第四十二話 自らの首を絞めたのは、一体誰の感情か
「それ、本当ですか?」
律夏が驚いたように円卓の上へ身を乗り出すとそれを鈴音丸が首根っこの服を掴んで無理矢理座らせた。玖陽が律夏の問いに頷いた。玖陽は円卓の上に両膝をついて手を組み、その手を口元に置いた。
鈴音丸が煙管に火をつけ、自身も落ち着くように一服つく。灰色の煙が部屋の上へと漂う。
「あぁら、その考えの根拠はあるのかしらね。どうなの玖陽?」
玖陽の目の前に座る少女が挑発するように言い放つとその隣にいた彼女そっくりの少年が彼女を嗜めた。それに玖陽は大丈夫と手を軽く挙げた。
この部屋には"五天王"全員が集っていた。そして、玖陽はあの「政府の怪しい話」を盗み聞きした前に報告したある事について彼らに話していた。
あの【言葉】が正しいと仮定するならば、僕があの時感じた"予感"は、"異常"は………
「うん。僕もちゃんとした証拠はないし、ただの仮定だよ。けれど」
言葉を切った玖陽の凄まじい気配にそこにいた全員の背中に悪寒が走った。恐怖でもなければ、畏れでもない。怒り。玖陽から陽炎が立ち昇る幻さえ見える、大きな怒り。その怒りが何処の、誰に対するものか。玖陽以外の"五天王"には理解出来なかった。だが、きっとそれは、今から彼が語る物語で明らかになるのだろう。
「心して聞いてね。もしこれが事実ならば、僕たちは考えを改めないといけない」
「だったら早く話せ」
フゥと灰色の息を吐き出しながら鈴音丸が言った。玖陽に向けられたその瞳は真剣そのもの。信頼しているからこそ向けられた瞳。それに同意するように律夏も彼に瞳を向ける。玖陽に挑発的に言い放った少女も、彼女を嗜めていた少年も玖陽に瞳を向ける。彼らの瞳に宿るは絶対的な信頼と、【真実】を求める貪欲さ、そして何事にも恐れる事のない強さ。玖陽は彼らのその真剣な瞳と表情にクスリと笑った。彼を包んでいた怒りの気配が薄れる。それに玖陽以外の"五天王"は内心、ホッと胸を撫で下ろした。
「んじゃ、先にこれ見て」
そう言って玖陽が円卓の中央に滑らせたのは一枚の任務内容が書かれた書類。その任務内容に見覚えがあった"五天王"唯一の少女が言う。
「これって、あの時の医療系の書類じゃない」
そう、あの事件、〈【神穢】による誘拐拉致事件〉解決した日に玖陽が少女と共に仕分けをしていた書類だった。少年がその書類を自分の手元に引き寄せ、「なになに~?」とのんびりとした雰囲気で読み上げる。
「〈【AVA64R】を【AVANOLS】全員に投与〉……は?どういう事?【AVA64R】をすでに持ってる俺らになんでおんなじものを投与するの?」
「変、ですね…間違えた…って訳でもないみたいだし。変なのぉー」
玖陽以外の"五天王"に混乱が広がる。それを見て玖陽は自分の思考が間違っていなかった事に安堵した。少年から少女、律夏、鈴音丸と書類が回り、最後に玖陽の手元に舞い戻った書類。彼はそれを円卓に置き、再び説明を始めた。
「みんなが可笑しいと思ったように僕も可笑しいと思ってこの任務の責任者を名乗り出たんだ。政府にもね、確認を取ったんだよ。もしかするとただの書き間違え…例えば【AVA64R】と攻撃細胞を活性化させる【AWC94】とかと間違えたのかもってね…でも、答えは『No』。『お前らが気にする事じゃない』と一方的に遮られたよ」
その後のいきさつは玖陽が言わなくても容易に想像できた。任務内容通りに薬を全員に投与した。その投与は玖陽が粘りに粘って期間を伸ばした最終日のあの日、桔梗が帰ると云う二日前に行われていた。玖陽や医者である獅雨にも思うところがあったのか薬の投与任務はその日まで先延ばしにされた。当時は不思議に思っていた玖陽以外の彼らもこの意味不明な任務内容を見て、ようやっと彼のこれまでの奇妙な行動に合点がいった。
