第三十三話 【神堕ち】
零耶は大きめな実験台の上にベストを脱いだ状態で座っていた。二の腕辺りまで捲られた右腕にはいくつもの機械の線が巻き付いている。色んなものが衰退し、なくなっているこのご時世で政府の中だけが最新を保っている。このご時世、優勢順位は政府が上だ。理由は【神穢】討伐に貢献したためだ。【AVANOLS】はその次で民間人などからは苦情と云う名の文句が来ている。【AVANOLS】だって【神穢】討伐に貢献しているのだから、いいではないか。
零耶は巻かれていた機械が科学者の手によって取り外されて行くのをボーッと眺めていた。
「ん~【神堕ち】の心配はなさそうだね」
「神…堕ち?」
聞き慣れない言葉に零耶の脳が活性化される。首を傾げて問うと機械を片付けている女性の科学者は手に持ったファイルを胸に抱き締めながら零耶に秘密話をするように小声で教えてくれた。
「大昔、神様が闇堕ちしちゃった事があるんだって。その神様は闇堕ちして二度と戻って来なかったから『神が闇堕ちして二度と戻って来ない』の意味で【神堕ち】。君達は【神穢】相手に闘ってるからね、闇堕ちの境目にもいるし色々まだわかんないとこもあるから科学者達の間ではそう表してるの。ま、【神堕ち】も闇堕ちも既に廃れちゃってるから堕ちるもないんだけどね」
女性は最後に苦笑して「ちょっと待っててね~」と他の科学者の元へと歩いて行った。零耶は【神堕ち】と云う初めて聞いた言葉になにやら違和感を持っていた。なんで俺達が闇堕ちの境目にいるんだ?何故、【神堕ち】と表現される?神だなんて、人間は遠の昔に信じる事も探すことも諦めたのに。闇堕ちした神様……ちょっと気になる。
「その神様、まだこの世にいたりして」
ニヒヒと笑いながら零耶はベストを着る。そういえば、何故、闇堕ちの境目かと云う疑問。あれは自分達が『神の穢れ』と闘ってるからだ。零耶は納得したように一人頷き、はた、とまた疑問を見いだした。だったら何故、「【神堕ち】の心配はない」と言ったんだ?境目にいるはずなのに……
「なに、考えこんでんの」
「あ、遊姫の兄貴」
不機嫌そうな声に顔を上げれば、零耶よりも先に検査が済んだらしい遊姫が立っていた。「よっ」と零耶の隣に腰掛け、長い足を組む。まぁその身長は高いヒールで手に入れたようなものだがそういう事を言うと怒るので言わない。零耶は先程の疑問を遊姫にぶつけた。
「博士がさ、『【神堕ち】の心配はない』って言ってて…あ、【神堕ち】って云うのは」
「知ってる」
零耶が知らないと思って話し始めるのを遊姫は手を広げて遮ると眼鏡をクイと上に押し当て、言った。
「それはオレらに組み込まれた武器の細胞で分かるんだ。博士はその細胞を特殊な機械で測る。その機械の数値で大体わかんだけどね。んで、『【神堕ち】の心配がない』ってのはその数値が正常値って意味で闇堕ちの境目なのになんで心配ないのかは………いや、ホントに此処はわかんない」
「え、遊姫の兄貴でもわかんねぇの?!」
まるで知っているかのように話していた遊姫は突然、明後日の方向を向いて項垂れた。知っているとばかり思っていた零耶は思わず、すっとんきょうな声をあげた。遊姫は「多分だけど」と前置きして言う。
「多分だけど、【神堕ち】と闇堕ちは関係ないんじゃないかな。【神堕ち】は数値で分かる。けど闇堕ちは心情だから機械には表示出来ない。オレらの表示出来ない部分を闇堕ちと表現して、【神穢】と闘うオレらは危険性ありって言いたいんじゃねぇのかな?」
「…………つまり?」
「気にするな、以上」
遊姫の高度と云うか難しい説明に零耶の頭がパンクした。つまり、俺達には関係ない事なのか……政府か科学者かは知らないが闇堕ち=危険性と云う事なのだろう。頭がパンクした零耶でも遊姫が「危険性」と云う言葉を発した直後から「それ以上検索するな」と云うような鋭い視線が刺さってくるのを感じていた。恐らく遊姫もそれを知っていたからそう言ったのだろう。
「当たってたみたいだね。あとで言いふらしとこ。『闇堕ちは危険性、【神堕ち】は危険性因子の数値だ』って」
「え?!」
愉快そうに嗤う遊姫を零耶は驚いて振り返る。彼が言った事が本当だとすれば先程の科学者の言い分は半分は嘘と云うことになる。どちらが正しいのか。訊かれなくても零耶は迷わず遊姫を選ぶのだろう。けれど、遊姫は愉快そうに嗤っていた表情を露骨に歪めていた。零耶が不思議に思って周りを窺うと自分達を嘲り嗤うような視線と云うか気配が研究室に充満していた。それが示す事は、遊姫の説が半分は合っていて半分は間違っていると云うことだ。
「ちっ。まぁいいよ。そのうち真実を見つけてやる……」
「無理すんなよ…?」
「うん。オレは【彼ら】に届きたいだけだし」
ハッと鼻で笑って遊姫は不愉快だと云う事を全身全霊で表しながらその話題を打ち切った。それでも零耶は考えてしまう。闇堕ち=危険性は合っていて、闇堕ち=心情も合っている。では、【神堕ち】の此処での本当の意味とは……?
