第四十四話 鬼さんこちら、手の鳴る方へ
零耶は淡い光を追いながら人間の子供が口ずさんでいた言葉を思い出していた。
『鬼さんこちら、手の鳴る方へ』
これでは鬼が自分達で、手を鳴らしているのは淡い光、ライではないか。それに気付き、零耶は苦笑してしまった。と、視界の隅に光が見えた。淡い光はその光へと近づく。すると輪郭がはっきりと分かった。黒い忍装束。やはり、ライだ。ライはこちらを一瞬振り返ると光の中へと飛び込んだ。
「っ!行くか?」
「そんな事聞く?!」
「愚問!」
零耶がそう聞くと返って来る頼もしい答え。零耶はその答えが容易に想像できていた自分と2人の答えの嬉しさに口角を上げて笑う。3人はライが飛び込んだ光の中へと勢いよく自分達も身を投げた。
光の中、目を開けるとそこは四方八方がガラス張りの空間だった。統軌が何気なく足元を見て驚いたように「うわっ!?」と声をあげた。零耶と玲御がなんだなんだと統軌を見やった後、慌てたように統軌と同じ足元を見る。そして、目を疑った。
「なん、だ、これ?!」
「これ……武器?」
「いやいやあり得ないあり得ない…嘘でしょ!?」
足元のガラスの下にはいくつもの武器がズラリと並んでいた。古いものから新しいものまで様々な武器が並んでいる。何故、足元なんかに……そう思った零耶はハッと辺りを見回した。目を凝らしてよく見るとガラスの向こう側に武器が並んでいた。四方八方、様々な武器に囲まれている。それはもう驚きを通り越して彼の心中に感動を呼び起こした。
「玲御、統軌!」
零耶が足元の武器に夢中になっている2人の肩を叩いて辺りを見ろと促す。玲御と統軌が顔を挙げ、その光景に目を見開いた。そして、感嘆の声をあげた。
「うわぁ!なにこれすごい!すごい!」
「なにこれ……博物館の全部の武器が並んでいるの?」
「わかんねぇ。でも、すげぇ!」
ピョンピョン跳び跳ねながら統軌が興奮したように叫び、玲御が目をキラキラと輝かせながら首を傾げて疑問を口にする。零耶はぐるぐるとその場を回りながらガラスの向こう側に並ぶ武器達を眺める。玲御も統軌も零耶と同じように回りながら武器達を眺める。此処でなら、いつまでもこうして見ていられる。子供のようにはしゃぐ彼ら。けれど、けれど。零耶の心中を「違和感」が埋めていく。
なんでだ?なんでこんなにも、四方八方に並べているんだ?博物館って云うのは普通、壁際とか中央に展示しているはずだろ?なのになんで四方八方?それに、なんでライは此処に俺達を誘導するような事を?
零耶はその疑問を掻き消すように胸元の服を握りしめた。それに気づいた玲御が彼の顔を心配そうに覗き込んだ。
「零耶?どうしたの?」
「まぁーた何か考え込んでたんじゃないの?絶対そうだ。ぜーったいそうだ」
零耶の事を心配する玲御の隣で統軌が彼をからかうように笑って言う。それに零耶が「やめろ!」と少し大声で怒鳴った。それに統軌がクスリと笑った。つられて玲御が口元を押さえて笑い出す。怒ったように顔をしかめていた零耶も次第になんだか可笑しくなって笑いだした。【真実】を求めてやって来たのに、こんな光景を見て、笑って。自分達は何をしているんだろう。嗚呼、でも、今笑っておかないといけない。そんな気もしているんだ。いつまでもこんな日常が続けば良いのに。そんな事、きっと無理なんだろうけど。
「!」
笑っていた零耶の耳に再び、哀しい小さな声が聞こえた。以前も、"小鶴"達との一心同体状態になった際にも聞こえた声。あの時は感じなかったが今は何故か「とても懐かしい」と感じた。何故?別の「違和感」が零耶の心中を埋める。
「今、何か聞こえなかったか?」
零耶がそう聞くと玲御と統軌が訝しげに顔を見合せた。が、「あ」と統軌が片手を挙げて自分も聞こえたと示す。けれど、玲御は聞こえていなかったらしく、首を傾げていた。
「なんか哀しい声、だった!」
「聞こえたか?私はわかんなかった」
「そうか…」
零耶も玲御と同じように首を傾げた。何故、統軌には聞こえて玲御には聞こえなかった?零耶の頭を様々な「違和感」と知り得る【真実】が巡る。
その時、玲御が「でも」と声をあげた。
「少し嬉しそうな声なら聞こえたよ」
「え?聞こえなかったよ?」
零耶は首を傾げる玲御を見て目を見開く。3人中2人が同じ声を聞いて、残りの一人がそれとはまた違う声を聞く。一体、どういう?意味がありそうな「違和感」。けれど、その【真実】は見つからない。
零耶が考えこんでいる隣で玲御と統軌は聞こえた声について場違いにも討論を始めていた。「聞こえたのは哀しい声」「いいや、聞こえたのは少し嬉しそうな声」と言い合っている。零耶はその会話に呆れながら彼らを止めようと手を伸ばした。
「はいはいやm…!」
視界の隅に写った。ハッと振り返り、その隅に写ったものを探す。自分達がいる先には道のようにガラス張りが続いている。ガラスに反射して、口元の布をはずしているライとその前、見覚えのある簪が揺れた。彼らはすっと道の奥へと消えていった。
「零耶!」
「嗚呼、わかってる。行くぞ」
