第二十六話 人ならざる者、人間ならざる者
*暴言(?)&暴力(?)注意*
鳴海は濡らしたタオルを絞るとそのタオルを律夏の額に置いた。彼の額からは汗が伝っており、その顔には疲労の色が見えていた。
「……すいません…」
律夏が申し訳なさそうに鳴海に言うと彼は大丈夫だと仮面に隠れた顔を振った。今日の仮面は白狐である。鳴海は傍らに置いていた水が入った器を手に片膝から立ち上がった。鳴海が部屋を見回すとそこにいる全員の顔に疲労の色が出ていた。此処にいるのは全員、"五天王"だ。そして此処は獅雨の医務室の隣の部屋ー零耶が一時入室した部屋でもあるーだ。鳴海は獅雨と共に彼らを介抱していた。
全く、政府は自分達をロボットかなにかと思っているのか。
ふと、鳴海は獅雨の帰りが遅い事に気づいた。獅雨は"五天王"のための薬を"白"と共に取りに行ったっきり数十分経っている。鳴海は不安になり、扉近くの洗面所に器を置き、スライド式の扉に手をかけた。その時
「!」
廊下から聞こえてくる怒鳴り声と数人の足音。一人は獅雨の慌てている声だ。なら他は……?
「疲労?何故、人ではない貴様らに感じるというんだ?!」
政府!
人型の武器であるが、自分達は人だ。感情もあるし、食欲だって、睡眠だってあるのに……自分勝手だ。鳴海はこの部屋に入られたら、"五天王"の具合が余計に悪くなると考えた。今、この状態の彼らに会ったら政府から何を言われるか、分かったもんじゃない。鳴海はスライド式の扉を開けて廊下に躍り出た。ちょうど到着したところだったらしく、数名のスーツに身を包んだ政府の者達がいる。その後を追うように獅雨と"白"が後ろからやって来ている。政府の者達は突然現れた鳴海に驚いたようだったが、すぐさまその顔は見下すように変化した。
「嗚呼、20番か。そこをどけ。愚かな傀儡に仕置きをせねば」
20番。鳴海が生まれた時に政府に登録された番号である。そして、「愚かな傀儡」とは忠誠を誓っていると政府が思っている戦闘専用人種、【AVANOLS】の事を指している。こうやって言う者はまだ政府では良い方だ。問題なのは、暴力を振るう者がいること。鳴海は首を横に振り、否定する。すると、鳴海の目の前で喋っていた如何にもと言う感じのお偉いさんが顔を真っ赤にして、怒りを露にした。それを見て鳴海は怒った【神穢】のようだと思った。……もっとも【神穢】の方がどちらかと云うと鳴海は良いと思った。暴言吐かないし。
「なんだと!?傀儡の癖に生意気なっ!それに、その仮面はなんだ?貴様口無しか!?」
「……………」
「なんとか言ったらどうなんだこのっ!」
途端、鳴海の視界が白く染まった。自分でも何が起きたか分からなかったが、目の前に、はっきりとうつる憤怒の表情をしたお偉いさんを見て鳴海は理解した。仮面が剥ぎ取られ、胸ぐらを掴まれているのだ。獅雨が慌てるのを視線で止める。
なんで……?獅雨の心中に広がる不安。
鳴海の視線と獅雨の行動が気に食わなかったのか、はたまた抵抗する気なしと捉えたのかお偉いさんの腕が動き、一拍遅れて鳴海の右頬に鈍い痛みが走り、彼はしりもちをついた。
「兄ちゃんっ!!」
獅雨が慌てて鳴海に駆け寄る。鳴海が右頬に軽く指先を当てると微かな痛み。獅雨と"白"が忌々しげに政府の者達を睨む。"白"の低い唸り声に数名が引き腰になっていたが鳴海を殴ったお偉いさんはふん、と鼻を鳴らした。
「なんだ、その目は。傀儡である貴様らが政府に楯突けるのか?馬鹿らしいっ!だから貴様らは無能なんだ!」
「………黙れ」
「ガルル」
怒りが滲んだ声で獅雨と"白"が言う。獅雨と一匹の猛獣の背後に陽炎のように怒りのオーラが美しく漂う。それに気づいていないお偉いさんは休む事なく罵倒を繰り返す。カタリ、と鳴海の両腰にある2振りの脇差が風もないのに揺れた。この間、【AVANOLS・Revival】を体験したために鳴海には容易に分かった。彼らも怒っている。けれど、当の本人は全く気にしていなかった。その時、静かにスライド式の扉が開いた。そこから現れたのはいつも以上に白い肌をした鈴音丸だった。獅雨が驚いたように顔を上げる。お偉いさんがやっとか、と鼻を鳴らした。
