第五話:ハブ都市の枷と、煤煙の呼び声(後編)
後編お待たせいたしました!前回に引き続きごゆっくりして行ってください!
廃棄ダクトの急勾配を滑り降り、俺たちが辿り着いた下層『排気底』は、まさに熱と煤煙が渦巻く巨大な密閉ドームだった。
頭上を這う太い配管からは規則的な重低音が響き、視界を遮る黒煙の向こうで、真鍮のプロテクターを身にまとった大男たちが集落を取り囲んでいた。上層の黒ギルドが送り込んだ地上げの実行部隊だ。
「へっ! 往生際が悪いぞドブネズミども! 期限は今日の夕方だと言ったはずだ!」
先頭に立つ巨漢が、シリンダーから蒸気を吹き出す巨大な『蒸気ハンマー』を地面に叩きつける。ズシン、と激しい衝撃波が走り、怯えた住人たちが悲鳴を上げて後退した。
「この区画の蒸気権利は、すべて我らギルドが買い取った! 文句があるなら金を払うか、排気ガスで蒸し焼きになるか選べ!」
「待て、、、」
俺は煤けた鉄板を踏み鳴らし、群衆の前へ歩み出た。
静かな足音が広場に響き、巨漢が不機嫌そうに振り返る。
「あぁ? なんだお前は。中層の気取ったお坊ちゃんが、こんなドブに何の用だ?」
「九条神楽。彼らの代理人だ」
俺は胸ポケットからメモを取り出し、淡々と告げた。
「君たちの主張には、三つの致命的な『構造的欠陥』がある。第一に、君たちが根拠とする清掃費用の請求だが……グラントヴァル中層・下層相互協定第89条によれば、『排気底の住人は都市の排熱処理を担う代償として、すべての清掃義務を免除される』と規定されている」
巨漢が鼻で笑い、蒸気ハンマーを構え直した。
「ハッ! 法律だぁ? ここは排気底だぞお坊ちゃん! ここでの『法』は、このハンマーの圧力だけだ!」
「そうか。なら、君のその『圧力』から解体してやろう」
俺は静かにファインダーを覗き込んだ。
視界がモノクロに切り替わる。
巨漢が構えるハンマーの給気ホース、足元の鉄板の歪み、そして男たちの背後にある緊急圧開放バルブ。
すべての配置が、脳内で立体的に組み上がる。
カチリ。
「オルド、今だ」
「任せいッ!」
俺が指示を出した瞬間、オルドがポケットから取り出した投擲具を弾いた。
放たれた金属球が、男たちの背上にある安全弁——オルドが解読した「緊急圧開放」のルーン文字が刻まれた部分へ正確に命中する。
シューーーーーーッ!!!!
「な……なにッ!?」
凄まじい排気音が轟き、ハンマーへ伸びていた給気ホースの圧力が一瞬で急降下した。
重さを支えきれなくなった巨漢は、ハンマーの自重に引かれて前方に大きく体勢を崩す。
俺はその横を静かにすれ違いざま、トードの持っていた鉄板のロック機構へ、カメラの三脚の先端を正確に突き立てた。
カチン、と心地よい金属音が響く。
「な、何をしやがった……!」
「第二の欠陥だ」俺は倒れ伏した巨漢を見下ろしながら告げた。
「君たちは不法にバルブを閉めようとしたが、このロック機構は不当な圧力がかかると自律解放される『安全回路』が組み込まれている。そして第三に……力を過信した人間ほど、足元の構造が見えていない」
俺が三脚を捻ると、広場全体のメインバルブが開放され、新鮮な空気が排気底へと一気に流れ込んだ。
男たちが取り付けていた不法な遮断プレートは、内側からの圧力で跳ね飛び、虚しく地面転がった。
「違法な構造(仕組み)は、ただ解体されるのみだ」
広場に集まっていた住人たちから、割れんばかりの歓声が巻き起こった。戦意を喪失した地上げ部隊は、捨てゼリフを残して逃げ出していった。
「先生……! じいさん……! ありがとう……!!」
泣きつくトードたちを後にし、俺とオルドは第7区画のさらに奥——誰の足音も届かない『旧時代の廃棄炉』へと足を踏み入れた。
そこは、煤煙すら届かない静寂の空間だった。
中央に鎮座していたのは、真鍮製の巨大な扉。
表面にはびっしりと古式アーク文字が刻まれ、その中央に——。
俺は言葉を失った。
扉の鍵穴の形状。それは、俺のカメラの底面にある三脚穴と微小な凹凸……その構造と、寸分違わず合致していた。
「これは……」
オルドが震える手で扉の刻印を撫でる。
「……間違いない。神楽、お前さんの持ってきた『かめら』……そしてお前さんが落ちてきた日本の廃墟。
あれはただの場所ではない。異世界とグラントヴァルを繋ぐ、古代の『空間転換炉』の跡地じゃ」
「……なるほど」
俺はカメラを手に取り、その鍵穴をじっと見つめた。
俺がこの世界に落ちてきたのは事故ではない。
何者かが、この構造を作り、俺をこの『蒸鋼都グラントヴァル』へと呼び寄せたのだ。
都市の歪み、不当な契約、上層の陰謀、そして俺自身の転移。
すべては、一本の巨大な「ロジックの糸」で繋がっている。
「オルド。どうやら俺の『本職』は、まだまだここで続ける必要がありそうだ」
「ふっ……上等じゃ。この街の歪みを片っ端から解体して、元の世界への扉を開けてやろうじゃないか!」
俺はカメラのレンズキャップを外し、暗闇の奥へとレンズを向けた。
弁護士の論理と、写真家の観察眼。
九条神楽とオルド・ジョセフの『異世界蒸気奇譚』の物語は、ここから本当の牙をむく——。
前後編お読みいただきありがとうございました!次回もお楽しみに!




