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セイクリッド・クロニクル4  作者: スタジオぽこたん
第三章 クリサリスの末裔
12/16

  2


「その受勲、待っていただこうか!」

 来賓席に座る軍務卿オーギュストが立ち上がって、声を上げた。

 なんだ、なに事だと、全員の注目が集まる。 

 オーギュストはそれらの視線を満足げに受け止めると、場が加熱していくのをじっくりと待つ。溜めて、溜めて、そして、絶好のタイミングで、

「我が国でも誉れ高き英雄勲章を、得体の知れぬ怪しげな小僧にくれてやるなど言語道断の極み! 若き姫君は、獅子を統べる金十字の重さを忘れておいでのようだ!」

 オーギュストとは堂々と、王の名代であるセシリアを批判する言葉を声高に言い放つ。

「控えなさいオーギュスト! レキ様の身分は二つの侯爵家と、一つの伯爵家が保証しています。さらに此度の魔獣との交戦では、常に先頭に立ち命懸けで戦った事を、この場に居る士官学校の教官と生徒が証言しています。報告書はあなたも読んだはずでしょう!?」

 セシリアの怒りを秘めた声に、生徒達から「そうだそうだ!」と声が上がる。

 だが、

「いいえ、引けませぬな王女殿下。百歩譲って此度の功労は認めましょう。報告書を見る限り、君は一人で数万にも及ぶ魔獣の群れを叩き切ったようだ。実に素晴らしい称号の力を持っている。ならば階位も、第一、第二という事はありえないだろう。だが――これほどの力を持つ者が、先の大戦で名を上げていないのは何故だ? いや、聞き方を変えようか。君は誰だ? 一体、何者なのだ? 言っておくが私は、この国で『第三階位』に至った者を全て知っているぞ!」

 オーギュストは悪意に満ちた眼差しで、レキを睨みつける。

 その視線には、嫉妬と憎悪と、獲物を追い詰める狩人独特のサディスティクな愉悦が籠められていた。

「………………」

 レキはオーギュストの視線を真っ向から受け止めながら、とある確信を持つ。

 こいつの狙いは『マリア』だと。

 レキがこの国で行った情報収集には、マリアへ婚姻を申し込んでいた貴族達の名前も挙がっている。マリアはそれらの全てを断ったが、その一つにオーギュストの名があった。

 さらにレキは、マリアの屋敷に居候するようになってから、マリアの周囲に暗躍する監視の目を全て潰して回った。

 多くは帝国を含む諸外国の者達であったが、中にはセイントアークの闇に潜む裏社会の者も存在した。

(なるほど、全て知っていて……罠を張って待っていた訳か)

 オーギュストは間違いなく、レキの正体を知っているのだろう。

 知っていて、その情報がもっとも致命的な状況が訪れるのを、虎視眈々と狙っていたのだ。

「さあ、名乗るがいい! 英雄の名を騙る者よ!!」 

 いつの間にか騒めきは収まり、視線がレキへと集中していた。

 冷たい沈黙が辺りを支配し、オーギュストだけが勝利の笑みを浮かべる。

 マリアとセシリアが、レキを庇うために前へ出ようとするが、レキは右手を上げてそれを制した。

「レキ君……ッ」

 マリアは不安で泣きそうな表情をみせていた。

「私の責任です……私が、オーギュストを御す事が出来ていなかったから……」 

 セシリアもまた、責任に押しつぶされそうに表情を陰らせた。

 確かに状況は絶体絶命だ。

 レキの正体が、カルネギア帝国の暗殺者だと知られれば大変な事になるだろう。

 今まで親しかった者も、味方であった者も、多くが離れていってしまうだろう。

 いや、敵になる可能性も十分にあった。

 批判はレキだけではなく、身分を保証してくれた家々にも、王女にも、そして、マリアにまで及ぶだろう。 

 だが、

「大丈夫です。何も心配はいりません。マリアさんを好きになったあの時から、この日が来るのは覚悟していました」

 オーギュストはこちらを罠に嵌めたつもりなのだろう。

 だが、レキはむしろいい機会だと感じていた。

 真にこの国の一員になるのであれば、己の正体を明らかにして、犯した罪を償う必要があった。マリアを愛し、生涯を共に歩むならば、これもまたレキにとって乗り越えなければいけない試練の一つであった。

