へんなやつが来た
夕暮れの空が、ひしゃげた。
烏川の上空に伸びていたまっすぐな白い飛行機雲が、まるで“空に見えない段差”があるみたいに、ぐにゃり、と直角に折れ曲がったのだ。
飛行機本体は、もうとっくに遠くの夕闇へ消えている。落ちる気配なんてどこにもない。
なのに――空だけが、バグった。
「……え?」
私は自転車のペダルを止めた。
心臓が、ひゅっと縮む。
中学1年生の私の頭じゃ、何が起きたのかさっぱり分からない。子供扱いされるのはムカつくけれど、こんな異常事態に一人で対処できるほど、私は大人でもなかった。
折れ曲がった雲の真下。
草むらが、ガサリと揺れた。
ぽてり。
黒い丸い“何か”が、土手の斜面に転がり落ちてきた。
「……ぬいぐるみ?」
違う。動いた。
バレーボールより少し小さい球体。
短い大根みたいな足が二本、ちょこんと生えている。
頭にはアロエの葉っぱみたいな肉厚のものが三枚、プロペラみたいに生えていた。うっすらと湿った土の匂いがする。
そいつは、すっくと立ち上がり、ビー玉みたいな真っ黒な目で、折れ曲がった飛行機雲をじっと見つめていた。
その葉っぱが、ピクンと震えた。
次の瞬間、空の歪みが“スッ”と元に戻る。
折れ曲がっていた雲だけが、そこだけ時間が止まったみたいに不自然なカクンとした形のまま、空に残された。
「な、なに……あんた……」
私が震える声を絞り出すと、そいつはゆっくりとこちらを向いた。
『……腹が減った』
声は、耳ではなく、頭の中に直接落ちてきた。氷水を一滴、脳みそに垂らされたみたいな、冷たくて平坦な声。
ぽすん。
そいつは突然、私の自転車の前カゴに飛び乗った。
見た目よりずっと重くて、カゴがみしりと不穏な音を立てて軋む。
『そこへ行け』
「はぁ!? どこよ!」
『行け』
拒否を許さない、冷たい響きだった。逆らったら、今度は私の身体が直角に折れ曲がるかもしれない。
私は引きつった顔のまま、夕暮れの風の中で、ペダルを全力で踏むしかなかった。
この瞬間から、私――一ノ瀬真昼と、“へんなやつ”の、最低で不条理な同居生活が始まった。




