少し悲しそうにしながら統軌が言う。それに政府の告白を聞いていた右京が答える。
「不明だと。『「人型の武器」と云う云わば洗脳状態で生まれた際に精神的結び付きを無意識のうちに求めた』からじゃないかって」
「違うよそれ!!」
右京の答えに青年が反論した。その青年を見た才蔵が呆れ顔をしているのを零耶は横目で見た。青年は怒ったような表情で言い放つ。
「ボク達が縁を繋いだから。その縁が愛し子達にも『瞳の色』として伝わったんだよ。まぁ、縁繋ぎすぎて色が変わった人もいたし、相棒同士や兄弟同士で伝わった愛し子もいたけどね」
それは、神格化された者達が【天罰】後に分かった事柄だった。正確に言えば、桔梗と和泉だが。桔梗が自分と弟であった左京の瞳の色が同じ事に疑問を抱き、内密に調べた結果が、それだった。自分と、自分の主人の愛し子の共通点は縁だけだった。だから、そう判明した。
また、洗脳方法だが、戦闘専用人種として生まれた【AVANOLS】が目を覚ます前に武器の性質と偽って教えた細胞【AVA64R】を投与する。これで終わりである。【AVA64R】には洗脳作用があったため、本来の細胞を上書し、再び洗脳しようと思ったからあの医療系任務だったのだろう。
政府の理想郷だと云うあの話もし、彼らの心中に浮かび上がったのは、やはり怒りと憎しみだった。そして、決意する。【天罰】を下そうと。
彼らが、互いの目的を確認したその時、本来の姿に戻っていなかった者や【神堕ち】していなかった者が一斉に親から送られていた力を解放させ、その姿を変えた。全員が【神堕ち】したようであった。