 レキは壇上を行くと、演説台の前で立ち止まった。

 その視線はオーギュストではなく、真っ直ぐに、ミーミル士官学校で共に戦って来た仲間達へと向いていた。

「――――僕は、皆に隠していた秘密がある」 

 レキの言葉に、誰もが耳を傾けた。

 アリオストロは真剣な表情でレキを見上げ、ティンクとシラユリは祈るように両手を組む。

 そして、

「僕の名はレキ。でも、ただのレキというのは嘘だ。僕の称号名は、レキ=ザ・ダブルファング・オブ・フェンリル。神託により牙の第三称号を得た《神を喰らうもの》であり、カルネギア帝国が誇る殺戮部隊――〝六大凶殺〟を率いて、これまで数多の屍山血河を築いてきた〝北の暗剣殺〟だ」

 どよめきが巻き起こる中、レキはどんな罵声でも受け止める覚悟で目を閉じる。

 あちらこちらで忍び声が聞こえ、血の染み広がっていくようように、ざわめきが大きくなっていく。

「はっーはははっ!! 正体を現したな帝国の間者め! 衛兵! ソイツを捕えよ!! いや、殺しても構わん!! この国に徒名すカルネギアの殺戮者だ!!」

 オーギュストは高笑いしながら、そう叫んだ。

 だが、この時、オーギュストは重大な見落としをしていた。

 騒いでいるのは来賓席にいる者達と、後ろに控える騎士達だけで、肝心のミーミル士官学校の生徒達は、微塵の動揺も見せてはいなかった。

 それどころか、彼らの表情には――

「それがどうしたというのだ、赤髪!!」

 胸元で両手を組んだアリオストロが、声を張り上げた。

「アル……?」 

 その声に目を開いたレキは、驚きの表情を浮かべる。

 何故なら二五〇名の戦友たちが、皆、笑顔でこちらを見ているのだ。

「以前に言ったであろう。貴様が大きな秘密を抱えている事も、帝国からの留学生と浅からぬ因縁を持つ事も、貴様の近くにいる者なら察してあまりある、と。オリヴィエ侯爵家を侮って貰っては困るぞ。貴様の正体などとうの昔に知っている!」

「僕を許すというのか? 君の肉親を斬ったこの僕を……?」

「許しを乞うのは、我がオリヴィエ侯爵家の方だろう! 《黒騎士》と《戦乙女》の聖なる一騎打ちを穢しただけではなく、司令部の命令を無視した追撃戦を敢行した挙句に、多くの将兵の命を雪原に散らした父と兄の罪は、家を継ぐこの俺の罪でもある! なのに俺は――それを自覚していながら、ずっと打ち明けられずにいた。臆病な俺を許してくれ! レキ!!」

「臆病なのは僕も同じだ。僕も怖かったんだ。君に憎まれるのが、皆に恨まれるのが。すまなかったアリオストロ。すまなかった皆」

 レキの謝罪に、二五〇名の生徒達が口々に声を上げる。

「アリオストロ様から聞きました」「俺達は全部知っていて嘆願書に署名したんだぜ!」「レキ! あんたと共に戦えた事を俺達は誇りに思っているんだ!」「ええ、そうよ。身分も出自も関係ありません。私達はあなたに命を救われたのですから!」「マリア様への愛を貫くなんてロマンチックすぎます!」「一緒にこの国を支えていきましょう!」

 生徒達の中には戦争で家族を失った者も多く、カルネギア帝国を憎んでいる者はその何倍にも及ぶ。ゼノビアを始めとする帝国からの留学生と接する事で、彼女達もまた一人の人間である事を知っても、十年という長きに戦争の傷は簡単に癒えるものではなかった。

 なのに、真実を知った彼らがどうしてこれほどレキを慕い、受け入れてくれるのか?

