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15/25

逆算

タイトルを変更しました。詳細は後書きにてm(_ _)mペコリ

書庫のあるミルフェの町までは、街道を歩いて五日かかるという。


一日目は、ひたすら歩いた。


左腕は、まだ吊ったままだった。肩とふくらはぎの傷は糸が抜けたばかりで、歩くたびに薄い皮が突っぱった。


村を出てしばらくは、見慣れた畑と林が続いた。それがやがて見たことのない丘になり、見たことのない川になり、見たことのない森になった。


外の世界って感じだ。


道端に、見たことのない花が咲いていた。空を見たことのない鳥が飛んでいた。すれ違う荷馬車を引いているのは、馬ではなく、首の長い大きなトカゲのような生き物だった。


「なんですか、あれ」


「荷トカゲだ。馬より力があって、餌も少なくてすむ」


「荷トカゲ……」


(ネーミングがそのまんまじゃねえか!)


それでも俺は、首の長いトカゲが荷車を引いてのしのし歩いていく後ろ姿を、見えなくなるまで眺めていた。


ゲームの中でしか見たことのない世界が、本当に目の前に広がっている。


「……あんた、子どもみたい」


隣でクレアが、あきれたように言った。


「ポポと変わらないじゃない」


「仕方ないよ。全部、初めて見るんだから」


景色を見ながら歩くのが、こんなに楽しいなんて知らなかった。


 ◇


日が暮れる前に、街道沿いの小さな林で野営をすることになった。


じいさんが手際よく火をおこす。クレアがハンナさんの弁当の包みを開く。

アウトドアが何もできない俺は、言われるままに枯れ枝を集めた。


今のうちにちゃんと教わらないとね。


焚き火を囲んで、ハンナさんの弁当を食べた。


固く焼いた黒パンに、干し肉と酢漬けの野菜。それに、ビッグボアの肉の燻製。


「……うまい」


「母さんの燻製は、村で一番だからね」


クレアが少しだけ得意げに言った。


焚き火がぱちぱちとはぜる。


火の粉が夜空に舞い上がって、消えていく。


空には、二つの月と数えきれないほどの星。


日本の夜空では、星なんて数えるほどしか見えなかった。


「ギルさん」


俺は焚き火の向こうのじいさんに声をかけた。


「ダイアウルフの時のあの剣。ただの旅のじじいじゃ、ないですよね」


じいさんは燻製をかじりながら、ちらりと俺を見た。


それから、仕込み杖をそっと膝の上に置いた。


「……昔、王都で騎士をしておった」


「騎士?」


「王家の、近衛の騎士だ。もう二十年以上も前の話だがな」


クレアが目を丸くした。


「おじいちゃん、そんなの一度も言ったことないじゃない」


「言っても自慢にもならんからな。若い頃の話だ。そのうち、いろいろあって騎士をやめて旅に出た。灯守に入ったのは、その頃だ」


いろいろ、の中身は話してくれなかった。


じいさんは焚き火を見つめながら、別の話を始めた。


「カイがな、九つの時だった。わしが旅から帰ったら、あの子が木の枝を削って、短剣のようなものを作っておった。わしの真似をしたかったらしい」


クレアが顔を上げた。


「それで、その枝の短剣を握って、わしに勝負を挑んできた。九つの子どもがだぞ。わしは手加減してやろうと思った。そしたら、あの子は正面から来ると見せかけて、いきなりわしの足元の草むらに飛びこんで、消えた」


