第二十二話 『鶴』の異名と『夜』の異名
鈴音丸は横目に仲間の状況を見た。こっちが優勢ではあるが、怪我が目立つ。敵の数は今やリーダー格であろう鈴音丸が相手をしていた【神穢】のみだった。ゆっくりと怪我を気遣いながらもこちらへやって来る彼ら。いつも以上に倒すのに時間と体力を奪われた。それだけ相手が進化し、強くなったと云うことだ。
鈴音丸は真剣な表情で目の前のレッド・ダイヤモンドの瞳を持つ【神穢】に"呀烙"(以下、大太刀)の切っ先を向けた。【神穢】は鈴音丸に傷つけられ、ぽっかりと腹の部分に空いた空洞を気遣いながらもクスクスと嗤っている。それが今日は妙に鈴音丸の神経を逆撫でした。
「何が可笑しい?もう、貴殿だけだ。おとなしく観念するか、消滅するか、選べ」
そう、決定事項のように言う。すると【神穢】は仲間がいないにも関わらず、絶体絶命であるにも関わらず、黒く、ない口元を三日月のように歪めて嗤った。ゾワリ、体中を電流のように走る悪寒と何かに対する恐れ。思わず、動こうとしていた全員の足が止まった。全員が止まった足を叱咤し、【神穢】を囲むようにすると敵は突然、体を折り曲げた。そして、冷たい風が吹き付ける中、響き渡ったのは甲高い女性の笑い声。
「ふふふふふ、あはははははははははっっっ!!!!」
先程よりも感じる悪寒と恐れ。なんだ、こいつはなんで嗤っている?しかも、人の声で。【神穢】特有の地響きのような悲鳴でも叫び声でもなく、人の、女性の声。
【神穢】が体を起き上がらせると徐々に鈴音丸があけた空洞が塞がっていき、黒い顔に肌色が現れる。
「な……なんなの貴方は…?」
統軌が零耶の隣で戸惑いの声をあげている。零耶もその光景を困惑した表情で見ていた。絡繰も、鳴海も、鈴音丸も、律夏も、全員が全員、その光景に驚き、困惑し、見いっていた。
「ふふ、私?私は…」
人の肌色を持った【神穢】ならざる【神穢】は、妖艶に嗤い、前髪をかきあげた。女性の姿をした【神穢】は統軌の問いにクスリと嗤う。
真っ黒な肩下くらいまででカットされた髪に、その髪に飾られたレッド・ダイヤモンドの髪飾り。レッド・ダイヤモンドのように、血のように真っ赤な瞳をしている。黒いドレスに身を包み、その胸元と肩が少しあいており、袖口は二の腕辺りまでで少し膨らんでいる。爪には黒紫色のネイルが塗られ、黒いハイヒールを履いている。
何処からどう見ても普通の女性である。その背にコウモリの羽とこの状況がなければ、誰がどう見ても普通なのだろう。
「私は、【神穢】。ん~そうねぇ、イラヴィとでも呼んでちょうだいな」
女性の姿の【神穢】、イラヴィはそう嗤って言った。相手は黒装束なのか、否や。全員の疑問に気づいたのかイラヴィは右手を振りながら嗤って答える。
「いや~ね、私はあの方じゃないわ」
「……黒装束の事ですか?」
「そうよ!そうよ!話しが通じて嬉しいわ!んじゃあ、早速」
嬉しそうに律夏の答えに手を合わせて笑った後、イラヴィの雰囲気が変わった。来る、全員が怪我だらけの体を構えた。相手は黒装束ではないにしろ強敵に間違いない。本来【神穢】は地響きのような悲鳴や叫び声以外は言葉を発しない。稀に知能を持つ【神穢】が言葉を発するがこんな、女性の姿になり、名前を持つ【神穢】は見たことも聞いたこともなかった。