(――――なぜ?) 

 レキにすら理解できない疑問に答えたのは、レキの側に寄り添うマリアであった。

「言葉だけでは、ここまでの信頼を得る事は出来なかったでしょう。言葉には虚実が混じり、人はそれを疑う生き物ですから」 

 マリアはそう言って、レキの手を両手で掴んだ。

 伝わる熱に心癒されるように、レキもマリアの手を握り返す。

「ですが、レキ君は常に寡黙で多くを語ろうとはしませんでした。そして、いついかなる時も厳しい選択を、誰もが避けて通る茨の道を選択して来ました。そんなレキ君の背中を。誇り高き生き様を。傷つき血だらけになってなお仲間のために命をかける英雄の姿を。彼らは一番近くで見ていたのです。極限の戦場で、人は己の本性を隠す事は出来ません」

 マリアはレキの腕を引いて導く。

 正面から見つめ合う二人。

 頬を真っ赤に染めたマリアは、甘い上目遣いで告白する。

「私も――そんなレキ君だから、こんなにも好きになってしまったのですよ?」

「ま、マリアさん……」

 これにはさしものレキも、顔を赤くして照れるしかなかった。

「まだ、受勲式は終わっていません。どうか、戦乙女の祝福を受け取って下さい」

 頬ではなく、唇に、マリアはキスをした。

 時が止まったように二人が重なり、マリアがうっとりした表情で唇を離すと、今度はお返しとばかりにレキがマリアの唇を奪う。

 当然、二人の行為はその場にいる全員が見ている訳で、ミーミル士官学校の生徒達の歓声が木霊した。 

「あ、あなた達ね……幾ら仲が良いからって、時と場合を考えたらどうなの?」 

 王女セシリアが半分呆れながら、半分羨ましそうに言った。

 と、

「え、衛兵! 何を呆けている! 早く奴を捕えろ!! プリンセスガードも何をしている!? 王女を守るのがお前達の務めだろう!!」

 レキとマリアの場を弁えぬ甘い空気に、呆然としていたオーギュストだが、ハッと我にかえったのか腕を振り払い叫んだ。

 だが、

「我々に命令出来るのはセシリア様ただお一人です。そして、我々はセシリア様が信じたレキ様を、信じておりますッ!!」

 護衛隊長を務めるケレブリルが、気を付けの姿勢で言い切った。

 プリンセスガード達は王都炎上事件の際に、王女の危機を救ってくれた炎髪の暗殺者をレキだと知っているのだ。

 彼女達は皆、レキへ信頼と好意が入り交じった熱い眼差しを向けている。 

「馬鹿な! 貴様達、本当にわかっているのか!? カルネギアの人間に勲章を与えるなど、国に対する重大な背信行為だぞ!!」

 と、その時。

「そこまでにしておけ、オーギュスト。あの者は、貴様が敵う相手ではない」

 意外な人物が助け舟をだした。

 宰相レオナール。先ほどからレキに試すような視線を向けていた彼の突然の援護に、レキは警戒するように目を細める。 

「な!? どういう事だ!!」

 と、オーギュストは叫ぶ。

「そこにいる彼は、『クリサリス王家』の末裔なのだよ」

 レオナールの言葉に、国の重鎮達は驚愕する。

「ば、馬鹿な!? クリサリスだと!? 西欧の盟主ではないか!? だ、だが、こやつが百年以上も前に滅びたクリサリスの王族だという証拠がどこにあるというのだ!?」

 オーギュストの問いに、レオナールは椅子に腰かけたまま優雅に足を組み替える。

「証拠ならあるのだよ、オーギュス。赤子だったレキに、クリサリス王家に伝わる女神の洗礼を施したのは――――この私だからな」

 イリス教の枢機卿である彼は、当然司教としての資格を有しており、これまでも多くの洗礼を施して来た。セシリアが今も大切にしている、セシリアとマリアとレキの三人が描かれたレリーフは、この洗礼の時に描かれたものである。

