第六話:幼き依頼人と、見返りの真鍮歯車
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排気底での一件から数日。俺とオルドは『蒸湯屋』のカウンター端で、俺のデジタルカメラと古代の廃棄炉の関連性を検証していた。
「……やはり動かんか」
俺はカメラの底面にある三脚穴の凹凸を、オルドが廃棄炉から模写してきた刻印の型に当てはめてみたが、カチリと嵌まるだけで何も起きない。
「当たり前じゃ。扉本体の鍵穴に直接差し込まねばな。それに……このカメラ自体、どこか『パーツ(部品)』が欠けておるような気がしてならん」
オルドがルーペ越しにカメラのボディを覗き込み、首をひねる。
「パーツ?」
「ああ。魔導回路でいう『継電器』のようなものじゃ。構造としては完璧じゃが、核心となるエネルギーの伝達経路が途切れておる。……まあ、今は焦っても仕方あるまい」
「そうだな」
俺はカメラを下げ、カウンターの上に置いた。
謎の解明は一筋縄ではいかない。だが、焦る必要はない。この街で生きていくための足場を固めるのが先決だ。
カウンターで珈琲を淹れ始めたオルドが、煙管の紫煙をくゆらせながら不意に口を開いた。
「時に、神楽よ。ミハイルやエレノア殿、それにスラムの一件で、ワシらの名前も中層や下層に随分と広まってきた。……そろそろお前さんも、きちんとした報酬(対価)を受け取るようにせんか?」
「……報酬、か」
「当たり前じゃ。このままボランティアとしてやっていけばワシの珈琲豆の仕入れ代も出ん。これからは来る依頼人から、法務相談の相場通りに頂くべきじゃないか?」
俺は珈琲に口をつけ、少し考えてから頷いた。
「……やはりそうするか。となると、次回から来る依頼人からは一話あたり——」
カランコロン。
言葉の途中で、『蒸湯屋』の真鍮ベルが音を立てた。
入口の重い扉を必死に押し開けて入ってきたのは——身の丈ほどの大きな革鞄を抱えた、十歳にも満たない幼い少女だった。
つぎはぎだらけの服を着て、煤で汚れた頬を拭いながら、大きな瞳で俺たちを見つめている。
「あの……ここが、どんな難しい問題も助けてくれるっていう『蒸湯屋』ですか……?」
俺とオルドは、ピタリと動きを止めた。
いかにも「お金なんて一文も持っていません」と言わんばかりの、あまりにも幼い依頼人。
俺とオルドは同時に顔を見合わせ——互いに困ったような苦笑いを浮かべた。
「……たく、商売上がったりじゃな」
オルドが呆れたように肩をすくめる。俺はカウンター越しに屈み込み、目線を少女に合わせた。
「ああ、ここが『蒸湯屋』だ。お嬢ちゃん、一体どうした?」
少女——ミーナと名乗った彼女は、ポロポロと涙をこぼしながら必死に語り始めた。
「お兄ちゃんが……ハブ都市であるエリアA『中央港区』の定期船で働いてるんです。でも、身に覚えのない『密輸の罪』を着せられて、港の憲兵に連れていかれちゃって……! 明日には罪人として遠くへ送られちゃうんです……! お願いです、お兄ちゃんを助けてください……!」
「……なるほど。身に覚えのない密輸の濡れ衣か」
俺は立ち上がり、カメラのレンズキャップを外した。
「よし、行こう。お兄ちゃんの無実を解体してやる」
ミーナはハッと顔を上げ、おどおどと財布を探す仕草をした。
「あの……お金は……お兄ちゃんが帰ってきたら、二人で働いて必ず払います……!」
オルドが煙管の煙をふっと吹き出し、不敵に笑った。
「カッカッカ! 報酬なら後払いで構わんよ、お嬢ちゃん。……ただし、無事に帰ってきたお兄ちゃんに、美味しい珈琲を一杯奢ってもらうからの!」
