第三十六話 秘密の噂噺は、いつだって真実だ
中から声が聞こえる。
「何故…何故【神穢】が侵入を!」
「やはり、【あれ】のせいなのでは?」
【あれ】?【あれ】とは、一体?
「ハっ!〈【神穢】による誘拐拉致事件〉の時の要求と黒装束に言われたと云う言葉か?冗談もほどほどにしたまえ!何故、そう言い切れる?あのバケモノどもは我々ではなく、戦闘専用人種が邪魔で、"五天王"が2人も訪れるタイミングで此処を襲ったのだ。そうに決まっている」
「しかし、あの要求は此処を襲った事の言い訳にはなりませぬ!【あれ】は我らに罪滅ぼしをさせるための最後のチャンスだったのでs「口を慎め!そんな弱気な発言だからお前はそんな歳になっても…白髪が生えた老人になってもそのままなんだ!」……」
会話は白熱していく。
何を、何を言っているんだ?こいつらは。罪滅ぼし?最後のチャンス?どういう事……
「……〈全ての真実を【AVANOLS】に提示せよ〉、それはつまり、黒装束及び【神穢】達は【数年前の出来事】も知っていると云うこと……あの方に仰られた、『全ての真実を知っている』と云うのもその表れ…」
「うるさいぞ!これだからお前は……まぁいい。不覚にもあいつらは気づいていないんだ、いいだろう」
「この間の休暇は黒装束を捕まえるためだったんだよね~あれ?彼らを信用させるためでもあったっけ?」
「どっちも。ま、結局、黒装束は罠から悠々と逃げ仰せたけどね」
………あの、休暇は黒装束を捕まえ、なおかつ、自分達から信用を得るためだったのか。だが、その休暇は、【AVANOLS】達に疑心を植え付けていたことを政府は知らない。
疑心はさらに、大きく、影を作り出し、太陽を覆い隠して行く。
「でも、知られていないんだったらいいじゃん?要求の意味なんてわかんないだろうし、長老様にだって気づかれずに進められた。数年前と同じで良いじゃん良いじゃん♪」
「まぁあの後は、マジで死ぬかと思ったけどな」
ハハハ、やら、ガハハ、キャハハと云う愉快そうな笑い声が響き渡る。だがその笑いは零耶達にとっては不愉快で仕方がない。守光は内容がわかっていないらしくしきりに首を傾げていたが零耶は玖陽がふらりと後方に動いて目を見開き、その瞳に憎悪にも似た感情を宿すのを見た。それが零耶には酷く恐ろしく感じた。
今、聞いた事って一体?
思考が停止している。真実を受け入れる事を脳が拒否しているのか。それとも、第六感がそう告げているのか。
「………」
「?玖陽の兄貴?」
何かを呟いた玖陽を訝しげな表情で零耶が見上げると彼はほとんど無意識で呟いているようだった。
「ごめんね…」
誰に向かって呟いたのか。今でもその答えを零耶は知らない。
零耶達はその場を一旦離れ、そしてなに食わぬ顔で再びその部屋へ報告に訪れた。守光は不思議そうに玖陽を見つめており、零耶もなに食わぬ顔で報告を受ける科学者達や玖陽を見て訝しげな表情を浮かべていた。
報告が終わり、零耶達が家に帰った時、玖陽は残りの"五天王"を呼び出し、鈴音丸を交えて盗み聞きした内容を話した。そしてそれを包み隠さず【AVANOLS】達全員に聞かせた。意味が分からず、首を傾げていた守光も意味を理解し、清守の腕に恐怖でしがみついていた。
「……つまり、政府はあたしらに隠し事をしてるってわけか。休暇もそういう事ね…だから桔梗さんを寄越した……あ、左京くん、桔梗さんの…「いえ……姉上にも聞いてもらいましょう。これは重要です」…うん、そうだね」
神楽が神妙な顔つきで云うと左京は心配そうな表情をしながら隣の桔梗を横目で見た。彼女は大丈夫と小さく微笑んだ。
「罪滅ぼしとか、チャンスってどういう事なのかな?」
「俺が知るか」
「同じくオレも」