「この百年、クリサリス王家の血は二つの国で受け継がれて来た。一つはカルネギア帝国のノーザンクリサリス子爵家。もう一つは我が国のストラトベル伯爵家。そして、二つに別れたクリサリス王家の血を一つに統べるのが、そこにおられるレキ王子だ」

 レオナールは、試すような目でレキを見つめたまま言った。

 オーギュストは絶句し、信じられないという表情で壇上のレキを見上げる。

 辺りはしんとした空気に包まれ、誰もが固唾を飲んで事の成り行きを見守った。

 だが、

「………………」

 レキだけは、レオナールの視線に警戒心を覚えていた。殺気や悪意は欠片も感じられないが、うなじの辺りがチリチリと焦げ付くような焦燥感が消えない。

 嫌な予感がする。

 何か、悪い事が起きる前触れのような――

 と、その時。

 こちらへ試すような視線を向けていたレオナールが、ふと、レキから視線を外して王女セシリアを見やり、まるで何かのサインのように顎に手を当てた。

 レキが駆けだしたのは、まさにその瞬間だった。

「な!?」

 プリンセスガードのケレブリルが驚きの声を上げるが、レキは構わず彼女に駆け寄ると、

「僕を、信じてくれ!」

 と、叫び、目にも止まらぬ速さで、ケレブリルが腰に帯びた短剣を奪い取る。

 レキはそのまま踵を返して、セシリアとマリアに向けてへ跳んだ。

 誰の目にもレキが王女に襲い掛かるように、暗殺者の本性を現したかのように見えた。

 次の瞬間。

 閃光と共に、鼓膜を破るような炸裂音が轟き、光が審判の矢となりて降り注ぐ。

 二人の姫を守るために射線上に立ったレキは、ケレブリルから奪った短剣を構え―― 

(研ぎ澄ませ。視覚を、聴覚を、感覚を!!)