何か、仕掛けられる前に。
鈴音丸はそう思い、律夏と視線のみで会話すると両手を胸の高さに挙げるイラヴィに向かって跳躍した。近付く鈴音丸の大太刀と律夏の槍に彼女は 臆する事なく立ち続ける。それになにやら違和感を感じた零耶。だが、絡繰は糸をイラヴィに向けて放っており、気のせいかと思った。
「!」
違った。
イラヴィは重くも速い鈴音丸の一振りと律夏の突きを意図も簡単にコウモリの羽を羽ばたかせてかわすと首元に迫っていた紅い糸を片手で払った。絡繰が手首を痛そうに掴んだ。その手の隙間からは血が出ており、先程の攻撃が原因なのは容易に分かった。鈴音丸と律夏は攻撃をかわされるとすぐさま方向転換した。途端に、驚愕したように目を見開いた。なんだと零耶は統軌と共に見た。空中で羽ばたくイラヴィの足元に紅い色の魔方陣に似たものが転換されていたのだ。
「逃げて!」
「間に合うかしら!?」
律夏の切羽詰まった叫び声と共に全員が退避した。だが、イラヴィが足を魔方陣にカツンッ!と当てた。次の瞬間、鋭く尖った風が彼らを襲った。既に満身創痍だった彼らを襲った更なる追い討ちは酷いものであった。なんとか武器で防いだりしたものの怪我だらけになった彼らは進化した敵の脅威を思い知りながら、片膝をついた。零耶と鳴海に至っては足に風の破片らしきものが刺さっており、痛そうに顔を歪めている。ふと、顔をあげるとイラヴィの周りには倒したはずの【神穢】がいた。
「なっ!倒した、はず……っ」
「そうね、倒されたわね。でも、私がまた造ったのよ。連戦やる?……無理そうねぇ」
イラヴィはゆっくりと歩み寄る。その視線の先にいるのは、左足から血を流している零耶だった。額に冷や汗が伝う。零耶は左足を怪我し、動けない。同じく動けない鳴海以外が痛む体に鞭打って零耶の元へ行こうとする。が再び現れた【神穢】によって阻まれる。
「くっ、邪魔だ、どけ!」
「どいてください。消滅せましょうか?!」
零耶は迫り来るただならぬ恐怖と脅威に背筋が凍った。いや、それはもしかすると血がたくさん流れたせいかもしれない。今はそんな事さえわからない。零耶は短刀を構え、イラヴィにいつでも来いと目で訴えた。それに彼女は嬉しそうに口元を歪めた。
はったりだった。零耶に短刀を振る力は残っているが最終手段である技を使う力は残っていなかった。いや、正確に云えば技を使える事には使えるが使うと左足の傷口が開く恐れがあった。だから、零耶にとってこれは
「(一か八かのはったりだ…!)」
もう全員が傷だらけで今にも倒れそうなのだ。なんとしてでも、逃げ出す時間か何かの時間稼ぎをしたかった。
イラヴィが左手の黒紫色の爪を針のように伸ばしてそれを容赦なく零耶に向けて振り切った。
「零耶!」
その声と共に一瞬、零耶の視界が夜のように真っ黒に染まった。そして次の瞬間、黒い夜の中に紅い花びらが舞った。
「統軌!」
「っ……いてて…大丈夫だよ兄さん。零耶、無事?」
絡繰の心配そうな声が聞こえる。零耶は自分の目を疑った。
なんで、俺の前に統軌がいる?
