第二十九話 怒りの技と黒い姉妹の言葉
イラヴィとプラーナは突然、目の前に現れた零耶と統軌に驚いたようだった。そして、その刃をもろに受けた。黒い血のようなものをイラヴィは腹、プラーナは肩から出しながら少し後退する。統軌が得意げに笑うとプラーナが手を振り上げかけたのを何故かイラヴィが止めた。それをプラーナが不思議に思っているところへ零耶と統軌はすかさず攻撃する。
零耶がイラヴィに迫ると短刀を振った。イラヴィは踊るように後方に羽を使って下がりながらその攻撃をかわしていく。プラーナは統軌を相手取っているようで片腕を刃のように伸ばして刀の攻撃を防いでは弾く、防いでは弾くを繰り返しており、攻撃できそうには見えていない。イラヴィはそれを横目に疑問が頭を掠めた。さっき零耶は瀕死寸前だった。それを統軌の技で塞ぎ、また全員で向かってきた。何故?勝てる確率はこちらが上なのに……
そこでイラヴィは零耶の上段からの短刀を片手で掴んで防ぐと一瞬、驚いたように動きを止めた彼を上目遣いのように見上げた。
「貴方、何か企んでるのかしら?」
「なんでそう思うんだ?」
バッと短刀を掴んだ手で零耶を弾くと彼は地面に着地する。が腹が痛いのか顔を歪めて押さえた。それがイラヴィには「違和感」を与えた。イラヴィは横目に統軌に苦戦しているプラーナを見やると、ヒールをくすんだコンクリートに響かせながら手から流れる泥のような黒い血を払う。
「もう一度問うわ。何故、そこまで体を張るの?降伏した方が何かと楽なのに……」
イラヴィの言葉に零耶は鼻で嗤った。イラヴィが怪訝そうに表情を歪める。零耶は片膝をついた状態でイラヴィを睨み付ける。
「降伏?冗談も大概にしてくんねぇかな。俺達は俺達の目的で闘ってんだ。あんたらに指図される筋合いは、ないッ!」
憎々しいほどの強い意志を感じ、イラヴィは動きを一瞬、止めた。嗚呼、素晴らしい!体の奥から滲み出すこの感覚こそ、あの方が言っていたことなのか!?
と、心中で感激しているとイラヴィはまたあの「違和感」に遭遇した。それを考える暇も与える気などないかのように零耶が足に力を入れ、地面を蹴る。来る!感覚的にそう思ったイラヴィは一歩、後退した。だがすぐにそれは疑問に変わる。
何故、「攻撃してこない」?
ニィと零耶が得意げに笑った途端、「お姉様!」と云うプラーナの悲鳴と緊迫した叫び声が響いた。
「ッ?!」
「遅いぜ?」
零耶の言葉と共にイラヴィの頬を掠めた痛み。そして耳元をその痛みは掠めていき、微かに鼓膜が破れたのかイラヴィの耳にも痛みが走り、耳を押さえながら何処からか襲ってきたビームのような光線を避ける。が片足に当たり、足を押さえてうずくまってしまった。と、そこへ傷だらけになったプラーナもやって来、彼女を守るように満身創痍で立ちはだかった。統軌や玲御、左京と右京が【神穢】を倒して零耶の元へやって来た。イラヴィは零耶を見る。イラヴィと零耶の静かな視線が交差する。
「……やられたわね。そういう事でしょう?」
「?お姉様、どういう事?」
「プラーナ、よく見てみなさい。周りを」
プラーナはイラヴィに言われて周りを見た。周りは廃街で今にも崩れそうな建物しかない。だがプラーナは何かに気付き、ハッと息を呑んだ。そして小さく嗤った。それを自嘲したと受け取った統軌が言う。
「気づいたみたいだね」
「ええ、気づいたわ……罠だってね!!」
イラヴィが怒りを滲ませて叫んだ。その途端、彼らを囲むように【AVANOLS】達が現れた。そのうちの一人、清守が前に歩み出ると零耶達によくやったねと微笑みかけた。その後にアヒルの子供のように守光が"死の瞳"と共に続いた。
「よく気づいたな。そう、これは、罠。君達を捕まえるための、零耶が生み出した【AVANOLS】の生態を利用した罠」
清守がそう言うと玲御に支えられながら零耶が解説よろしく喋り始めた。
「俺達は戦闘専用人種だ。ある意味、人型の武器。知ってるか?武器には懐刀って云うのがあんだぜ?」
「!まさか!」
イラヴィが気づき、前方の廃マンションを睨み付けるように見上げた。キラリと太陽の光を受けて何かが光った。睨み付けるように目を細めてイラヴィが凝視すると数階上の窓に誰かがいた。そこにいたのはライフル銃を構えた神楽だった。それを見てイラヴィは苛ただしげに舌打ちした。
「懐刀……ライフル銃持ちですか…面白いですわねお姉様!」
プラーナが乙女のように頬を紅く染めて言った。零耶の解説を受け継ぐように玲御が口を開いた。
「零耶がね、神楽の姉さんや律夏の懐刀なる別の武器を見て思い付いたんだ。"自分達が囮になれば懐刀で君らを捕まえられる"んじゃないかってね。懐刀、此処では【AVANOLS】達を表すよ。それに、君らが来る確率も計算したら私達の方が高かったんだよね」
「俺達でさえ、知らない武器や技を持つ仲間達だ。懐刀と称しても問題ないだろ?」
