第三十話 Dark nightmare and illusion of light
「ねぇ、なんで休みくれたんだと思う?」
統軌は二段ベッドの上の柵から逆さになって身を乗り出し、自分の下の床に座っている零耶と玲御に向かって言った。それに太刀を手入れしていた玲御は顔を上げて「うーん」と声をあげた。
「さあ?私には分かんないな。ていうか、政府は気紛れだし、それじゃない?」
「そうかなぁ」
「そうさ……零耶?」
玲御が何も言わない零耶が気になり、声をかけるとハッと彼は彼女を振り返った。なにやら考え込んでいたらしい。呆けた様子だった。心配した玲御が太刀を置いて彼の肩を軽く掴んだ。
「零耶、大丈夫…?」
「…あ、嗚呼。大丈夫だ」
自分の肩を掴んだ玲御の手を零耶が安心させるように重ねたが玲御は不安そうな表情だった。統軌が二段ベッドの上からバク転しながら降り、座るとこちらも心配そうに彼を見る。零耶の怪我は重症に見えていたのだがまさかの中傷だったらしく、獅雨の技での治療によりほぼ完治しており、それは零耶に限らず玲御達もだった。
「零耶のせいじゃない。誰のせいでもないからね」
「嗚呼。そっちじゃなくてさ…」
「「?」」
統軌がそう言うと零耶はそう答えて再び難しい顔をしながら俯いた。玲御が肩から手を外しながら統軌と顔を見合わせた。統軌が言ったのは作戦の事だが、零耶は違う事を考えているようだった。
零耶には、政府の気紛れがタイミング良すぎだと考えていたのだ。何故、作戦失敗後に休暇、だなんて……
人型の武器。人間でも武器でもない、中途半端な人種、そして、傀儡。そう表す政府の心中でなにか変わったのか。そうならば、嬉しいのだが。
「でも、なんでもねぇよ。せっかくの休みなんだし、楽しもうぜ?」
楽しそうに口元を歪めて笑う零耶。考えたって仕方ない。今は休みだ。毎日毎日行っている戦闘が一日だけ休みなのだ。楽しまなくては損、というものだ。
零耶はそう2人に微笑みかけると玲御と統軌も同意するように頷いた。考えたって仕方ないのだ。もし、これが勘違いをしている政府の策略だとしたら、乗ってやろうじゃないか。自分達だってそんなに甘くなどないのだから。
玲御が嬉しそうに笑って太刀の手入れに戻り、統軌は零耶になにやら話しかける。と、その時、部屋の外からなにやら騒がしい声が聞こえてきた。今いる部屋は統軌と絡繰の部屋であるー絡繰は同期の鈴音丸や遊姫と新しい武器の開発をしているらしいー。此処の部屋はどちらかと云うと奥に位置しており、あまり廊下での音は大きい音でない限り聞こえないのだが聞こえると云う事はそれほど大きな騒ぎなのだろう。
「ねぇ、なんなのかな?」
騒ぎが気になると云った様子を見せながら、統軌が扉の方を見ながら言った。そのそわそわとした様子に双子が可笑しそうに笑う。双子も気になっていたので行こうかと、零耶が膝を叩いて立ち上がった。
「んじゃ、見に行ってみようぜ」
「そうだね、行ってみよう!」
玲御が太刀を腰に佩刀すると立ち上がった。統軌がジャンプするように勢い良く立ち上がる。3人は笑い合うと部屋を出ていった。
「あ、あれだ」
「?なんの騒ぎだろう?」
部屋を出た左方向になにやら人だかりが出来ていた。女性陣が多くいるようで中央の人物を囲んでいる。それを遠目に見るように男性陣が壁に寄り掛かりながら見ている。今日は何かあっただろうかと3人が首を傾げながらその人だかりへと近くと、零耶は中央の人物の瞳が若緑色と云う事に気づいた。もしかして、左京?いや、よく見ると左京ではなく、左京によく似た美しい、和風美人な女性が仲間に囲まれてとても嬉しそうに笑っているようだった。左京に似ていると、云う事はーーー
「…もしかして、帰って来たのかな?」
「政府が休みを与えたって事はもしかして」
「うーん」
一種の安心と不安が3人の心中を埋める。背後から足音がし、ニョッと零耶の横へ右京が顔を出した。
「どうしたお前達」
「うお?!右京の兄貴?!びっくりしたぁ」