統軌の利き腕ではない方の左腕からは血が出ているのか服に血が滲んでいる。その前に立つイラヴィは驚いたようで血がついた針のような爪を慌てて引っ込めながら目を見開いている。
「統軌?……なにやってんだこのバカ!」
「バカだなんてヒドイ!どうせ、零耶の事なんだから、時間稼ぎする気でしょ?」
「!」
「相棒なんだから頼ってよね!」
零耶は目尻が熱くなるのを感じた。目の前にいる統軌の背中が頼もしく見える。零耶は痛む左足を叱咤し、破片を抜き放つと統軌と並んだ。統軌は嬉しそうに、頼もしそうにふふんと笑った。傷だらけの2人が対峙する。零耶と統軌は真剣な表情でイラヴィを睨み付ける。
「兄さん!鳴海さん連れて後退して!」
「鈴音丸の兄貴と律夏もだ!此処は俺達が引き受ける!」
傷だらけなのに武器を構える2人の頼もしい事。絡繰は小さく「本当に、馬鹿な弟とその相棒だ」と呟くと相手をしていた【神穢】を倒し、足を怪我し倒れている鳴海に駆け寄ると肩を貸す。一方、鈴音丸や律夏は困惑したように顔を見合わせた。この状態だ。撤退した方が得策だ。だが、これだけの敵とイラヴィを引き付ける役が必要で。それを零耶と統軌が引き受けた。2人だってあんなに傷だらけなのに。心配する自分がいるのに確信している自分もいるのだ。鈴音丸は決意したように大太刀の柄を握りしめた。
「5分だ!それまで頼む!」
5分?容易い
「「任せなって!!」」
背中合わせの2人の力強い声が返ってくる。零耶と統軌以外の全員が【神穢】を少しずつ倒しながら撤退していく。それを邪魔する敵を怪我をもろともせずに零耶と統軌が攻撃していく。だが、怪我が影響しているのか彼らの体には傷が増えて行く。彼らが移動用のバンにまで辿り着けば後はこっちのもんだ。傷だらけになりながらも闘う2人を見て、イラヴィは不満げな表情だった。
限界か、片膝を再びついた統軌と左足の怪我を押さえる零耶を囲んだ【神穢】達。数は片手で数えられるほど。だが、限界に近い2人は悔しそうに顔を歪めた。
彼らはバンに辿り着けただろうか?5分がやけに長く感じる。
「……分からないわ。なんでそこまで命を張れるの?間違えば、いえ、遅ければ自分が死ぬかもしれないのに」
【神穢】の間を通ってイラヴィが訊く。苛立っているのか、それとも不満げなのか腕を組んでおり、組んだ腕が彼女の豊満な胸を強調しているかのようだった。
零耶は血塗れの顔をニィと得意気に歪めた。それがイラヴィには意味がわからず、首を傾げた。傾げた拍子に彼女の髪飾りが揺れる。
「信じてるからに決まってるだろ」
「ねぇ。それに、僕らが負けるとでも?例え、僕らが負けて倒れたとしてもまだ仲間も友人も兄弟だっているんだから」
「「だから俺達/僕らはこの体が、刃が砕け散るまで闘い続ける!」」
2人の答えにイラヴィは静かに瞳を閉じる。納得したのか否や。いや、敵である彼女には理解出来ないのだろう、きっと。
「そう………美しく飛ぶ『鶴』も深く儚い『夜』も、それ自体がなければ、意味もなければ、価値もない……」
クルリと半回転してイラヴィは2人に背を向けて歩き出すと爪が伸びた左手を少し挙げて言う。
「殺っちゃって」
イラヴィの抑揚のない声が響いた途端、【神穢】達が零耶と統軌目掛けて襲いかかった。
…*…
「……」
「?玲御姉ちゃん?」
「玲お姉ちゃん?」
玲御は獅雨と守光の声によって我に返った。玲御はボーッと窓から何処か遠くを見ていたのだ。今彼女は本日の任務が終わったため(どちらかと云うと敵が少なくて軽症だった)、獅雨の手伝いで仲間の手当てを守光と行っていた。
「大丈夫?」
「ん?大丈夫大丈夫。ちょっと考え事してただけ」
「そう……?」
玲御は心配そうに自分を見上げている2人の頭を優しく撫でる。それに2人は安心したのか笑顔になった。玲御も嬉しくなって笑顔になる。だが、それでも彼女の内心は笑顔にはなりきれなかった。
「(……零耶)」
自分の片割れである弟。彼女の第六感がなにやら叫んでいた。それが玲御にとって、異様で仕方がなかった。
自分達よりも早く任務に行ったはずなのにまだ帰ってこない零耶達。何かあったのだろうか?
「(早く帰って来てよ…心配させないで)」
無事でいますように……
玲御は心の中でそう祈った。