「んで、薬を投与した時の本当の結果は?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「お主が言ったのは政府の報告した時の反応とその意味。結果は報告書に書かれてそのまま政府に行っちゃったじゃないか。俺ら全員、玖陽を除いて全員見てないし触れてもいない。そうだよねぇ、蝶」
「ええそうよ鶴」
少年がそっくりな顔をした少女を振り返ると彼女は腕組みをして玖陽に不満げに訴える。その表情は眉が寄っていても美しかった。玖陽は2人の言い分に納得したように鈴音丸と律夏を見やると彼らも同じらしく頷いていた。玖陽はやっちゃった、と苦笑混じりに子供っぽく笑う。
「それはごめんね。獅雨から貰った全員分の投与結果と任務結果は特に異常なし。【AVA64R】を投与してもなんの変化もなかったんだ。獅雨と2人して首を傾げたし、もしかして何か壊れてるのかなって遊姫にも確認お願いしたくらいだよ。まぁ、【AVANOLS・Revival】の影響で攻撃力とかが大幅に上がってたりしてはいたけどね」
玖陽の答えに律夏がコテンと首を傾げて問った。
「それを政府に報告したんですよね?んで、博士は『こうなるんだ』と言った。変化がないことを確認したかったように聞こえるけど…」
「夏、よく考えろ」
「え?」
突然、鈴音丸が割り込んだ。律夏が呆けた顔で彼を振り返ると鈴音丸は玖陽に目配せして煙管を軽く振りながら言う。
「変化が無いことを確認するためだったら理由を言ってもいいだろう?何故、言わない。と、云うか変化がないことは既に桔梗や玖陽の代で証明されているはずだろう?それに〈【神穢】による誘拐拉致事件〉から政府に行動は磨きがかかったかのように怪しくなった。そんなおりの医療系任務。そして、玖陽が聞いた『【神穢】の要求』。妙だと思わないか」
鈴音丸の説明は律夏の頭では少々難しかったらしく彼は「んー?」とさらに首を傾げた。それに鈴音丸が呆れたようにため息をついた。
「貴殿の頭では分からないのか」
「ムッ、鈴の馬鹿。ボク、ちゃんと分かったもん」
「じゃあ、言ってみればいいじゃない」
少女がどうなの?と律夏に体を向ける。律夏はムッとした表情のまま頬杖をつく。
「つまり、既に分かりきってる事をなんで報告させたのか。そして、『要求の言葉』。変ってことでしょう」
「そのまんま」
「そのままねぇ、まぁ簡潔にまとめればそういう事よね」
少年と少女が顔を見合せて、両手同士を合わせて言うと律夏は両腕を挙げながら彼らに向かって怒りを表す。それを鈴音丸が律夏の頭をポンポンと叩いて落ち着かせる。そんな光景を見て玖陽は落ち着くなぁと微笑ましく感じた。
"五天王"は【AVANOLS】から選ばれたある意味、精鋭部隊だ。玖陽以外は全員、彼の後輩で自分よりも実力が上。普段は真剣に行動する彼らが些細な事で楽しそうな雰囲気を醸し出すのが玖陽には嬉しい事だった。
「(けど、今、彼らで和んでいる場合じゃない)」
玖陽は気を引き締めるとパンパンと手を叩いた。それにスッと気を引き締め、玖陽を見た。続きを云うのを待っているのだ。この異変、いや、"異常"についての考えを聞こうと。玖陽は頷き、声を発する。
「報告の時の博士達の表情は、とても安心したようだったんだ。そして、あの言葉。『〈全ての真実を【AVANOLS】に提示せよ〉』、【数年前の出来事】、【あれ】……そこから僕が"異常持ち"として考えたのは『政府が怪しい』と云うこと。でも、何日かじっくり考えて思い直したんだ」
