第十六話 間際の終了と不穏
玲御は太刀で【神穢】を斬り伏せると背後にもいた敵に回し斬りを放つ。
「おや、かぶってしまいました」
そんな、少し気の抜けた言葉に玲御が振り返ると消滅し始めている【神穢】とその向こう側に左京と絡繰がいた。玲御はきょとんとした表情で2人を見る。ついでに後ろから攻撃してきた【神穢】の首元に振り返らずに太刀を突き刺すと背後から呻き声が響いた。そして、ピッと云う小さな音と共に玲御の後ろにいた【神穢】の体があらぬ方向へとねじ曲げられ、ボキッと云う不気味な音を立てて折れる。それを振り返らずに横目で見た玲御は太刀を手首の上で弄んだ。
「余裕だな」
「だって、左京の兄さんと絡繰の兄さんがいたんだもん。安心して当然でしょ?」
何を当たり前な事を、と言いたげな顔で玲御は首を傾けながら言う。それに左京は可笑しそうに笑い、絡繰は呆れたように息をついた。と、3人を【神穢】達が囲む。3人は慌てずに背中合わせになり、敵の数を確認する。
「俺が"殺絲"で動きを止める。その間に……わかってるな?」
絡繰の小声の指示に玲御と左京は返事をするかわりに武器を構えてみせた。それに絡繰が小さく笑ったようだった。【神穢】達が滑るように彼らの方へと移動を開始し、武器を振り上げた。途端、絡繰の手首のアザが空中で細い糸となり、【神穢】の動きを締め付けた。が、細い糸で動きを簡単に封じられる事は数体が出来なかったらしく、武器で糸を切り刻みながら絡繰に迫った。一体の【神穢】が絡繰に斧を振り下ろすと彼は慌てずに脇差で防いだ。びりびりと振動が伝わって来る。と、もう一体が動きを止めている絡繰に向かって槍を突き刺した。絡繰の糸によって動きを封じられている【神穢】が悲鳴じみた声をあげた気がした。絡繰が口角を上げて、笑う。
「"二葉月"・冬嵐!」
「"桜花姫"・桜舞!」
途端、凄まじいほどの吹雪と桜の花びらが大きな嵐となって動きを封じられている【神穢】達を狩っていく。その光景は儚げで美しい。宝石が吹雪と桜の花びらと相まって可笑しなほどに美しい光景を作り上げていた。その突然の嵐に絡繰を攻撃しようとしていた【神穢】達は動きを止めた。絡繰は斧の隙間から外へと躍り出ると脇差の刃を中指と人差し指でなぞった。
「"暁"・紅!」
次の瞬間には絡繰は自分を狙っていた【神穢】達に脇差を斬りつけていた。一線刻まれただけで何も変わらない。そう思い、【神穢】達の瞳が三日月に歪んだ。が、じわじわと斬られたところから発せられる熱と痛みにその笑みが止まった。そして、今度は絡繰が笑う番だった。ポトッ、と軽い音を立てて絡繰に斬られたところからどろどろと溶け、落ちていく。その一瞬の恐怖に【神穢】達は瞳を見開き、地響きのような声で悲鳴をあげた。その悲鳴も真後ろに迫っていた2つの嵐によって消し去られる。その嵐が収まると出てきたのは玲御。その背後には左京がいた。2人が絡繰に近づき、
「さっすが絡繰の兄さん!タイミングバッチし!」
「的確な判断、助かりました」
と笑顔で彼を労りながら片手を挙げた。それに絡繰は一瞬、呆けていたが弟の統軌や姉の神楽がいつも仲間とやっているあれだと気付き、脇差を持ち変えて2人の手に自分の手を合わせて叩く。ハイタッチである。そして、3人は成功を喜んで微笑んだ。
右京は清守を横目に見ると大太刀を【神穢】に振り切った。
「お前、知ってたのか?」
「なんの事だ」
「とぼけんじゃねぇよ。守光の武器の事だよ」
背中合わせになった清守にそう問うと人格が変わっている同期は低い声を喉の奥から響かせた。肯定、と云う意味である。
「お前達は本当におもしれぇ。好奇心がつかないわ」
「褒めていると取ろうか」
「はっ!そうしてくれ!」