「消えた?」


「いや、本当に消えたわけではない。草むらに伏せて、じっと息を殺しておったんだ。わしが探しておる間に後ろに回りこんで、枝の短剣でわしの尻を突いた」


じいさんは、くっくっと笑った。


「その時、思ったよ。この子はいい斥候になる、とな」


クレアが、ふっと笑った。


それから焚き火を見つめたまま、小さく言った。


「……知らなかった。カイの、そんな話」


「お前には内緒にしてくれと頼まれた。わしの尻を突いたなんてクレアに知られたら、怒られるとな」


「怒るに決まってるでしょ、おじいちゃんのお尻なんて」


クレアは笑いながら、少しだけ目元をぬぐった。


焚き火が、ぱちりとはぜた。


 ◇


翌朝、じいさんに稽古をつけてもらった。


「まず、短剣の持ち方だ」


じいさんは俺の手から角の柄の短剣を取り、くるりと回して、刃を下に向けて握り直させた。


「逆手だ。刃を小指の側から出す。お前さんの戦い方は、正面から斬り合うことではない。背後から一突きにすることだ。なら、逆手のほうが力が入る」


言われたとおりに握ってみる。


確かに、腕を振り下ろす動きと刃の向きが、ぴたりと合う。


「それから、足運び」


じいさんは俺の足元を見た。


「ダイアウルフの時、煙の中で足音と息を合わせて歩いておったな。あれは見事だった。誰に習った」


「……会社で」


「かいしゃ?」


「上司の後ろを、気づかれないように通り抜ける時の歩き方です」


じいさんは、なんとも言えない顔をした。


「……お前さんの職場は、戦場か何かだったのか」


「似たようなものです」


じいさんは咳払いをして、話を戻した。


「足音と息を合わせるのは、いい。だが、まだ足の裏が硬い。かかとで地面を踏んでおる」


じいさんは自分で歩いてみせた。


つま先から、そっと地面に置く。足の裏の外側から内側へ、ゆっくりと体重を移していく。膝は少しだけ曲げたまま。


落ち葉の上を歩いているのに、音がまったくしなかった。


「足の裏で、地面と話をするつもりで歩け。落ち葉があれば、その下の土を探す。小枝があれば、その隙間を探す。そうすれば、お前さんの隠密はもっと化ける」


俺は言われたとおりに歩いてみた。


つま先から。外側から内側へ。膝を少し曲げて。


ぱきっ。


小枝を踏んだ。


「……化けるまでには、まだだいぶかかりそうだな」


じいさんは、からからと笑った。


隣では、クレアが細身の剣で突きの稽古をしていた。


半身に構えて、後ろ足で地面を蹴る。体ごと前に滑りこんで、切っ先をまっすぐ。ひゅっ、と空気が裂ける。すぐに下がって、また突く。


「お前は、筋は悪くない」


「……そんなことない。まだまだよ」


クレアは切っ先を見たまま、素っ気なく返した。でも、髪の横からのぞく耳の先が赤くなっていた。


「だが、肩に力が入りすぎだ。突きは腕で出すな。足で出せ」


「わかってる!」


「わかっとらんから、言っとる」


「わかってるってば!」


祖父と孫の言い合いを聞きながら、俺は小枝を踏まないように歩きつつ、聞いてみた。


「クレアの剣って、ずいぶん細いですよね。斬るというより、突く剣みたいな」


「突く剣だ。あの子の天職は、フェンサーでな」


ほお、ほお!ほお!!


フェンサーか〜。

いいな。かっこいいな。憧れちゃうな。


俺も聖騎士とか、かっこいいのが良かったよ。


「ちなみに、ギルさんは?」


「…わしは聖騎士だ」


マジっかよ!どうなってんだよこの家族!!


ぐぬぬぬぬと心の中で血の涙を流していると、じいさんが続けた。


「クレアはな、十五の刻みの儀でそう出た。だが、辺境の村にフェンサーの仕事なんぞない。村の連中には『食堂の娘が、剣士さまか』と笑われてな。あの子は、それきり天職の話をせんようになった」


じいさんは、突きを繰り返すクレアの背中を見ていた。


「せめて身を守れるようにと、わしが基本だけ教えた。あの剣も護身用に持たせてやった。コレットの村には元々強い魔物はおらんから、あれで十分だった。型は、いい。わしが教えた以上に、いい。孫の贔屓目と思われそうだが、筋は良い」


「おじいちゃん、余計なこと言わないで!」


クレアが突きの手を止めて、こっちをにらんでいた。耳まで真っ赤だった。


クレアはふんと鼻を鳴らして、また突きの稽古に戻った。さっきより動きが早くなっている。


道端の木の幹に向かって、半身に構える。


後ろ足で地面を蹴った。肩ではなく、足から。体がするりと前に滑りこむ。


ーシュッ。


鋭い音がして、切っ先が樹皮の一点に吸いこまれた。


素人目にもわかる。今のはよかった。

一番静かで、鋭い一突きだった。


クレアは剣を引くと、くるりとこちらに背を向けた。


片手で口元を押さえている。肩が小さく揺れている。


後ろ姿なのに、わかった。あれはニマニマしている。一人で噛みしめている。


見なかったことにしよう、と思って一歩踏み出した。


ぱきっ。


「足の裏が硬いと言うとるだろう。また踏んだぞ」


じいさんの声に、クレアがぱっと振り返った。


俺の足元の、折れた小枝を見る。それから俺の顔を見る。


口元を押さえていた手が下りた。


今度は、隠す気がまるでなかった。あごを少し上げて目を細めて、思いきりニマニマした顔をまっすぐ俺に向けてくる。


――わたしのほうが、上手い。


顔に、そう書いてあった。


「……なにかな?」


「何も言ってないわよ?」


ニマニマしたまま、クレアはまた木に向き直った。


(くっそ、ドヤ顔がかわいいのが腹立つ!)


