第十九話 喜劇と云う名の予想外
〈【神穢】による誘拐拉致事件〉から早数週間。夏の季節になろうと云う時、事態は一変する。
食堂へ向かう階段を一段飛ばしに軽やかに登って行く3人。3人は階段を登りきると早足で廊下を食堂に向かって歩き出す。3人中2人の顔には凄まじいほどの驚愕が浮かんでいた。もう一人は顔全体を覆う仮面をしているためその表情は読み取れない。
「ったく、まさかあの事件が前触れだったとはなっ」
「鈴落ち着いてよーしょうがないじゃん、誰もこんな事になるだなんて思わなかったんだし」
苛立ったように言う一人にその隣を歩くもう一人が言う。それでも一人の苛立ちは収まらないようで前髪を乱暴にかきあげ、それにもう一人が苦笑する。
「まぁ、それでも俺と貴殿の"予知"がぴったし同じだったのが一番ありがたいが」
ピク、と最後の一人、仮面の人の肩が揺れた。一人の言葉を訂正したいらしく歩きながらその一人を見る。が、その口から言葉が出る事はなかった。出たのは、息を吐くような音と息を吸うような音のみ。それでも一人は仮面の人が言いたかった、いや、言った事が分かったのか口元を歪めて笑った。
「嗚呼、そうだな悪い。貴殿のは"予知"ではなく"占い"だったな」
それに仮面の人は正解だと言わんばかりにコクンコクンと頷いた。「とりあえず」と一人が速度を早めながら云う。
「この事態を全員に知らせなければ」
「煙管で一服する事も出来ないしね!」
「黙ってろそれは!」
「ふふふ、はーい」
もう一人の言葉に一人は少し口調を荒げて言う。だがこれは一人なりの照れ隠しなのだ。それを知っている2人は気付かれぬように笑い合った。一人は呆れたようにため息をつきながら2人と共に歩く。
目の前に食堂の両開きの扉が見えて来た。今は夕方時なので料理を提供している【AVANOLS】達も他の【AVANOLS】達も夕食を食べるために集まっているので全員いるだろう。いや、全員には少し語弊がある。そこの全員には"五天王"数名が含まれていないし、それに「事態を体験した仲間」も含まれていない。
「鈴、キツイ言い方はダメだからね」
「貴殿がフォローするんだろう?どうせ。まぁ、今はこの事態を伝えなければ」
「うん」
3人は真剣な表情で食堂の扉を開け放ち、賑わう中へと入った。
…*…
最初は誰だったか。そこまではよく見ていなかった。零耶達は突然現れた"五天王"2人と仮面をつけた男性に面食らっていた。それもそのはずで"五天王"は今の時間帯、彼らの仕事場で作業をしている頃だからだ。だから、誰もが呆気にとられた。
「…兄ちゃん?」
獅雨が呟く先には仮面をつけた男性。獅雨の声には久しぶりに兄弟である彼に会えた嬉しさと共に驚愕したような色も混ざっている。獅雨の兄である仮面の男性は獅雨に気づくと軽く手を振ったがすぐに"五天王"の2人と同じように食堂の中央へと歩み寄って行く。
何か起きたのか。あの〈【神穢】による誘拐拉致事件〉のような緊急事態が起きたのだろう。誰もが言葉を発するのを止め、彼らが口を開くのを待ちわびる。
とそこで零耶は仲間の数が少ない事に気づいた。夜の任務に駆り出されてしまったのだろうか?けれど、違う。直感的に、彼らを見る限り違うのだろう。と、云うことは……
「緊急事態だ。今から云う事をよく聞いて欲しい……」
"五天王"の一人が深呼吸をする。全員がなにを云うのかと息を呑む。そして、"五天王"の口から語られたのはあの事件よりも衝撃的であり、未知に溢れた事柄だった。
「……【神穢】によって、仲間が数名重症を負った。今、あいつが治療している」
『『『?!』』』
【神穢】によって重症を負った?!嘘だろう!?