双子がそっくりは笑みで笑った。
騙された。イラヴィの心中を愉快なのか不愉快なのか、よく分からない感情が渦をまく。
零耶と玲御の言い方からして自分達は最初から罠にかかっていたのだ。確率を計算だなんて、そんな多くも自分達が現れた訳でもないのに、敵ながら感動してしまう。つまり、自分達は、イラヴィとプラーナは二回戦として現れた時点で罠に嵌まっていたのだ。彼らは一回戦終了時、正確に云えばバンのところへ移動する時点でこの廃街で待っていたのだ、囲んでいたのだ。袋の中のネズミだと自分達が思っていたのは実は【神穢】達だったのだ。
清守がゆっくりと怪我を負っている零耶達を背にするように守光と共に前へ歩み出る。零耶達の傷はイラヴィには演技に見えて仕方がなかった。あの「違和感」が罠ではないのなら、もしかしたら……が、それを確かめるすべはない。
「悪いけど、捕まえる。守光」
「はい、お兄ちゃん!」
清守が指示すると守光の背後に浮いている"死の瞳"が彼女の指示に反応して淡く紅く光る。そしてその光が傷つき、動きを止めている「強敵」に向かって大きな手となって伸びた。
「あ、はははははははははははははははっっっっ!!!」
突然、イラヴィが狂ったように嗤い出した。途端に守光は恐怖に震えて"死の瞳"を、頭蓋骨を一個抱きしめ、清守に抱きついた。彼は何かを察したのか怯える彼女を安心させるように顔を自らも強張らせながらも抱きしめる。玲御が同じく少し怯えるように零耶の服の裾を掴むと彼は玲御を守るように立ちはだかる。一方、イラヴィを姉と慕うプラーナは困惑したよう様子で立ち上がりながら狂ったように嗤い続ける少し背の高い彼女を見上げる。イラヴィの狂ったように見開かれた真っ赤な、血のような瞳を廃マンションからライフル銃を構えた状態で見ていた神楽はのちに、彼女の瞳が恐ろしいほどに殺気染みていながらも愉快そうであったと語る。廃街にイラヴィの狂った嗤い声が響き、それが反響し木霊する。
ようやっと、嗤うのを止めたイラヴィは血走った目を【AVANOLS】達に向けた。ゾワリ、と背筋を駆ける冷たいもの。それは恐怖だ。イラヴィに感じる恐れ。
「ははぁ……本当に、愉しいわ貴方達は!!でもね、これで……いえ、確率で私達を完璧に測れる事は出来ないし、捕らえる事も出来ないわ!【神穢】の頂点にして原点、そして最恐でもあるあの方もね!!」
そう言い放つイラヴィ。彼女の言葉に【AVANOLS】は驚き、目を見開いていた。イラヴィ、そしてプラーナの上司である「あの方」は【神穢】の頂点にして原点。と云うことはつまり、最初に【神穢】と云う名になったバケモノと云うことだ。異形な姿がある神に似ていた事からついた名。それほど、神に見えるほどに強いのだろう。その事に全員が理解を示し、そして一瞬、絶望にも似たものを感じた。だがそれは逆に云えば希望だ。ラスボスたる「あの方」の情報を彼女が何を思ったか勝手に口走ってくれたのだから。
プラーナがイラヴィに何を言ってるんだと視線を向ける。イラヴィがプラーナに微笑みかけた。途端、清守はハッとした。まさか、
「逃げる気だよ、捕らえて!」
「玲御!統軌!」
「うん!」
「了解っ!」
清守が緊迫した声で叫ぶと素早い動きで怪我をもろともせずに零耶と玲御、統軌が飛び出す。守光も先程までの怯えた表情を引っ込め、真剣な表情をして"死の瞳"で応戦する。他の近くにいた【AVANOLS】達もイラヴィとプラーナを捕らえようと駆け出す。が、そのどれよりも早く、イラヴィのコウモリの羽がバサッと広げられた。次の瞬間、イラヴィの羽に神楽が発泡した銃弾が数発当たり穴だらけにする。が、イラヴィが口角を上げて薄笑いをすると羽の傷が塞がっていく。
〈!?なんで?!〉
零耶の左耳に入ったインカムに神楽の驚愕した声が響く。零耶達がイラヴィの元へと駆けたが、バサリと羽を動かした際に発生した強い風が零耶達を襲い、動きを止めさせた。
「お姉様!一体何を?!」
「貴方こそ何を言っているのかしら?妹。あの方の元へ、帰りましょう!」
「?!」
零耶が薄目で見た光景。そして全員が耳にした噛み合っていないように感じる会話の内容。薄目で零耶が見たのは驚いて呆けた表情のプラーナと愛おしい表情で微笑むイラヴィであった。羽で起きた土煙が零耶達を襲い、何かが羽ばたく音が響く。土煙が晴れ、全員が勢いよく顔を上げるとイラヴィとプラーナは既に空高くに逃亡していた。
「くそっ!」
それを見た誰かの悔しそうな声が虚しく響いた。
…*…
"五天王"はイラヴィとプラーナを逃した事を「誰のせいでもない」と言った。けれど、零耶は明らかに悔しそうで、落ち込んでいた。自分が立てた作戦で敵を逃したのだ。落ち込まない方が可笑しかった。けれど、それを吹き飛ばすような出来事が起き、零耶はそれを思考の隅に追いやった。それは
「政府が何故か休みをくれたからゆっくり休もう」




