その179 「11月/ハミルトン邸」
そろそろ動きなよ悠馬君
11月の朝、ハミルトン邸 は静かだった。
丘の上の屋敷。
秋の風。
木々はほとんど葉を落としている。
芝生も、もう冬の色。
テラスの椅子は片付けられていた。
玄関ホール。
時計の音だけが響いている。
夏とは違う。
子供の声もない。
客人もいない。
屋敷は、元の静けさに戻っていた。
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図書室。
窓のそばのテーブル。
ルイスが座っている。
ノート、本、鉛筆。
黙って書いている。
少し前までなら、
芝生に走っていた。
今は違う。
ページをめくる。
考える、書く。
そのとき、カタリと扉が開く。
悠馬だった。
ルイスが顔を上げる。
「叔父上」
悠馬は少し頷く。
「勉強ですか?」
「はい、これです」
ルイスはノートを見せる。
「数学」
悠馬は少し見て、静かに言う。
「いいですね」
ルイスは少し考える。
それから言う。
「難しいです…」
悠馬は椅子を引く。
隣に座り、ノートを見る。
途中まで解いてある数式。
悠馬は鉛筆を取る。
一行、書く。
「ここです」
ルイスは少し黙る。
それから頷く。
「分かった」
また書き始める。
図書室は静かだった。
窓の外、冬の庭、つめたい風。
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悠馬は少し離れて座り、
ルイスを見る。
ノート、そして本。
真剣な顔。
少し前まで、
芝生を走り、笑っていた。
今は違う。
”成長”、か。
悠馬は小さく思う。
早い、子供は、すぐ大きくなる。
そして、ふと考える。
”この家も同じ”だ。
夏は騒がしい。
客人、そして子供。
今は、静か。
屋敷は冬支度に向かう。
時間は進む。
ルイスがふと顔を上げる。
「叔父上」
「はい」
「クリスマス……」
少し考える。
「今年もアメリカいけるかな?」
悠馬は少し黙る。
それから答える。
「まだ分かりません」
ルイスは頷く。
「そう」
またノートを見て書く。
悠馬は窓の外を見る。
ウィルトシャーの丘。
遠くの村。
冬の空。
静かなハミルトン邸。
その静けさの中で、
時間だけが、ゆっくり進んでいた。
冬の色が段々と濃くなっていく。
そのとき、扉が開く。
「兄さん」
ノアだった。
ルイスが顔を上げる。
「父上」
ノアは少し笑う。
「勉強か?」
ルイスは頷く。
「数学です」
ノアはノートをちらっと見る。
数秒。
「……俺には無理だな」
ルイスは真面目に言う。
「父上はやらないね」
ノアは笑う。
「そうだな」
悠馬が言う。
「ノア、邪魔です」
ノアは肩をすくめる。
「冷たい」
それから椅子を引いて座る。
ルイスを見る。
「ルイス、続けて」
ルイスは頷く。
また書き始める。
図書室はまた静かになる。
しばらくして、ノアが小さく言う。
「兄さん」
「何でしょうか」
「最近さ、」
少し間。
「どう?」
悠馬は本を閉じる。
「何がですか?」
ノアは笑う。
「エレノア嬢」
悠馬は数秒黙る。
ルイスはノートを書いている。
ノアが続ける。
「何か進んだ?」
悠馬は静かに言う。
「仕事の話ならしています」
ノアは吹き出す。
「そういう意味じゃないって」
悠馬はため息。
「分かっています」
ノアは楽しそう。
「で?」
悠馬は少し考えて、それから言う。
「……まだです」
ノアは笑う。
「遅いな」
悠馬は言う。
「放っておいてください」
ルイスが顔を上げる。
「何の話?」
ノアが言う。
「大人の話」
ルイスは少し考える。
それからまたノートを見る。
「そう」
また静か。
ノアが立ち上がる。
「まあ」
ドアに向かう。
それから振り返る。
「クリスマスまでには」
悠馬を見る。
「何とかしろよ」
そう言って出ていく。
図書室。また静か。
ルイスは書いている。
悠馬は窓の外を見る。
冬の空。
そして小さく言う。
「……余計なことを」
ルイスが聞く。
「叔父上?」
悠馬は首を振る。
「何でもありません」
ハミルトン邸はまた、静かだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。
結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。
相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。
更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので
よかったらまた覗いてください。
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