第3話 暖かな夕餉
夫婦としてのやり取りを採用されてもらいました。
イメージどおりかわかりませんが、楽しんで下さい。
第3話 暖かな夕餉
宿場町で天蕊と知秋が泊まっている二階建ての木造の旅籠。
一階が大広間・食堂になっていて、旅人や商人たちが一緒に食事を取れるようになっていた。
昼間に上手く出来たので天蕊と知秋は夫婦の行商人を続けて装うことにした。
夕食の席には、まだ、天蕊たちしかいないが女将が料理を運んできた。
揚げたてのお肉と、下揚げしたお芋や蓮根が、甘酸っぱい黒酢のタレに絡んで、テカテカと光りながら強烈な湯気と香りを放つ大皿料理。
「はいよ、今夜はうちの特製、お芋とお肉の黒酢炒めだよ!」
女将が大皿をドンと食卓の上に置いた。
お米が進む庶民的な香りに、天蕊は目を輝かせた。
(こんなに香ばしい匂い、王宮では嗅いだことがない……)
続いて運ばれてきたのは、宿場町の川で獲れた新鮮な魚を、ネギや生姜と一緒に大きなせいろで豪快に蒸し上げ、仕上げに熱々の油をジュッとかけた、旅人のスタミナ料理だ。
(こんな湯気のたった魚が丸ごと一匹ドカンと乗ったお皿は王宮でも滅多にでない……)
知秋が慣れた手つきで身をほぐして天蕊のお椀に乗せてあげる姿を見て、女将さんが二人に話しかけた。
「おや、優しい旦那さんだねぇ、まぁ、仲のいい新婚さんかねぇ、お二人さんは新婚さんかい?」
「はい、新婚です。女将さん」
天蕊が答えると、女将は無邪気に聞いてきた。
「お二人さん、おいくつなのかい?」
「え、ええと、私は……」
天蕊は偽の設定の二十六歳と本当の歳である十八歳と頭の中でごちゃ混ぜになって言い淀んでしまった。
知秋の方はというと大人の行商人夫婦に見せかけようと事前に考えていた偽の設定と、目の前の天蕊の対応で、脳内が混乱を起こしてしまっていた。
「あ! 妻は、よ、いや、三十、いや、十……幾つだっけ!」
知秋は助けを求めるように天蕊を横目で見た。天蕊は呆れつつも、扇の陰で小さい声で囁いた。
「は……ち」
「女将さん、間違えました。十八でした!」
「おや、旦那さん、自分のカミさんの歳もあやふやなのかい? あんたは幾つかね」
「じ、二十……あ、いや、十八です! 同い年です!」
ボロを出しまくる知秋に、女将はニヤニヤしながら面白がって追撃をかける。
「あらあら、同い年なんだねぇ。で、馴れ初めはどこなんだい?」
「……王宮の、いえ、お庭の、城壁のすぐ下で……」
天蕊は慌てて口を塞いだ。知秋はさらに慌てて言い繕った。
「それは……! 夜中に、妻の家のお庭の裏で……張り込んで……じゃなくて、待ち合わせておりまして!そ、そうです! 私が夜中に、不法侵入……ではなく! 泥棒を捕まえようと張り込んでいたところに、この妻が荷物を持って這い出してきた……いや、散歩をしていたのがキッカケで!」
「なんだいそれ!あらあら、もしかして夜這いか何かかい?随分と情熱的な旦那さんだねぇ!」
事態を収拾しようと焦れば焦るほど、知秋の言葉は支離滅裂になっていた。
この珍回答を聞いて、手を叩いて女将は大爆笑してしまった。
「よ、夜……!? い、違います! そんな破廉恥なものでは……!」
顔を真っ赤にして弁明する知秋の横で、天蕊は必死に笑いを噛み殺していた。
そこへ親子三人組、夫婦と小さな女の子が二階から降りて来た。
「女将さん、あたし達にも夕飯お願い!」
「あいよ。すぐ出すからね。座って待ってな!」
天蕊は知秋に小声で訴えた。
「もう、知秋、女将さんの問いかけにハラハラ、ドキドキしたわ」
「姫様、申し訳ありませんでした」
「知秋、女将さんの料理、本当に美味しいわね。
熱々で、油のジュワッと弾ける本物の温かい料理。王宮の冷え切った、見た目だけの食事とは雲泥の差よ」
「姫様、ここではその話は……」
「お母さん、あそこのお姉ちゃん、お兄ちゃんのこと、ちしゅうって呼んでる! お兄ちゃんはお姉ちゃんを姫様って呼んでる!面白いね!」
少し離れた席の三人組の小さな女の子が大きな声で無邪気に喋り出した。
夫婦や女将が一瞬こちらを振り返り、二人は心臓が止まりそうになって、慌てて知秋は即座に情けない顔を作り、苦笑いを浮かべて頭をかいた。
「あはは……いやあ、お恥ずかしい。家では我が天下の『お姫様』なものでしてね。そう呼ばないと、今夜のご飯抜きにされてしまうのですよ」
「まあ嫌だわ、人前でそんな格好の悪いことを仰らないで!」
天蕊も話を合わせ、ぷいっと横を向いてみせる。それを見た父親が、同情交じりにぽつりと呟いた。
「うちと同じで、かかあ天下だねぇ……どこも旦那は苦労するよ」
「あんた、人前でそんな余計なこと言わないの!」
親子三人組の食卓では、父親が「ほら、いっぱい食べなさい」と子どもの口に魚を運んであげたり、母親が子どもの口汚れを優しく拭って笑い合っていた。
知秋は親子三人組の食卓を見て自らの失態を恥じながら、魚の身をほぐして天蕊のお椀に乗せていく。
女将は大皿を運びながら二人の様子を見て、微笑ましくなっていた。
「二人とも初々しくていいわねぇ」
そんな二人に女将は、決して高級な見た目ではないけれど、皮を破ると中からじゅわっと温かい肉汁が溢れ出す、素朴な蒸し餃子を一品多く出したのだった。
「旦那さん、カミさんにばっかり食べさせないで、あんたもいっぱいお食べよ!」
女将さんはあつあつの湯気をあげる蒸し餃子を知秋のお皿に多めにポイッと乗せてくれるのだった。




