第六十九話 騙し
「【天罰】の前触れ」
零耶は両親である少年から少し離れた後、手元のタブレットを見やり、パッと手放した。硬い床にタブレットが叩きつけられ、画面が割れ、中のパーツが零れ出た。既に親に会った自分達には不要な代物だ。零耶はタブレットを冷ややかな目で見た後、少年を振り返った。
「っ」
そして、間近で見たその顔に衝撃が走った。片目が空洞化していたのだ。奇しくもそれは【神堕ち】を意味していた。零耶がそれに驚いているのに気づいた彼は小さく笑いながら言った。
「嗚呼、これ。【神堕ち】してしまったんです。君が気に病む事ではありませんからね」
「あ、嗚呼……本当に俺達は騙されていたんだな…」
心底納得したような声を零耶は上げた。心の何処かで納得出来ていないところがあったのだ。だが、両親と出会い、靄が晴れた。政府に騙されていた。【真実】が全てだった。と、零耶は両親と喜び合う玲御と統軌を微笑ましそうに見た後、ふいに納得した途端に出てきた疑問をぶつけた。
「結局、【神穢】の目的ってなんだったんだ?」
「それは……あとでお教えします」
そう言って頭を撫でられ、零耶はコクリと頷いた。その時、鈴音丸と律夏が自身の親であろう女性と男性を連れて零耶達の方へやって来た。零耶達の嬉しそうな笑みを見て自分の事のように笑った後、鈴音丸が言った。
「救出が終了した。ラ…才蔵達と合流しよう」
鈴音丸が才蔵をライと言おうとしていた事にそれほど、【AVANOLS】として洗脳されていたのだと、そう思ってしまった。零耶は頷き、玲御や統軌を振り返った。2人は頷きながらも親である彼らと親しげそうにしていた。そんな彼らの片目も空洞化していた。零耶がふと、周りの神格化した者達を見渡すとそこにいる半数以上が【神堕ち】していた。中には親に影響されてか、闇堕ち、【神堕ち】している【AVANOLS】が何人かいた。それに零耶は、政府への怒りと憎しみが沸き上がっている自分に気づいた。現れるこの感情……零耶は鈴音丸を見上げ、低い声で言った。
「鈴音丸の兄貴。【天罰】、下そう」
そう、ポツリと言った言葉が異様に大きく響いた気がした。その言葉に鈴音丸は一瞬目を閉じ、力強く言い放つ。
「言われなくても、そのつもりだ」
彼の片目が一瞬、空洞化したようであった。だが。零耶は鈴音丸と律夏から視線を外し、この部屋全体を見回す。
本来の姿とは、親と似たような姿になることであろう。そして、【神堕ち】は「神が闇堕ちした」意味を持ち、また、自分達が知り得ないことも孕む。嗚呼、だがそんな事、どうでもいい。この胸の内に渦巻く感情を、吐き出せるのならば。
ギュッと胸元の服を握りしめた零耶。その顔は酷く恐ろしく、美しい。そんな彼を玲御と統軌が抱き締めた。突然の事に呆気にとられた零耶は2人を見た。
「玲御?統軌?」
「はいはい、はいはい。囚われたら、戻って来れないよ?」
統軌がそう、いつも通りの声色で言う。その「囚われた」が、何を意味しているのかは言われなくても分かった。
「でも、誰かと一緒なら、囚われたとはならない」
玲御が言う。そして2人は零耶の前に回り込むと片方ずつ、手を握った。呆気にとられ、目をぱちくりする零耶に向かって微笑みかける。それはさながら、「約束」よりも「依存」に近い、誓いであった。それを理解した零耶はクスッと笑い、2人の手を握り返した。そして3人は顔を見合わせて少し笑う。
それを見ていた彼らの両親達は、ゆっくりと「仲良し」であった頃のように手を繋いだ。親と子は似る。細胞を埋め込まれた零耶達もまた、三人だ。
鈴音丸は零耶達の行動に肩を軽く竦めると親である女性を振り返った。女性は優雅にも鈴音丸と同じ煙管を吸っているところだった。
「鈴と同じですね!」
「そりゃあ親子だからに決まっておろう?」
女性が持つ煙管を見て、律夏がこの場に合わないような陽気な声で手を叩きながら言った。女性は何故か自慢げに口から灰色の煙を吐き出しながら言う。鈴音丸が「今そんなことじゃないだろ」と云う意味で律夏の頭を軽くはたきながら、女性に言う。律夏ははたかれたのが不満らしく、叩かれた場所を押さえながら頬を膨らませていた。
「鈴!」
「母さん、そちらのリーダー格は此処にいるか?」
「いや、そういうやつなら政府の方へ行ったのぉ」
鈴音丸と女性が会話している横で律夏が自分の両親である男性に慰められるように頭を撫でてもらっている。女性はフゥと妖艶に息を吐き出すと「じゃが、」と声をあげる。それに鈴音丸が行こうとしていた足を止め、彼女を見る。
「こちらにそれ相応のやつならおるぞ。そやつに才蔵達のもとへ案内させよう。そういうのが得意なやつなんじゃ」
彼女の瞳がキラリと妖艶に光った。
そして彼らは、才蔵達と合流し、政府側へ行った玖陽達と合流するために待ち合わせ場所へと向かった。
「さあ、【天罰】を」