「思い直したって、どんな風に?」
少年の問いに玖陽は瞳を一度閉じ、そして開けてから言う。
「『政府が怪しい』ってのは変わらず。けれど、一つ疑問が生じてね。【真実】も大切だけれど、これも大切だから。【数年前】に何が起きたのかって調べたんだ。でも、白紙のままで収穫なし。だから僕は獅雨と遊姫にお願いして疑問を調べてもらった」
「疑問って?」
律夏が訊くと玖陽は捲っていた右腕を示した。全員が不思議そうに首を傾げていると玖陽はパチンと自らの右腕を左手で叩いた。
「僕ね、あの医療系任務、気になったから僕を被験者にして獅雨と遊姫にちゃんとこちらの技術で細胞を……体の中身を調べてもらったんだ」
ざわりと混乱と驚愕、恐怖、興奮が彼らを支配する。誰も、政府が調べているからと、検査しているからと調べて来なかった事を玖陽は実行に移した。それがどういう事か。【AVANOLS】がいつからか暗黙の了解としていた事を自らが破ったのだ。だが、それを咎める者などいない。知りたいから、自ら【真実】へと足を踏み切った。それは悪いことではないのだ。実行に移したくても移せずにいた彼らよりも玖陽は行動力がある。玖陽が「自分はみんなに劣る」と謙遜していても彼らはそうは思わない。自分達にはないものを補い、彼らをまとめあげるほどの頭脳を持つ者は玖陽以外にはいない。リーダーは彼一人。
そんな彼が語る事を、彼らは落ち着きを取り戻し聞く。玖陽が懐から小さく畳んだ紙を出し、鈴音丸に渡した。それを開き、律夏と少年と少女に見えるように少し前に置く。その紙には短い文章が並んでおり、彼らはどういう事かと、その文章を読んでも理解できず、玖陽を見た。玖陽は小さく、深呼吸をし、告げる。
「それは検査結果の紙。簡単に言っちゃうけど、結果……【AVA64R】ではない細胞が見つかった」
「「「「?!」」」」
「それも、獅雨と遊姫の中からもね。3人共に一致したから【AVANOLS】全員にその『何か』があると確信してもいいと思う。そこから僕は、僕たちはこう考えた。『政府は【AVA64R】を投与して正体不明の細胞を上書きしたかったんじゃないか』ってね……僕の疑問は、『何故、薬を投与する必要性があったか』……これで僕が考えた事も仮説もだいぶはっきりしたと思う」
【薬の投与】、白紙の【数年前の出来事】、【事実】、【自分達の中にあると云う正体不明の細胞】……そして【あれ】。
玖陽が言おうとしていることをなんとなくでも理解した彼らが困惑しながらも頷いた。何に対しての頷きか。訊かなくても分かった玖陽はキョトンと一瞬した後、プハッと笑いを溢した。顎を掴むようにして小さく笑う。美しい金髪がライトに反射し、煌めいた。
「さすが"五天王"、とでも言おうかな?」
「何を云う。"五天王"でなくとも俺等は貴殿に着いて行き、【真実】を確かめると云うだろう」
「だよねー鈴!ボクらは仲間だよ?着いて行くからね!」
煙管を吸い、ニッコリと笑う鈴音丸とその隣で楽しそうに笑う律夏。
「俺らもだから。ねぇ、蝶……うんん、珀蝶?」
「ふふ、そうよね鶴…いいえ、翠鶴?」
少年と少女が両手を合わせてそっくりな笑みでニッコリと笑った。翠鶴と云う少年と珀蝶と云う少女。2人は和風美男美女の双子の兄妹である。
翠鶴と云う少年は青藍色のセミロング。瞳は翡翠色。頭に白い鶴の羽を模したら髪飾りをつけ、その髪飾りからは薄いベールのようなものが垂れている。服は紺色の童水干で糸は薄い黄色。下の部分が少しふんわりとしており、靴は草履。
腰には鞘全体が黒く、そこに白い羽が小さく一つ描かれた刀、"翼丸"(以下、刀)がある。
