その143 「夏の客人Ⅴ」
探検かぁ・・
ウィルトシャーの夏は明るい。
空は高く、芝生は広く、
そして――
騒がしい。
「待て!」
庭を走る影。
「捕まえろ!」
さらに影。
ルイスが走る。
マックスが追う。
タイラーとリリーが横から突っ込む。
「違うそっち!」
「こっち!」
「逃げた!」
庭の向こうで使用人が一瞬だけ立ち止まる。
見なかったことにした。
夏のハミルトン邸ではよくある光景だ。
テラスで紅茶を飲んでいたロッテはそれを眺めていた。
「……すごい」
感想はそれだけだった。
子供は四人。
いや、五人。
凛の子供たち。
そしてルイス。
全員走っている。
芝生。
花壇。
テラスの階段。
止める者はいない。
いや――
「こら!」
声が飛んだ。
ノアだった。
「走るな!」
走りながら言う。
子供たちが振り返る。
「叔父さんも走ってる!」
「これは違う!」
「何が!」
ノアがさらに走る。
結果。
もっと騒がしくなる。
ロッテは紅茶を一口飲む。
「……カオス」
イーサンが横で笑う。
「いつもこんな感じ」
「信じられない」
「慣れるよ」
「慣れたくない」
その時。
別の声が飛んだ。
「ノア」
静かな声。
低い。
ノアが止まる。
ぴたりと。
子供たちも止まる。
ロッテが視線を向ける。
テラスの入口。
佐伯悠馬が立っていた。
書類を一枚持っている。
いつもの眼鏡。
「庭で走らないで」
淡々。
ノアが言う。
「言ってる!」
「言ってない」
悠馬はノアを見る。
数秒。
「……」
ノアが咳払いする。
「歩こう」
子供たちが笑う。
凛が現れる。
「ノア」
静か。
怖い。
ノアが固まる。
「子供と同じことをしないで」
「はい」
素直。
ロッテは少し目を細める。
イーサンが小さく言う。
「ほら」
「何?」
「叔父さん」
ロッテは視線を庭へ戻す。
悠馬は子供たちを見ている。
「昼まで時間あるな」
ルイスが言う。
「うん」
「何する?」
マックスが言う。
「もちろん探検!」
タイラーが言う。
「いいね」
リリーが言う。
「どこ?」
ルイスが少し考える。
そして言う。
「屋敷のなかだ!」
ロッテが眉を上げる。
イーサンが小さく笑う。
「始まった」
「何が?」
「探検」
ロッテは庭を見る。
広い屋敷。
古い館。
十八世紀の石の壁。
そして。
走り出す子供たち。
ロッテが小さく呟く。
「……絶対何か起きるわね」
イーサンが肩をすくめる。
「起きるね」
テラスの奥。
悠馬は書類を見ていた。
まだ気づいていない。
子供たちが屋敷に消えたことを。
そして――
屋根裏へ向かっていることを。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。
結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。
相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。
更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので
よかったらまた覗いてください。
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