統軌の疑問に零耶と右京が即答で答える。統軌が「なんだよー!」と頬を膨らませて抗議すると右京はクスリと愉快そうに笑った。零耶はそれを横目に玲御を見る。自分と同じように何かを考えているようで俯いている。
そう、統軌が言った事が彼らには理解出来ない事柄だった。それに、【あれ】と云う出来事と【数年前の出来事】。数年前、と云うのは正確にはどのくらい前なのか。それによっては自分達が知っているかいないかも変わってくる。
「真実、ねぇ……政府は何を隠しているんだろうね…」
獅雨が首を傾げながら言い、隣にいる"白"に抱きついた。政府の言う【真実】。それさえ分かれば、黒装束を始末したい理由も【数年前の出来事】も【あれ】も全てが分かるはずだ。
パンパンと玖陽が手を叩いてざわつく彼らを静めると緊張した面持ちで全員に問いかけるように叫ぶ。
「一応、これで連絡は以上だよ。政府は僕たちの事に気づいていない。むしろ、侮ってる。それを利用して"五天王"はこれから政府に探りを入れていくつもりだ。随時、情報が入り次第、報告する……僕たちは仲間で家族だよ。誰一人として欠けてはならない。それを誰もがわかってると思うけれど、何があっても、一緒だから。大丈夫、政府が何か隠しているなんて今に始まった事じゃないじゃん。大丈夫……さて、暗い話って云うか重要な話は此処までにして、桔梗のお別れ会を始めよ!」
玖陽の言葉は重く、そして暖かくて優しい。彼の言葉の意味を誰もが理解し、心に刻む。【AVANOLS】は仲間で友人で、兄弟で、家族だ。誰一人として欠けてはならない。
政府に疑心がないと云えば嘘になる。けれど、いつもの事なのだ。だから、だから、「決して呑まれてはいけない」。
玖陽の提案に全員が今までの難しく、重い話を吹き飛ばすように喜びの雄叫びを上げる。左京と右京が桔梗の両脇から手を出し、主役である彼女を引き入れる。桔梗は小さく笑いながら彼らの手を取った。零耶は統軌と共に食事や飲み物を用意しながらどんちゃん騒ぎをやろうとしている友人達の方へ行こうと足を動かして、止めた。統軌が「どうしたの?」と振り返るのを「先に行ってくれ」と促して行かせる。統軌は不思議がる事もなく、相棒であるためか何も聞かずに包帯を巻いた遊姫と彼の傍らに心配そうに立っている鳴海と絡繰の元へと走って行った。零耶はそれを見送り、振り返った。先程までの場所にはいまだに玲御が俯いた状態でいた。周りが動き始めても一向に動く気配がない玲御。いつもなら女性陣と共に素早く動く彼女が動かない。それは双子である零耶に心配と不安を与えた。
「玲御」
「………」
「玲御!」
ビクリと玲御が体を震わせ、意識を浮上させた。取り繕った笑顔で零耶を見上げて「なに?」と訊く。零耶は心配そうに顔を歪めながら言う。
「大丈夫か?」
「大丈夫って何が?私は大丈夫だよ。ほら、桔梗の姉さんのお別れ会しよ」
そう言って玲御は統軌達の方へと歩いて行く。背中から漂う異様な空気を感じ取り、零耶は不安を小さく顔に露にした。それでも、大丈夫だとかぶりを振って追い払うと彼女のあとを追って歩き始めた。
…*…
お別れ会で盛り上がる【AVANOLS】達を遠くの、古びた屋根から見る人物がいた。遠すぎて見えないはずなのにその人物は見えているかのように口元を歪めた。風が吹くとその人物の黒い髪が揺れる。カツンと靴の踵を合わせて少し甲高い音を響かせると背後で何か気配が動いた。背後を振り返らずにその人物は背後の気配に声をかける。
「どうでしたか?」
自分が発した声に「答えはわかっているが一応聞こう」と云うような意味合いが込められているように感じてしまい、思わずクスリと口元を歪めて笑ってしまった。背後の気配は小さく、低い声でその人物に告げる。思った通り。その人物はくるりと背後を振り返る。そこにいたのは、
「では、帰りましょう。後は頼みましたわ」




