第五十九話 戸惑いの意識
「渦巻くこの感情は」
「戸惑ってる?」
玲御の問いに零耶は、慎重に、ゆっくりと、それでいて真剣そうに頷いた。それに玲御と統軌はニッコリと笑った。零耶にはその笑みが「予想通り」と言っているようでなんだがむず痒く感じた。
「戸惑ってるのはみんな同じさ。でも、【真実】がその戸惑いを消し、本来の姿を表そうとしているだけ」
「?玲御?」
目を伏せ、淡々と告げる玲御に零耶は首を傾げて問う。みんな、戸惑ってる?それを聞いて、零耶は安心した。それと同時に彼らは本来の姿、【神の子供】としての姿に戻る事を【真実】と共に決意したことに驚いた。
「ねぇ、零耶はどうしたい?」
統軌が膝の上で頬杖をついて訊くと、零耶は少し考えた後、言った。
「……みんなと、お前達と一緒にいたい。もちろん、【真実】を知ったからにはみんなに従うさ。でも、でもな、分かんないんだよ。【真実】を受け入れたはずなのに、戸惑ってるんだよ!」
"小鶴"を抱き締めながら、零耶が鬼気迫る顔で叫ぶ。彼は、いつも誰かのために前を向く彼だからこそ、戸惑い、その狭間で揺れていた。戸惑いはみんな同じ。けれど、決意の固さは違う。玲御は、零耶の手を取って、両手で握り締める。優しい暖かさが零耶の手を包む。
「私ね、【真実】を聞いた時、決めたんだ。本当の両親が与えた【天罰】を下そうって。本当の両親と会いたいって。だから、私は本来の姿に戻る決意をしたんだよ。【真実】を、きちんと全部理解した訳じゃないよ。でもね、自分が求めた【真実】のために向かいたいんだ」
「玲御……」
双子だから、玲御の気持ちはよくわかった。自分も、あの【真実】を聞いて両親を知りたいと思った。専用ではなく、人型でもない。神の細胞を得た、神の子供。一番嬉しかったのは、その事実だった。自分達は、生きていると、生きていていいと、肯定してくれたようだった。零耶は片手で"小鶴"を腰につけると、重なっていた玲御の手を取った。双子は両手の指を触れ合わせ、絡める。額同士を合わせる双子をまとめて統軌が抱き締める。ずっと、一緒にいると俺達は約束した。
「僕もね、両親が知りたいんだ。【真実】を聞いたら、もしかしたら兄さんや姉さんと兄弟じゃないかもって心配になった。でも、知りたいなら、見つければいいって言ったのは零耶だよ」
「統軌…」
統軌が言う。その声は、異様なほどに穏やかだった。零耶の体がなぜか、震え、涙が流れて来る。嗚呼、自分は何故、戸惑っていたのだろう。【真実】が分からなければ、見つければいい。自分で言った言葉だった。零耶は涙を2人に見られないように拭うと、玲御と統軌を見やった。2人の瞳が一瞬、色を失ったように見えて零耶は面食らった。
「……なぁ、玲御、統軌」
「ん?なぁに?」
「何、零耶」
零耶は問う事を躊躇した。何また、迷ってんだ俺は。もう、俺は迷わない。決めた。
「お前達は、本来の姿に戻るのか?」
零耶の真剣な問いに2人は、頷いた。途端に、あの優しい声が鼓膜を震わせた。零耶には、今この時をもって、ようやく分かった。この声が、自分の細胞になった神だ。そして、2人を見ると、先程のように再び、瞳の色を失ったように一瞬、見えた。
「3人で一緒にいるって、言ったじゃん。例え、誰かが欠けたらそれは無効。僕はね、【真実】を知りたい。だから、【神の子供】って云う本来の姿に戻るよ」
「私も、統軌と同じ。零耶は、どうしたい?」
「俺は……」
零耶はゆっくりと考える。
政府が犯した罪。受け入れられなかった【天罰】。『戯れ』。【真実】。【神の子供】。両親。【神の細胞】。そして、【AVANOLS】と云う始まりと終わり。
零耶の中で、考えがまとまった。玲御と統軌がタイミング良く、零耶から体を離すと、彼を見る。そして、今度は彼らが面食らった。彼の「瞳が色を一瞬、失った」のだ。だが、すぐに色は戻った。色を失ったのは、本来の姿になる兆候。ツゥ…と零耶の頬を伝った、美しい水色の筋は、零耶の心の表れ。
「俺は、お前達と行くよ。例えそれが、破滅の道だとしても」
穏やかに零耶は笑った。玲御と統軌は顔を見合せ、零耶とも見合せ、3人は静かな廊下で笑い合った。顔を近づけ、再び約束を誓い合う。暫く、笑った後、統軌が立ち上がり、玲御に手を差し出す。その手を取って、玲御は立ち上がると今後は零耶に向かって手を伸ばす。
「【AVANOLS】、反旗を翻す事にしたみたいだよ。私と統軌はみんなと同じ方につくことにした。例え、それが、私達に破滅をもたらす事になったとしても、みんな一緒なら乗り越えられる……戻ろう」
零耶は、小さく頷き、玲御の手を取り、立ち上がった。その手に、表情に、動作に、迷いはなかった。3人は、ゆっくりと会議ホールへと足を向けた。彼らの遥か後ろの廊下で、影が揺らめいた。その影には、美しい煌めきが散りばめられていた。




