第二十一話 "死剣"たる
【神穢】達には鳴海のその言葉が聞こえていないが、その神々しく、禍々しくもある何かにその正体が分かったらしく、宝石の瞳を見開き、緊張が走ったようだった。リーダー格のレッド・ダイヤモンドの【神穢】は尖った手のひらを口元であろう場所に当て、ニヤリと不気味に微笑んだ。それを見た絡繰が愉快そうに脇差、"暁"を持つ手に力を入れた。途端に小さく、彼の手首の紅いアザが笑うかのように波打つ。それを横目に零耶は本当に彼らが味方で良かった、と安堵すると共に気を引き締める。
「へぇ~言葉は知ってるみたいですね……でも、その威力も意味も何も知らないでしょう?」
律夏が槍を構え、ニヤリと笑って言う。
「"死剣"の実力を」
全員が足に力をこめた。敵も警戒しながらリーダー格からの指示を待ちながら自らの持つ武器を構える。
"死剣"。またの名を"四剣"とも云う。これは名の通り4つの武器とそれを操る4人の【AVANOLS】を示している。これが生まれた理由は『錬金術師』の通り名を持つ点検係の【AVANOLS】の一言からだった。「大昔、日本と呼ばれた場所で作られた我らの刀剣達。【天下五剣】、【天下三作】、【天下三名槍】と呼ばれるものたちがあるにも関わらず、何故、四と云う数字はないのだろうか?予想だが『四』と『死』、呼び方が同じだからではないか?なら、【AVANOLS】にこそ、その名は相応しいと言えよう」と。
武器を錬金り、仲間に提供する点検係の案に同期が乗った。そこに同期の相棒も加わって出来上がったのが"死剣"だった。天下はつけない。彼らなりの大昔の人々に対する敬意であり、愛情であった。
そして、生まれた"死剣"はそれぞれ、持ち主によってその異名をもろともしない良い名を与えられる。それが"死剣"である。
鈴音丸は喉の奥でククッと笑うと大太刀を構え直した。リーダー格のレッド・ダイヤモンドの【神穢】は"死剣"がこの中に何人いるか、気にならないらしい。ピッと先手必勝、片方の尖った手を振った。途端に【神穢】達が動き出すが彼らはまだ動かない。
まだだ。ゆっくり、ゆっくりと自分の範囲内に敵を引き付けろ。
【神穢】達の持っていたり、同化している刃物が彼らの首元と心臓目掛けて突き刺さる、その瞬間
「"呀烙"・呀喰」
「"燭"・蝋光!」
2つの声と共に近づいていた【神穢】達を優しくも暗い光が包み、その後、何処からともなく現れた大きな刃達が敵を切り刻み始める。彼らも暗い光を利用して【神穢】達を攻撃していく。光から身を引いて、全員で頷き合う。良い手応えがあった。これならば、きっと、全滅しているはずである。
そう、思っていた。
「……は?」
その光景を見るまでは。
光が晴れ、そこに現れたのはかすり傷一つついていない【神穢】達だった。今度は彼らが驚愕で目を見開く番だった。だって、手応えがあったのに。どうして……?これが進化したと云う事なのか。驚愕している彼らなど気にも止めずに【神穢】達が襲いかかる。鈴音丸が悔しげに顔を歪ませ、叫んだ。
「とにかく、倒すぞ。気をつけろ」
それに答える代わりに全員が敵に向かって跳躍した。
零耶は統軌と共に跳躍すると近くにいたエメラルドの6つの瞳をした【神穢】の首元を零耶が、腰から真っ二つに統軌が斬った。統軌が愉快そうに口元を歪めた。が、零耶は【神穢】の背後で方向転換し、統軌を横へ押し込んだ。途端、
「っ!」
「零耶!」
倒したと確信していた【神穢】が零耶に向かって鋭く尖った刃を振り下ろしていた。零耶は重い攻撃を弾き返すと統軌と並ぶ。零耶自身も驚いている。目の前でゆらゆらと尖った刃を揺らしている【神穢】。背中からは尖った刃が蜘蛛の足のように生えており、その隣にはユニコーンのような姿をした【神穢】がこちらに尖った角を向けている。その体は黒く、瞳はトパーズで蜘蛛の巣のように散らばっている。
「……統軌」
「わかってるよ、零耶……行くよ!」
統軌の掛け声と共に2人は駆け出す。敵も2人に向かって駆け出した。地面を滑るように移動する統軌はギギ、と刀の切っ先を地面に擦り付けると技を繰り出す。
「"燭"・夜ノ焔!」
刻まれた場所から夜のように真っ黒な炎が地面を走り、蜘蛛の足を持つ【神穢】を覆う。燃え盛る敵、だが、それを足でひとふりして消した。その体には微かであるが火傷痕がついている。
「(いつもなら、これでかたがつくのに…!)」
統軌が悔しそうに歯ぎしりする。
いつものやり方では、容易に強くなった、進化した【神穢】には勝てないと云うことだろうか。
零耶は振られた角をクルッとかわし、攻撃しようとした。が、素早い動きで再び背中に角を当てようとする敵。零耶はそれを避けながらも短刀で弾くとその勢いを使って馬上に乗った。暴れる【神穢】の馬上でバランスを取りながら零耶はその黒い胴体に短刀を突き刺した。固い。その一言につきる。と、次の瞬間、
「……え」