「貴様、どういう身分をしているんだ?貴様らは休むなど出来やしn「長老が、いらっしゃるようだが」は?」
呆気にとられる政府の者達。鈴音丸がスッと横にずれるとそこにいたのは背筋をピンと伸ばした、老婆と云うには些か失礼なほどに美しい女性。その姿を見た途端に政府の者達の顔から次々に血の気が引いて行った。
「ちょ……長老殿、何故、此処に……」
「何故、とは些か愚問ですな。わたくしは我が子供達の見舞いに来たのです。見舞いに来て何か悪いのですかな?それに、この子達を侮辱するとはなんたることでしょう。彼らのおかげでわたくし達は生きていると云うのに。理由をお聞きしても?」
女性の鈴と響く、重みのある声と言葉に政府の者達は固まった。彼らよりもこの女性、長老は身分が上なだけでなく仙人なため、彼らのような政府のしたっぱー上はどうかはわからないーは彼女の言葉に逆らう力を持たない。そして彼女は例外中の例外、【AVANOLS】を心から愛している唯一の人間であり、味方であった。
長老の問いにお偉いさんは顔を真っ青にして、ゆっくりと後退りすると他の者達と共にゆっくりと逃げて行った。それを見た長老はふん、とやったわと言わんばかりに得意げに鼻を鳴らすと鳴海と獅雨、"白"の元へと顔色が一応良い鈴音丸と共に歩み寄った。
「大丈夫ですか?鳴海ちゃん」
そう言って長老は鳴海の殴られた頬を優しく撫で、落ちた仮面を優しい笑顔と共に差し出した。コクリと頷いて鳴海は仮面を受け取った。次に長老は怒りが静まった獅雨と"白"の頭を優しく撫で、安心させるように語りかける。
「よく頑張りましたね、坊。それに白虎ちゃんも。お兄さんを守って、とても勇敢でしたよ」
それを聞き、ブワッと獅雨の目尻に涙が溢れ出る。怖かったらしい。仮面をつけ直した鳴海が獅雨を優しく抱き締めて「大丈夫だよ」と安心させる。"白"も獅雨に頬擦りしながら安心させようとする。長老はその光景を見て大丈夫だと悟り、ゆっくりと立ち上がった。
「これで暫くは政府も貴方方に威張る事は出来ないでしょう」
「すまん、こんな無様なところを」
鈴音丸が申し訳ないと項垂れると長老はカラコロと笑う。
「何を言っておりますの。わたくしは貴方方の味方。仙人で長老と呼ばれておりますけれど民間人ですのよ?わたくしには政府に従う意志も義理も政府に与える力もない。わたくしは貴方方の行き先を肯定し、指示致します。例えそれが、この世界の破滅を呼び覚まそうとも。ですから、こんな身寄りのないお婆ちゃんにどうか貴方方、愛されてちょうだいな」
クスリと笑った、長老ではなく、愛しい孫を見守るように慈悲深く微笑む老婆。時々会いに来てくれる優しく、暖かいみんなのお婆ちゃん。彼女だけだった。科学者達よりも先に愛情を注ぎ、誰よりも一人の人物として扱ってくれた、唯一の味方。もし、彼女が自分達を裏切ったとしても自分達は許してしまうのだろう。彼女が自分達に与えてくれた愛情によって。
鈴音丸はクスリと笑い返すと長老に言った。
「もう少しで他の仲間も帰って来る。一目会ってから帰ってはどうだ?」
「まぁ、お言葉に甘えてそうさせて貰おうかしら。ふふ、この間会えなかった守光ちゃんがわたくし、とても気になっているんです。また、女の子達とお茶会したいわぁ」
乙女のように頬を紅く染めて云う長老に鈴音丸は可笑しそうに笑った。と、泣き止んだ獅雨が鳴海と"白"と共に立ち上がった。
「その前に……兄ちゃんの頬、診なきゃ…後、鈴音丸兄ちゃんはベッド戻って…疲労がまだ溜まってる、んだから……」
「ガウ!」
「あら、白虎ちゃんにも言われちゃったわねぇ」
クスクスと長老が笑うとそこにいる全員が楽しそうに笑った。
その後、この【AVANOLS】達が住む建物が彼女を喜ぶ歓喜の声に包まれた事は言うまでない。
「わたくしは、貴方方を指示致します。例え、わたくしのこの身が朽ち果てても。例え、この世界が破滅しても。どうかどうか、貴方方に終わることのない幸福を」
かつて、【AVANOLS】を愛した唯一の人間であり唯一の味方である美しすぎる老婆はそう言って微笑んだ。
仙人みたいな味方のお婆ちゃん出したかったんです。