考えても分からなかった零耶は疲れた目元をほぐす。わからんもんはわからん。うん、放置の方向で。
零耶は考える事を放棄した。いつかちゃんと分かる。そういう感じがしていた。
「はーいお待たせー……あれ?なんで君がいるの?」
帰って来た女性の科学者が遊姫を見て訝しげに首を傾げる。遊姫は不機嫌そうに手を軽く振った。それに科学者は「ま、いっか」と納得すると零耶に「終わりだよー」と軽く微笑んで終わりを告げた。その時、だった。建物内が大きく一回、ドンと振動したのは。
「「!?」」
科学者達が薬品やら機械やらを慌てて押さえる。零耶と遊姫は座っていた実験台から落ちぬように手で押さえていた。実際は一瞬だった揺れは体の奥から響くような、重い一撃の揺れだった。零耶が辺りを見回すと倒れこんだ科学者がいたり、床に薬品と機械が無惨にも壊れて蜘蛛の巣のように散らばっていたりと大変な事になっていた。零耶は遊姫と顔を見合わせてこの事態の説明を探す。と、一人の政府のしたっぱが両開きの扉を開けてヨロヨロと入って来た。一人の科学者が心配してしたっぱに手を貸すとしたっぱは叫んだ。
「【神穢】が…壁を壊して侵入してきたっ!!!」
つまり、あのドンと云う揺れは【神穢】が侵入する際、壁を壊した音だったのか。此処は20階建てにも及ぶ建物で、研究室は15階にあるため揺れを強く感じたのだと予想された。したっぱが侵入した場所を叫んだ途端、零耶は実験台を蹴って跳躍した。それに続き遊姫も跳躍し、両開きの扉付近にいた鈴音丸と鳴海と共に討伐に向かった。
狩りは何処でも出来る。皮肉なことに
…*…
【神穢】が侵入したと云う場所は第一研究室から数階下がった廊下だった。薄暗い空がぽっかりと空いた穴から綺麗に見える。その穴の近くには数体の【神穢】達が煌めきを放って立っていた。
「ハハッ、こんなとこまで来るなんてご苦労な事だね」
小太刀を構えながら遊姫が言う。零耶は辺りを素早く見回し、政府のしたっぱ達などがいないことを確認すると短刀を構えた。2振りの脇差を構えた鳴海と大太刀を構えた鈴音丸。【神穢】達が零耶達に気づいた。鈴音丸がちらりと遊姫に視線を送ると彼はニヤリと笑い、小太刀を顔の前に平行にして掲げた。
「"夢奏"・異空間転送」
遊姫の足元から星屑の空間が広がっていき、零耶達も【神穢】達も囲み、不思議な世界へと誘う。辺り一面、星屑の絨毯になった。零耶達は下手に戦闘をするとあとで政府に何か言われると思い、この異空間に場所を移したのだ。まぁ、ちゃんとした理由は被害拡大を防ぐため、だが。
そんな事などいず知らず、【神穢】達はこの異空間に臆する事なくゆっくりと零耶達に近寄ってくる。
「へぇ、いいじゃん。おんもしれぇ…!」
「貴殿等、油断は禁物で頼むぞ」
「わかってるって」
遊姫が愉快そうに笑い、鈴音丸の指示に零耶と鳴海が頷く。両者は相手の出方を窺うように上も下も右も左もない星屑の空間で半周した後、相手に向かって床であろう硬い星屑の空間を蹴った。
その時、零耶は何処から声を聞いた気がした。いつかのように風に乗って聞こえた、声。だが今回は異空間。風が入る隙間などないし、小さかったので零耶は空耳だと思い、それを掻き消すと目の前の敵に集中した。
スランプ状態ひゃーい(スランプでテンションがヤバいですスルーしてくださいこのテンション)