 破壊しても、斬り裂いても、審判の炎はこの場の全てを消し飛ばすだろう。

 ならば、レキが取るべき手段はただ一つ。

 コンマゼロ秒の世界で極限の集中状態のレキは、短剣に神意を纏わせながら突き出す。

 超速で迫る弾丸と、突きだした刃が触れ合い、審判の矢が破壊の奔流を撒き散らそうとする刹那。レキは短剣の刀身を僅かにずらした。

 そのほんの僅かな傾斜が、あらゆるものを貫くはずの光の矢を強制的に跳弾させた。

 甲高い金属音を響かせ、明後日の方向へ飛び去った神技は、直後に群青色の爆炎となって空を薙ぎ払う。

 爆音と衝撃波が鼓膜を震わせ、城のガラスが一斉に粉砕した。

 審判の矢を受け流すという絶技をみせたレキは、後ろにいるマリアとセシリアに覆いかぶさる。雪のようにガラス片や火の粉が降り注ぐのを、己の身体で遮りながら、

「二人とも怪我はありませんか?」

 と、腕の中にいるマリアとセシリアを気遣う。

「レキ君、私は平気です。ですが、今のは……」

 戦乙女であるマリアにとって、戦場こそが本来あるべき世界。

 故にマリアは、先ほどまでの甘い雰囲気を微塵も感じさせない、戦士の顔つきになっていた。

「か……感謝します、レキ様」

 セシリアは気丈に振る舞うが、その表情は恐怖に青ざめていた。

 無理もないだろう。一歩間違えば命が失われていたのだ。

「――――セシリア様!」

 プリンセスガードの女騎士達が、盾を構えて王女セシリアに駆け寄る。

 レキは護衛隊長のケレブリルに、

「さっきはすまなかった。王女を頼む」

「いいえ、セシリア様をお守り下さりありがとうございます! あとはお任せください、レキ様ッ」

 ケレブリルはそう言って、セシリアの手を取り後ろに下がる。

 レキの視線は、衝撃に膝をつく騎士達のさらに後方、中庭の中央にそびえ立つ絢爛な女神像の噴水へと向いていた。

「いい加減、姿を現したらどうなんだ?」

 と、レキは油断なく短剣を構える。

 次の瞬間。

 群青色の爆炎が吹きあがり、女神の噴水が木端微塵に吹き飛んだ。

 その衝撃は凄まじく、周囲の騎士達は薙ぎ払われ、来賓席から悲鳴が上がる。

 ミーミル士官学校の生徒達は全員伏せて、爆発の衝撃を堪えた。

 瓦礫となった水辺を踏みしめながら現れたのは、小柄な体躯の一人の少女。

 雪の精霊と見まごう銀色の髪に、白い肌。整った美貌をマフラーで覆い隠し、僅かに覗く翡翠の瞳に宿るのは、絶対零度の殺意であった。

 彼女の名は、ヴェロニカ。

 ヴェロニカ=ザ・ジェッジメント・オブ・アーチャー。

 神託により《審判の矢を射るもの》の称号を得た最強の〝猟兵〟であり、火と鉄の時代の遺産である『龍砲ニーズヘッグ』を操り、数多の連合軍を葬り去った〝白き死神〟である。

 囚われているはずのヴェロニカが、どうやってこの場に現れたのかはわからない。

 だが、

「絶対に来ると信じていたよ、ヴェロニカ」

 レキは確信していた。

 ヴェロニカと決着をつけるのが、今日この日になる事を。

「……ターゲット確認。これより排除に移る」

 ヴェロニカは巨大な龍砲を両手に持ち、砕け散った女神の噴水を踏みしめながら、ゆっくりと歩み寄って来る。

 と、その時。

 ヴェロニカの背後の空間が揺らめき――

「――――させるかよッ!」

 聖十字騎士団の青い軍服を着た、赤銅色の髪の青年。《炎剣》サーキスが、突如としてヴェロニカの背後に空間転移。神意を纏ったフランベルジュを豪快に振り上げる。

 確殺の奇襲であった。

 ヴェロニカの注意が後ろに向き、今度は、ヴェロニカの前方の空間が揺らめいた。

 確殺ともいえるサーキスの攻撃は、『囮』にしか過ぎなかった。

 本命はヴェロニカの正面に空間転移した《双刃》ツバキが左右に構える、二刀のシミターによる連続攻撃であった。

 ツバキが繰り出す神速の六連撃と、サーキスが放つ紅蓮の一刀。

 ヘヴィディアの聖術を起点とする、空間転移を使った隙のない二段構えの奇襲がヴェロニカを襲う。

 対してヴェロニカは、前後から襲い来る刃をものともせず、その歩みを止めようとはしなかった。神意が十分に籠められたサーキスの斬撃が、ヴェロニカの右肩から袈裟切りに入り、残光を散らすツバキの双剣がヴェロニカを微塵に斬り裂き――

 直後、ヴェロニカを中心に、群青色の大爆発が起きた。

 斬りかかったはずのサーキスが黒煙を上げながら吹き飛ばされ、ツバキは吹き飛ばされながらも、すんでのところで回避が間に合ったのか、受け身を取って着地する。

 だが、

「くッ……」 

 無残な爆傷が刻まれた左腕をだらりと垂らし、苦しげに膝をついた。

 この場でレキだけが、ヴェロニカが何をしたのか理解できた。

 レキはヴェロニカへ攻撃した際、今と同じ正体不明の爆発を至近距離で浴びた。

 こちらの攻撃が当たった直後に、爆発で反撃されたのだ。 

 あの時は、何をされたかわからなかったが、いま、レキの目にはハッキリと見えていた。

(あれは、僕のカウンターエクスプロージョンと同じ仕組みだ。相手の攻撃に反応して爆発で反撃する。問題は、その精度が異常に高い事と、爆発の指向性を完全に操れる点か)