珀蝶と云う少女は白銀のロングヘアーで肩下辺りまで、下三角になるように髪が切られている。瞳は翡翠色。頭に黒い蝶の髪飾りをつけ、その髪飾りからは薄いベールのようなものが垂れている。服は白い巫女服の上で掛襟などは薄い水色。下の部分がスカートになっており、ふんわりと彼女の足腰部分を包んでいる。靴は白い足袋と草履。
腰には鞘全体が白く、そこに黒い小さな蝶が描かれた脇差、"夜華"(以下、脇差)がある。
双子は「「ねー」」と仲良く首を傾げて笑う。鈴音丸と律夏も玖陽に笑いかける。玖陽は嬉しかった。これほどまでに信頼してくれる仲間がいることに。玖陽は礼の意味を込めて彼らに微笑みかける。と、口を開こうとした。が、その言葉は彼の口から出ることはなかった。なぜなら、
「ねぇ……誰かアイツら知らない?!」
突然、遊姫が扉を開けて駆け込んで来たからだ。"五天王"は驚きながらも肩で息をする遊姫を見、状況を把握しようとする。遊姫がこんなに慌てるのは珍しく、アイツらとは誰なのだろうか。
「遊姫兄ちゃん……!走ら、ないで!…まだ、傷、完治してない、のある……のに!」
「そんなこと言ってる場合!?」
息を整える遊姫の元へこちらも慌ててやって来たであろう獅雨が現れる。その後ろに"白"と鳴海が続いた。よくよく耳をすますと廊下の方がなにやら騒がしい。
「どうしたの?遊姫、獅雨、鳴海」
「廊下も騒がしいみたいだし…」
珀蝶と翠鶴が不安そうに訊くと遊姫が"五天王"のいる部屋を見回し、そして玖陽を見やったなにやら雰囲気が変わった彼らにあの結果を話したのかと理解すると共に遊姫は叫んだ。
「零耶と玲御、統軌が何処を探してもいないんだ!」
「「「「「?!」」」」」
あの仲良し3人組がいない!?
驚き、立ち上がったりする"五天王"に獅雨が付け加えるように兄である鳴海に支えられながら云う。
「左京兄ちゃんや右京兄ちゃんに、よれば……この頃、玲御姉ちゃん……様子が可笑しかったらしくて………」
「それと3人がいなくなった後、双子の部屋の鍵が廊下に落ちてた。鍵が発見される数分前には小さいけど、3人の笑い声を清守と守光兄妹が聞いてる。会話の内容までは聞き取れなかったみたいだけど……」
そこまで聞いて玖陽はある仮説に辿り着き、ガタンと椅子を倒しながら立ち上がった。
鍵が落ちてた、玲御の様子が可笑しかった、聞こえた小さな笑い声。まさか……あの3人!
「……そう、玖陽が今、考えてる通りだと思うぜ。あの3人は【真実】を見つけに行ったんだ」
「でも、何処に?【真実】なんて…政府に聞きに行った訳でもないでしょう?!」
遊姫の言葉に律夏が心配そうな顔をしながら叫ぶ。それに遊姫はうんと頷く。【真実】を知るためには政府に直接訊くしかない。けれど、彼らはそんな単純に応じる訳もない。ならば、彼らは何処に行く?
「ま、さか……彼処に行ったのか?」
鈴音丸が顔を強張らせながら云う。政府ではないと仮定すれば、残る場所は、一つ。
「まだ確定した訳じゃないけど、あり得るだろうね。だってあそこには、オレらの『オリジナルが眠ってる』んだからっ!」
遊姫の興奮したような言葉に"五天王"は弾かれたかのように部屋の出口に向かって駆け出し、遊姫、獅雨、鳴海、"白"も廊下を走り出す。他の仲間達が彼らに気付き、後を追う。
零耶、玲御、統軌が政府以外に【真実】を求めて行くとしたら、あそこしかない。そう、あそこしか。【真実】なんてなさそうで、【オリジナル】しかない、あそこしか。
やっと…やっと!"五天王"全員出せました!双子を出すタイミングが此処しかなかったです(笑)
進みますー