零耶を先頭に彼らが走り出す。足元でミシリ、とガラスが悲鳴をあげる音が響いてくる。割れない保証などない。しかし、そんな事で怯えている暇はない。零耶達はミシリミシリと悲鳴をあげるガラス張りの床を走った。先にある、暗いガラス張りの道へと。
…*…
玖陽達が車庫に向かって走っていると一階へ降りる階段付近に神楽と絡繰がいた。2人は彼らに気づくとこちらにやって来る。
「神楽?それに絡繰も…どうして」
「玖陽、悪いが先に車庫に向かわせてもらった」
絡繰がそう言う。だか3人が見つかったと云うことではないらしい。彼の隣で神楽が不安そうな表情で空中を見ている。それに気づいた珀蝶が彼女の肩を抱き、安心させるかのようにさする。不安で、心配なのだろう。
「あいつらはいなかった。もう一つ云えば何処のシャッターも開いていない」
『『?!』』
それに神楽と絡繰を除く全員が驚いた。基本、外に出るためには車庫のシャッターを車を使う時であれ使わない時であれ開けなければいけない。と、云うよりもそこしか出入り口がないのだ。そしてシャッターは開いていなかった。と云うことは
「やっぱり行ったんだあそこに……!」
遊姫が唇を噛みしめて言う。やはり、玖陽達の予想は当たっていた。『世界武器博物館』、あそこには【AVANOLS】の細胞の元となった武器、【オリジナル】が眠っている。そしてもう一つ。あそこには途方もない何かが眠っていると云う。その途端もない何かは噂では【AVANOLS】のみをミクロまで分解してしまう機械らしいが誰もそれを知らない。だがそれは本当かもしれなかった。以前、【AVANOLS】の一番目がその博物館に行ったっきり、帰って来なかった事があったからだ。今もその一番目は行方不明だ。だから彼らは慌て、恐怖を感じていたのだ。もし、あの機械が本当にあったとしたら……考えただけでも恐ろしい。
それに零耶と玲御、統軌は噂を信じていない派で「いつか行ってみよう」などと話していた。彼らなら容易に機械があったとしても触らないだろうし大丈夫だと思いたい。けれど、それが「鍵を置いていった理由」には到底ならない。
「………でも、それなら鍵を置いて行くか?」
「!あ、そっか!零耶達は噂信じてない方だもんね!信じてないのに鍵は置いていかない」
鈴音丸の訝しげに問う言葉に律夏がそうか!とその疑問点をあげる。神楽と絡繰はあの3人が鍵を置いていったと云う事を知らなかったらしく不思議そうに首を傾げていた。
「鍵?おい、一体どういう」
「鍵って言っても正確には『零耶と玲御の部屋の鍵』。その鍵が廊下に落ちてた」
遊姫が懐からその鍵を取り出して全員に見えるように掲げる。少々古いその鍵は天井のライトに照らされてキラリと光った。
「鍵を置いていくって相当の覚悟って意味なんじゃない?もう、戻って来なくなるかもしれないっていう」
翠鶴が腕を組ながら言う。鍵を置いていった理由をそう捉える事もできる。だが、違う。全員がそう確信していた。きっと機械があるないの噂は関係ない。「一番目は今でも生きている」と云う目撃情報があるくらいなのだから噂は白。じゃあ、本当に【真実】を求めに行っただけで鍵はただ落としただけ?こちらが過敏に反応してしまっただけ?納得がいかない。
「?!……なんで君が此処に…」
「え…長老様?」
神楽と珀蝶の驚いたような表情と声に全員が振り返った。そこにいたのは我らが愛すべき味方である長老だった。しかし、その背後に立っているのは明らかに味方と云うわけではなさそうだった。凄まじい悪寒に全員が我知らず、武器に手を伸ばした。が、それを長老が手を胸の前に掲げて制止する。彼らは困惑した。何故?貴女の後ろにいるのは……
「なんで此処にいらっしゃる」
「あらあら、それは愚問と云うものですわよ鈴音丸ちゃん」
鈴音丸が彼女の背後にいる影を睨み付けながら言うと長老は愉しそうに口元に手を当ててカラカラと笑った。そして、笑い終わった長老はスゥと目を細め、何かを見据える。その動きで長老がいつもと違って見え、神楽と珀蝶が小さく悲鳴をあげた。それを聞いた絡繰と翠鶴が姉と妹を守るように立ちはだかる。そんな光景に長老が微笑ましそうに笑った。だがその笑みが今は歪んでいて、恐怖しか感じなかった。
「ふふふ、そんなに怯えないでちょうだい。お話ししたい事がありますの」
「…話って、何?」
玖陽が警戒したまま聞くと長老は頷いた。そして、背後にいた影を前へと引き出した。途端に全員の顔に緊張が走った。その表情に影はクスリと笑ったようだった。長老は警戒している彼らを気にする様子もなく、続ける。玖陽達には今日の彼女は「違和感」だらけだった。何故…なんで?!彼らの心中を苦々しいほどの負の感情が埋めていく。零耶達がいなくなったこんな状況だからか、精神が揺らいでしまう。自身の武器と完全な一心同体となったからか、武器も彼らの感情を読み取って震えている。もしかすると、何か言おうとしているのかもしれない。今、この状態でそんな事まで考えが回らなかったけれども。
「このお方"達"はーーー」
長老が、いつもの優しい笑みで言った。玖陽達にとっては残酷で、希望で絶望の言葉を。
戦闘シーンが消えつつあります。つまりは、そういうことです