巨大な飛行船と蒸気船がひしめくハブエリア——エリアA『中央港区』。
港の憲兵詰所では、ミーナの兄・ロイが鉄格子の奥で青ざめていた。
「おい、面会は許可されていないぞ!」
厳めしい甲冑を着た憲兵隊長が俺たちを遮るが、俺は胸元から一枚の書類——オルドが事前に用意した「全階層臨時弁務代理人」の証明書を突きつけた。
「憲兵隊長。彼の罪状は『違法魔導薬の定期船への積み込み』と聞いているが、その証拠とされている貨物伝票を見せてほしい」
隊長は不機嫌そうに鼻を鳴らし、羊皮紙の伝票をテーブルに叩きつけた。
「証拠ならここにある! ロイの署名が入った積載目録と、彼の船室から見つかった押収品だ! 明日には強制労働区へ送致される!」
俺はカメラのファインダー越しに、その伝票と、押収品とされる真鍮製の木箱を観察した。
ファインダーの中で、文字の擦れ、インクの乾き具合、そして木箱の構造が「視覚的な矛盾」として浮かび上がる。
「……なるほど。お粗末な捏造だな」
「なんだと!?」
俺は伝票の右下を指で弾いた。
「第一に、この積載目録の刻印だ。エリアAの検問印は『湿式蒸気スタンプ』が使われる。押し出された直後は蒸気熱でインクの縁が微細に滲むはずだが、この印影は乾燥したインクで後から押されている。つまり、検問を通る前に作られた偽物だ」
「ぐっ……そ、それは……!」
「第二に、この木箱の留め金だ。ロイの船室にあったというが、この留め具の真鍮は『塩害防止の亜鉛メッキ』が施されていない。船底の湿気には耐えられない仕様だ。……逆に、港の倉庫街にある『第3保管庫』の棚と同じ規格だな」
「な、なぜそれを……!?」
「観察すれば分かる。第3保管庫の監視役が、定期船の運賃値上げに反対した船員たちをハメるために仕組んだ『不当な冤罪構造』だ。……隊長、これ以上この茶番を続けるなら、商業法廷に憲兵隊の検問バグとして告発するが?」
憲兵隊長は冷や汗をダラダラと流し、ガタガタと震え出した。
「く……解放だ! ロイを今すぐ解放しろ!!」
「神楽先生、オルドさん! 本当に、本当にありがとうございました……!」
無事に解放されたロイとミーナは、港の桟橋で涙を流して抱き合った。
何度も頭を下げるロイの横で、ミーナが「あ!」と思い出したように自分の大きな革鞄をガサゴソと探った。
「これ……! お金は払えないけど、お礼にこれを受け取ってください!」
ミーナが大切そうに差し出してきたのは、きれいな布で包まれた小さな塊だった。
「おじいちゃんの形見なんです。すごく綺麗な歯車で、街の古道具屋に見せても値打ちがつかないって言われたんですけど……私にとって一番大切な宝物なんです!」
布が開かれると、中から現れたのは繊細な装飾が施された掌サイズの真鍮の歯車だった。
「おいおい、お嬢ちゃん。気を使わんでも——」
オルドが制そうとしたが、俺はそっと手を伸ばし、ミーナの目線に合わせて微笑んだ。
「ありがとう。君の大切な宝物、しっかり受け取ったよ」
ミーナはパッと顔を輝かせ、心の底から嬉しそうにニッコリと微笑んだ。
「はい! 神楽先生、本当にありがとうございました!」
二人が手をつないで嬉しそうに去っていく後ろ姿を、俺たちはあたたかく見送った。俺はミーナからもらった小さな歯車を布に包み直し、大切にポケットへ収めた。
「ふん、無償のつもりだったが……どうやら最高のお礼をもらってしまったようだな、神楽」
「ああ。あんなに喜んでもらえたんだ、十分すぎる報酬さ」
「カッカッカ! さて、店に帰って冷めた珈琲の続きでも飲むとしよう」
次回もお楽しみに!




