幕間 「 合理的回顧録Ⅲー三度目の結婚」
エレノアさんの恋愛観その3
三度目の結婚は、
恋から始まったわけではなかった。
二度目の結婚で、エレノアは十分に学んでいた。
生活は感情だけでは続かない。
安定は必要だ。
継続には仕組みがいる。
レオンはそれを理解している男だった。
だからこそ家庭は成立した。
そしてだからこそ、終わりも静かだった。
争いはない。
憎しみもない。
ただ、互いの人生が違う方向へ進んだだけだった。
ロッテは父のもとに残った。
それが最も安定していると二人とも理解していたからだ。
それ以降、エレノアは仕事を続けた。
イギリス。
大陸方面。
各地を動く。
生活は忙しかったが、困ることは何もなかった。
恋も結婚も、人生の必須条件ではない。
そう理解していた。
だが三度目の結婚は、少し違った。
相手は写真家だった。
世界を回る男だった。
都市。
港。
砂漠。
光を追って移動する。
彼は同じ場所に長くいない。
エレノアとは正反対の人間だった。
それが面白かった。
会話は楽しかった。
視点が違った。
彼は世界を色で見ていた。
エレノアは世界を構造で見ていた。
結婚は自然に決まった。
互いに自由だったからだ。
生活を束縛する必要はない。
彼は旅を続ける。
エレノアは仕事を続ける。
それで問題はないと思っていた。
実際、問題は起きなかった。
数年の間、関係は穏やかだった。
そしてある日、
彼には別の女性がいた。
それを知ったとき、
エレノアは怒らなかった。
悲しくもなかった。
ただ少し考えた。
なぜだろう、と。
答えはすぐに出た。
彼を必要としていない。
そして同時に、
彼もまたエレノアを必要としていない。
”それだけだった”
エレノアは静かに言った。
「別れましょうか」
彼は驚かなかった。
少し考え、
そして頷いた。
争いはなかった。
ただ関係が終わっただけだった。
彼はその後、どこへ行ったのか。
エレノアは知らない。
調べたこともない。
”必要がなかったから”だ。
レオンとは違う。
レオンは今もロッテの父であり、
人生の一部だ。
だが三度目の夫は、
人生の外にある。
恋は人生を豊かにする。
だけど、
『人生を成立させる条件ではない』
エレノアはそう理解している。
少なくとも、
今までは。
夜。
ウィルトシャーの屋敷は静かだった。
古い家は音を吸い込む。
遠くで時計が鳴る。
エレノアは机に座っていた。
書類。
ペン。
眼鏡。
いつもの仕事の形。
だが、ペンはまだ動かない。
さっきの会話を思い出す。
ロッテ。
窓際。
夜の庭。
そして。
「好き?」
エレノアは小さく息を吐く。
そんなはずはない。
恋は必要ではない。
人生はそれでも成立する。
それはもう、
何度も証明してきた。
だから。
「……まさかね」
そう呟く。
そしてペンを持つ。
書類に視線を戻す。
だけど。
テラスの椅子を思い出す。
昼間、
そこに座っていた人。
少し頼りなく見える背中。
逃げそうで、
逃げない男。
エレノアは首を振る。
「仕事」
小さく言う。
そして今度こそ、ペンを動かした。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。
結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。
相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。
更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので
よかったらまた覗いてください。
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