耳元で言われたので零耶が驚いて片耳を押さえて振り返った。右京は悪戯成功と云った感じでニヒヒと笑っている。それが零耶には少し、恨めしかった。が、後ろで呆然としている左京を見て自分の事のように嬉しくなって頬が綻んだ。
「やったねー右京さん♪」
「だろ、統軌」
「右京の兄さん!零耶で遊ばないで!」
悪戯っ子の笑みで笑いながらハイタッチをかわす統軌と右京に玲御が腰に手を当てて叱るように言う。零耶はいまだに呆然としている左京に近づくと笑って言った。
「行ってやったら?左京の兄貴」
「……分かってます。ありがとうございます、零耶」
左京が零耶に微笑みかけると零耶も微笑み返す。零耶は左京が驚いていると共に行くのに戸惑っている事に気づいた。だから、背中を押す感覚で言った。いつもなら、自分が押されている背中を。
左京には姉がいる。和風美人であるためか、それとも人間よりも美しい容姿を持つためかどちらにせよ、彼女は政府の愛人になってしまった。政府の愛人、それは政府の……察してくれるとありがたい。それ以降、彼女が仲間達の元へ帰って来る事はなかった。けれど、休みと云う事なのか、戻って来た。喜ばない方が可笑しかった。
「先に行ってます」
「おう。感動の姉弟の再会してこいや」
「弟に会えるって嬉しいもんな」
左京がそう、感情を悟られぬように言うと右京が笑って言い、それに答えるように玲御が両手を組んで笑う。統軌が左京に「早く!」と背中を押すと左京は驚いたようだったがクスリと笑い、統軌の頭を撫でた。零耶も統軌に倣って参戦すると左京の足取りが軽くなって行く。不幸にも政府に奪われた左京の姉。彼女が今、此処に僅かではあるが帰って来ているのだ。左京は一歩、また一歩と足を踏み出すと姉に向かって走り出した。
「姉上!」
「!左京!」
左京が叫ぶと女性は輝かんばかりの笑みを浮かべた。彼女の周りを囲んでいた仲間が2人のために道を開けた。左京が歩み寄ると女性は手を伸ばし、彼に抱きついた。それを受け止め、姉弟は再会とする。
「嗚呼……左京。元気だった?」
「はい、元気でしたよ姉上。姉上は……お身体、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ」
女性は左京の頬を優しく撫でながら慈悲深げな笑みを左京に向ける。左京はその手を自分の手で重ねる。彼女の慈悲深げな笑みも政府が求めた理由の一つなのだろうか。
「よかったね零耶」
「嗚呼、そうだな」
統軌がふふっと笑って隣に立っている零耶に言うと零耶も笑って言う。右京がゆっくりと2人に向かって歩み寄る。それを追って零耶と玲御、統軌も続く。彼らに気づいた2人が体を離し、彼らに向き直った。女性は再び嬉しそうに笑って迎えた。
「久しぶりね、みんな」
「久しぶりだな桔梗。左京を甘えさせてやってくれ。姉だろ?」
「会えて嬉しいよ、桔梗さん!」
「ふふふ、少しの間だけどまたお茶会だね!」
「またしばらく、宜しく?」
女性の言葉に零耶達が笑って声をかける。右京のいらない言葉に左京が声を荒げ、それを零耶と玲御が押さえ、統軌がそれを煽り、周りがそれを見て彼女を含む皆が楽しそうに声をあげて笑う。
カラコロと楽しそうに笑う女性は桔梗と云う。政府からは桔梗の君と呼ばれている。朱鷺色の腰ぐらいまでの長髪で垂れた髪の先が三つ編みになっている。頭に竜をかたどった小さな髪飾りをしている。瞳は若緑色。服は白と少し濃いめの蒼を使った着物で靴は草履。
武器などを携帯しておらず、戦闘専用人種、【AVANOLS】では珍しく武器持ちではない。そして、2番目に造られた【AVANOLS】でもある。
ちなみに右京は桔梗、左京姉弟と名が似ているが姉弟ではない。此処注意。
桔梗は久しぶりの弟の頭を背伸びして優しく撫でる。彼が恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうに小さく笑った。
「じゃあ、みんな、お茶会でもしましょう」
桔梗が楽しそうに言うと全員が雄叫びにも似た同意の声をあげた。
「ごめんなさい…」
誰にも聞こえないほど小さな、小さな声で桔梗は誰かに向かってそう言った。