右京は前方から自分と同じ大太刀を振り下ろしてきた【神穢】の攻撃を防ぐ。と攻撃に夢中になっていた【神穢】の背後に清守が周り込み、その喉元を刀で掻き切った。それでも倒れぬ【神穢】に右京が少しの隙で出来た隙間から大太刀を交差から抜くと【神穢】に向かって回し斬りを放つ。腹から真っ二つになる敵に容赦なく、右京と清守の技が落ちる。
「"黒鴉"・黒翼斬!」
「"雷戦"・黄懴」
黒い鴉の翼が周りにいた【神穢】共々包み込み、そこへ右京が大太刀を振り下ろし、斬撃を与える。その大太刀とそれを持つ右京の手首にはひときわ大きな、黒い翼がついていた。その後に繰り広げられた清守の攻撃。刀を垂直に保ち、そこに力を籠める。と、刀は仄かに黄色に輝き出す。それは次第にバチバチと火花を散り始め、刀には敵を殲滅しようとする黄色い雷が刀のように鋭い刃をさらしながらまとわりついていた。それを右京の技で傷を負った【神穢】達の急所に的確に攻撃していく。最後の抵抗で清守の右頬に一線、紅い筋が出来たが彼は気にすることなく、的確に敵を倒していく。黒い鴉の翼が暗闇から姿を消した時、そこにいたのは黒い霧と化して消える【神穢】の群れと清守のみだった。右京は大太刀を担ぎながら清守に近づく。ピピッと耳元で音がしたのを気にしながら清守に言う。
「終わりみたいだな」
「嗚呼、油断は禁物だがな……」
「ハハッ、耳がいてぇわ」
冷静に抑揚のない声で言い放つ清守の忠告に右京は愉快そうに笑った。2人の会話の合間を狙ったかのようにインカムから低い声が響く。
〈【神穢】討伐終了及び人質救出に成功。これより撤退する〉
〈やっと終わったって感じだねー!〉
絡繰の声の後に〈疲れたー〉と云う神楽の声が混じる。それに右京は軽く笑う。
任務は成功。黒幕らしい例外は捕らえられなかったのだろう、先程の連絡からいって。
右京は大太刀を収め、軽く伸びをする。それを見た清守が「緊張感がまるでない…」と呟いた。それにうるさいと手を振る右京。そして【AVANOLS】全員は本豪華客船から撤退するために飛び降りた。
飛び降りた先で零耶達は支援に回っていた【AVANOLS】達によって迅速な誘導を受けながら撤退した。その後、元豪華客船は【神穢】の侵入及び彼らが再び利用する可能性を考えて爆破される事になった。零耶達が元豪華客船から離れ、船が小さな点になって見えるほど遠くに来た頃、船は赤い炎と黒い煙をあげながらその生涯を閉じた。
…*…
燃え盛る船を近くで見上げる数体の生き残りか、それとも隠れていたのか分からない【神穢】達。その中心にはあの黒装束の正体不明もいた。炎の光によって【神穢】達の瞳の役目を担う宝石達が輝く。正体不明は燃え盛る船を見上げながら、細く微笑んだ。唐突に脳裏にあの時、人質である人物に言った時の人物の驚いた顔が浮かんだ。傑作だった、本当に。馬鹿。
小さく笑いをこぼすと近くの【神穢】が不思議そうに正体不明を見ていたが正体不明は気づかなかった。
きっと、救出された人質達は、正確にはあの人物は正体不明との会話を一字一句間違えずに上へ報告するのだろう。それを上はどう捉えるのだろうか。それによっては上も馬鹿だ。嗚呼、愉快。それでいて、不愉快。
正体不明は【神穢】に地響きのような声で声をかけられてようやっと思考の渦から生還した。目の前で燃えていた炎の熱が直に肌を焼き尽くすかのような錯覚に陥るほどに近くなっていた。正体不明は踵を返し、燃え盛る船を背にする。チラリと暫くの間、世話になった元豪華客船を見る。かつて、人間が作った海を渡るための船。だが今はその面影すら失い、船を動かす事も出来ないほどに退化した。嗚呼、哀れ。その「哀れ」が同情なのか嗤っているのか、正体不明はその正体を心の底から理解していた。
目の前の【神穢】が正体不明のために道をあける。その出来た轍を正体不明は歩き出す。この道は何処へ続いているのだろう。我知らず、口元に笑みが浮かぶ。炎をバックに月光が彼らの黒い影を照らす。その影は、不穏と恐怖と、残酷に満ち溢れていた。