零耶の体が宙を舞っていた。【神穢】が彼を振り下ろしたわけでもなければ、彼が飛び降りたわけでもない。近付く地面を背に零耶が前を向くと彼の頭上の空間には角をこちらに向けた敵が。一瞬の困惑の後、零耶は理解した。【神穢】が、技を使ったのだと。零耶は空中で態勢を整えるがなにぶん突然放り出されたので体が思うようにうまく動かない。近づいてくる尖った角。それをギリギリ、短刀で防ぐ。その勢いのまま、零耶は地面に叩きつけられた。背中に走る痛みに耐えながら目の前に突き刺さる勢いの角を懸命に押し返す。敵も馬鹿じゃない。零耶の目に突き刺そうと力を籠めてくる。いつもよりも力が強い。零耶は動く足で【神穢】の四肢を蹴ってみるが体格も違えば力も違い、効果なし。零耶が何かを思いつき、技を言う。
「"小鶴"・白!」
短刀に白い霧がまとわり、それはスルスルと角を伝って【神穢】の瞳へと登って行く。その不気味な動きをする霧に敵の力が突然に弱まった。その隙に零耶は素早く抜け出す。
「っ!」
が、一歩、【神穢】が早かった。抜け出した零耶の利き腕ではない方の左腕に攻撃したのだ。痛みに耐えつつ、零耶が完全に抜け出し、相手と対峙すると敵の角にまとわりついていた霧は消え、その腹周りからは鋭い刃が針山のように突き出ていた。それが零耶の左腕を負傷させたと云うことは容易に想像出来た。痛みに顔を歪ませながら零耶は一瞬にして思考をフル回転させる。
なんであの技からすぐに脱出これた?あれは幻を数秒の間見せる技…それをほぼ一瞬で解いて俺にさっきみたいに技を繰り出した……今までの【神穢】は技を繰り出す事すらしなかったし、だいたいが技で消滅した。じゃあ、これが進化なのか?技を使い、頭を使い、技を受けても倒れないほどの体力と力を手に入れたってのか?……嗚呼、だとして、どうなんだって話だよな。俺は、俺達は、ただ、【神穢】を倒せればいいんだ。考えてたって
「仕方ねぇ!"小鶴"・鶴刀!」
零耶が痛む左腕を懸命に動かし、刃物に触れて行く。以前も使ったこの技ならば、どうだ!?
光によって長くなった短刀を【神穢】目掛けて大きく跳躍し、その蜘蛛の巣のように散らばったトパーズに突き刺す。ズブッと不気味な嫌な音と共に光によって刀サイズになった短刀が黒い顔に沈んでいく。それには【神穢】も痛いらしく、不気味な悲鳴じみた小さな声を発しながら零耶を振り下ろそうともがく。お望み通り、零耶は【神穢】から離れた。突然抜かれた痛みにトパーズの瞳が美しく煌めいた。零耶は攻撃の隙を与えずに腹周りにある針山を避けるように四肢を切り刻んでいく。まぁそれでも針山はいともせずに零耶を傷つけたが。ガタッと【神穢】がバランスを崩して倒れこむ。零耶が、自分自身が持つ瞬発力を生かした攻撃だったが、零耶自身、これが上手く行く気はあくまでなかった。
倒れた【神穢】に上段斬りを頭に、正確に云えば動かす事しか出来ない角目掛けて振り下ろした。パキン、とトパーズが割れる音と共に【神穢】がゆっくりと黒い霧となって消滅していく。案外体力を使った。零耶は肩で息を整えながら消え行く【神穢】を見ていた。だからかもしれない。左腕から流れる血で意識が朦朧としてたのかもしれない。ようやっと倒せて安心していたのかもしれない。
「零耶!」
「っっ!?」
戦闘の音で誰の声かまでは分からなかったが我に返った零耶の背筋にヒタリと伝う冷たい気配に零耶は慌てて後方を顔だけで振り返った。そこにいたのは顔の中心に大きなパールの瞳を持った黒い、熊のような姿をした【神穢】だった。しかも、鋭く尖った刃と同化した右腕を既に振り上げており、零耶を攻撃することは確定である。零耶は素早く方向転換し、その【神穢】と向き合う。だが、クラリと流れ出た血が多かったせいか貧血を起こしていたらしく、足元がふらついた。それでも零耶は足に力を入れてしっかりと立つと敵の上段から放たれた重い攻撃を受け止めた。ジーン、と短刀越しに痺れが零耶の左腕を苦しめた。痛みに歯を食い縛り、零耶は【神穢】の刃を弾き返した。敵が後退するところへ零耶がすかさず立ち上がり、追撃を加えようとする。が、それよりも早く、態勢を立て直した【神穢】が普通の左腕を横に振り切った。それを間一髪でかわすが、右頬に少し傷がついた。零耶はそれをもろともしていないように素早く行動し、右腕に攻撃した。カキンッと響く金属音。左腕で零耶を払う【神穢】をかわし、その肩にトンと乗ると踊るようにその頭と背中を攻撃した。敵が地響きのような悲鳴をあげた。零耶が【神穢】から離れる。敵は皮一枚で繋がっている状態の頭のまま、零耶に向かって大きく跳躍した。零耶も反撃しようと足に力を入れた。その時、【神穢】のパールの瞳から刃物が飛び出た。彼ないし彼女がやったことではないらしく戸惑ったようにピキ、と割れるパールを動かした後、黒い霧と化して行く。霧越しに現れたのは2振りの脇差を構えた鳴海だった。頭から血を流している鳴海は茫然としている零耶に近付くと「大丈夫?」と首を傾げた。
「嗚呼、大丈夫だ。ありがとな、鳴海の兄貴」
零耶が安心させるように笑って云うと彼は安心したように胸を撫で下ろし、笑った。そして2人はその背後に迫っていた、残りの敵目掛けて大きく跳躍した。
「五とか三とかあるのになんで四ないんだ!?」で思い付いた"死剣"です。