俺はそれを横目に見ながら、また小枝を踏んだ。


 ◇


二日目の昼過ぎ、道は山道に入った。


山の向こうへ抜ける峠道だ。


俺は懐からカイの手帳を取り出した。


地図を広げる。


『山向こうの峠。背中に棘の生えたアーマーベア。左の後ろ脚をかばう癖あり』


村のまわりの地図に、最後に残っていた赤い印。


「……ギルさん。この峠って」


「ああ。その峠だ」


じいさんも、それを知っていたようだった。


「書庫へ行くには、この峠を越えるのが一番早い。アーマーベアが出るなら、出たで片づけていけばいい」


さらりと、とんでもないことを言う。


「片づけるって……巨大な熊の魔物ですよね?」


「お前さんたちは、三本角のビッグボアとダイアウルフの頭を倒した。今は3人いる。アーマーベア一頭くらい、どうということはあるまい」


クレアが、ごくりと唾を飲んだ。


俺も飲んだ。


熊を舐めすぎてないか?

今の日本でそんなこと言ったら、じいさん、SNSで大炎上するよ?


「……片づけるって、どうやってですか。アーマーベアですよ。正面から行ったら、僕なんか一発で終わりです」


「正面から行かんでいい」


じいさんは、峠道の脇の平らな地面の前で足を止めた。


杖の先で、土の上に一本の線を引く。


「いいか、カイ。暗殺者の戦いはな、一撃必殺だ。最初の一撃で仕留める。仕留めそこなえば、それで終わりだと思え。お前さんは体も守りも薄い。真正面から爪を一発もらえば、それまでだ」


「……はい」


「それに、手を出せば相手は痛みで振り向く。振り向かれて見られれば、姿が出る。姿が出れば狙われる。姿が出る一撃を入れるなら、そのあとどこへ消えるかまで決めてからにしろ」


ビッグボアの時も、ダイアウルフの時もそうだった。一撃で決まったから助かった。決まらなかったら、と思うと今さら背中が冷たくなる。


「だから、逆算して考えろ」


じいさんは、線の先に小さな点を一つ打った。


「まず、どこを突けば仕留められるかを決める。魔物でも人でも、急所は必ずある。ただし、お前さんの刃が届く急所でなければ意味がない」


点の手前に、もう一つ印をつける。


「次に、その急所がいつ、どうすれば無防備になるかを考える。怒った時、痛がった時、何かに気を取られた時。その一瞬を、いつ誰がどうやって作るか」


じいさんは、点の手前にもう一つ小さな点を打った。


「一度で届かん相手なら、段取りを二つ、三つに分ければいい。最初の一撃で足を奪い、次の一撃で仕留める。それでもかまわん」


線の手前に、小さな丸を二つ描く。


「そして、その隙を作るのがわしらの仕事だ。わしと、クレアのな」


クレアが顔を上げた。


「わしらは攻めんでいい。倒そうとせんでいい。正面で相手の目を引きつけて、守りを固めて、払って、いなして、相手の体勢を崩す。それだけでいい。攻めんのだから、無理に間合いに踏みこむこともない。安全に戦える」


じいさんはクレアを見た。


「ビッグボアの時、お前は火でビッグボアを引きつけたそうだな。斬りかかろうとはせずに。あれでいい。あれが仕事だ」


クレアの頬が、少しだけ赤くなった。


それから、じいさんは俺に向き直った。


「隙ができれば、お前さんも安全に一撃を入れられる。相手がわしらに気を取られておる間に、消えたまま近づいて一突きし、離脱だ。姿が出るのは、その一撃のあとだ。そして、お前さんの姿が見られたら、すぐに相手の目を引きはがす。それも、わしらの仕事だ」


杖の先が、線の先の点を、とん、と突いた。


「誰も無理をせん。誰も危ない橋を渡らん。それで、一番強い相手を倒す。それが、組んで戦うということだ」


俺は、地面に描かれた線と丸と点を見つめた。


――逆算。


ゴールからさかのぼって、段取りを組む。


話としては、わかる。だが、言うは易し、ではないだろうか。


「もし不測の事態になったら、どうしますか?」


「その時は、もう一度考え直すんじゃ」


「……肝に銘じます」


「うむ」


じいさんは満足そうにうなずいた。

タイトルを以下のようにしました。

◾️新タイトル

「ブラック企業で存在が空気だった元社畜、異世界でも気配が消えすぎる ~隠密スキルで魔物を狩り、今度こそ自由に生きます~」


◾️旧タイトル

「ブラック企業で空気だった元社畜、異世界で【暗殺者】になりました ~気配が消えすぎて、誰も俺に気づきません~」


従来のタイトルだと、暗殺者が悪徳貴族を懲らしめる勧善懲悪の物語だとミスリードするかもなと考えたのが理由ですが、いかがでしょうか?


なお、現状だと一話一万文字と長めなので、分割して読みやすくすることも検討しています。


ちなみに一万文字でも300話を超えそうですが。。。( ´ཫ` )


楽しみ半分、不安半分な気持ちですが、今後とも当作品を宜しくお願い致します。

━━━━━━━━━━


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


もし少しでも「面白い!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、


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作者のモチベーションが爆上がりし、更新速度が上がります!


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次回は明日の朝7時10分頃に更新予定です。引き続きよろしくお願いいたします!

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