零耶の隣に座っていた獅雨が勢いよく立ち上がる、が玲御に肩を掴まれてゆっくりとではあるが冷静さを取り戻し、席につく。"五天王"の一人が言っている「あいつ」とは獅雨とは少し異なるが医療の知識をかじっているある双子の片割れの事だ。獅雨は"白"を操って道具なしに治療も出来るが片割れは非常時に拙いながらも出来る。正確さは少しいまいちー言うと怒るがーだかもう一人の片割れによってその正確さは補われ、そして自身の回復力を対象に与えて治す、非常時のためのもう一人の医師のような者だった。片割れはその治療の姿から政府から通り名として『月』と呼ばれている。その事に気づいた獅雨が安心したようにホッと胸を撫で下ろす。片割れならば、きっと、大丈夫だろう。獅雨が手際を認めているのも大きな安心で証拠だった。
ざわざわと衝撃な事に誰もが不安を隠せずにいた。何が起こっている?誰もがそう思っているとパンパンッと手を叩いてざわめきを静める者がいたもう一人の"五天王"である。もう一人の"五天王"、青年は静かにと全員に視線を送る。全員がそれに従い、静まる。そうだ、今は彼らに聞くしかできないのだ。"五天王"の一人、男性は静まったのを見て、続ける。
「負傷した数名からは【神穢】が以前よりも強くなっている、云うならば進化していると云う事が分かった。今、残りの"五天王"が確認中だ………それともうひとつ」
消え入るようなほどに語尾が小さくなったのを聞き、嫌な予感が零耶の体中を駆け巡った。
「あの事件の首謀者であろう黒装束も目撃された」
『『『?!』』』
黒装束。一体なにをしたいと云うのか。前回、黒装束が関わっていたのだから今回もそうなのだろう。予想出来た。だが、零耶が感じている嫌な予感はそれではなかった。
ざわつく仲間達に男性が一喝するように叫ぶ。
「【神穢】が強くなっていようと、進化していようといまいが、俺達の任務は変わらない。だが、心してかかってくれ。この事態を、俺の"予知"と彼の"占い"が当てた。苦しい闘いになる、注意してくれ。何か情報があり次第、こちらから伝える……以上だ」
男性の言葉に全員が力強く頷いていた。そうだ、【神穢】が凶暴化したからと云って何も死ぬ訳ではない。気をつける事は増えたがそれでも自分達、【AVANOLS】がやる事を遂行するだけ。むしろ、"五天王"と仮面の男性の"予知"と"占い"で分かっただけでも良い方なのだ。
全員がそう、改めて思い、仲間達とやれ「大怪我すんなよ」とか、「鍛練のしがいがあんな」などと緊迫と恐怖、不安を緩和させるように肩を叩いたりしながら談笑する。
「…………」
「?零耶?」
けれど、零耶はいまだに嫌な予感を引きずっていた。この予感が凶暴化ではないのなら、一体。零耶は帯刀している"小鶴"の柄を強く握りしめ、この、嫌な予感に備えるように小さく頷いた。それを心配そうに見ていた玲御は大丈夫と云う意味を籠めて弟の背中を軽く2回叩いた。その何気ない動作が零耶を安心させた。
すると、"五天王"の青年が思い出したかのように声をあげた。
「パーティー固定してたけど、解体したりするかもしれませんのでそこんとこ理解をよろしくお願いします!」
この緊急事態だ。そうなるのは無理もない。だが
「このままでありますように……!」
小さく統軌が祈るように言った事も事実であった。数ヶ月、固定でやって来たパーティーだ。今さら解体されたくない。そんな思いが青年に伝わったのか青年は
「かもだからね!断定ではないですから!」
と慌てて叫んだ。その慌て様が可笑しくて仲間達が笑う。青年は不満そうだったが仲間が元気になって嬉しいようで笑った。
新たな緊急事態が開幕するようです
少しテンポ早めにいきますよー!