 つまり、ヴェロニカは、あらゆる鎧より堅牢で、あらゆる刃より鋭い、攻防一体の無敵の盾。

 〝爆発反応装甲〟によって守られているのだ。

「……爆発を自在に操る。そういう事か、ヴェロニカ」

 レキはケレブリルから奪った短剣に、神意を纏わせる。

 バチリと雷光が炸裂し、

「邪魔する者は全て排除する」

 ヴェロニカが、ツバキに向け龍砲を構えるが、

「下がれ、ツバキ!」

 レキは神意を纏った短剣を投擲する。レキの称号の力によって加速された刃は、雷光を撒き散らしながら、凄まじい威力でもって空間を貫く。

 ヴェロニカは龍砲を下げると、片手を掲げて――

「無駄よ」 

 空間がたわむほどの爆発が巻き起こり、レキが投擲した短剣が群青色の炎にかき消された。

 現実感を喪失する光景が広がる中、衝撃からいち早く立ち直ったミーミル士官学校の生徒達は、壇上の王女や、来賓席にいるこの国の重鎮らを守るように防御態勢を取った。

 生徒達は全員、武器を持たない徒手ではあるが、いざとなればその身を盾にしてでも守るという気概を見せる。

 頼もしい仲間達の姿を目の端で捉えたレキは、

「アリオストロ! ティンク! シラユリ! そして皆! あとを頼んだ!」

 心からの信頼を籠めて言うと、壇上を降りてヴェロニカと対峙するべく駆ける。

「任せておけ!」

 アリオストロ達もまた、すれ違うレキに対して信頼に応えるべく声を張り上げる。

 ツバキは瀕死のサーキスに肩を貸すと、レキに黙礼して下がった。

「この場はレキ様に任せて全員城へ退避しなさい! 衛兵は怪我人の救護を! ミーミル士官学校の生徒諸君も協力して下さい!!」

 セシリアは陣頭指揮を執って、避難の指示を飛ばす。

 王女の判断は迅速で、的確だった。

 ただ唯一の間違いがあったとするなら、セシリアの責任感が強すぎた点だろう。

 全員の避難が完了するまで沈むゆく船に残る船長のように、セシリアは一人の犠牲者も出ないよう恐怖を呑みこみ、震える身体を抑え、懸命にこの場に踏みとどまる。

 脅威に毅然と立ち向かう王女の姿に、誰もが己の役割を果たそうと動き、混乱はすぐさま終息した。

 だが、王女は真っ先に避難するべきだった。

 一も二もなく逃げ出すべきだった。

 敵は、『一人』だと限らないのだから――

 プリンセスガード達は命を懸けて、己の身を盾にしてでも、ヴェロニカの攻撃から王女を守るために盾を構えながら警戒するが、彼女達の『後方』に闇が蠢き、顔の上半分に『仮面』をつけた女が音もなく現れたではないか。

 この場にゼノビアが居たのなら、『仮面の女』の正体に驚愕しただろう。

 何故なら、黒い軍服に身を包む仮面の女は、イヴァンの側近であり、オプリーチニキの上級将校であり、ラグナロク計画の完成体の一人であった。

「…………死になさぁい」

 仮面の女は、虫の爪のように禍々しく湾曲したクノペシュと呼ばれる武器で、背後からセシリアの首を掻き切ろうと刃を振るう。

 白刃が空間を斜めに断ち割り――

「ッ!?」

 仮面の女は、声にならない悲鳴を上げた。

 横合いから繰り出された凄まじい神意の刃が、仮面の女の腕をクノペシュのごと吹き飛ばしたのだ。

 傷口からは真っ黒な血が吹きだし、触手のような闇が蠢く。

「やはり、魔性の徒ですか」

 と、マリアが槍を振り払う。

 この時、マリアだけがセシリアの全周囲を警戒し、不意の襲撃者に備えていた。

「あなたが噂に名高い戦乙女ね。ふふ、とても素敵な素体だわ。持ち帰って苗床にしようかしら?」

 腕を失っているというのに仮面越しにニタリニタリと笑う女に、マリアは一切の容赦なく槍を突きだした。

 だが、矛先が当たる直前で女は闇に溶けるように消え、少し離れた城の外壁に姿を現した。

 まるで、蜘蛛のように女は外壁にへばりつく。

「背中は私が守ります! レキ君はどうか、存分に本懐を遂げて下さい!」

 召喚した神槍ゲルヒルデを手に、純白のドレス姿のマリアが叫ぶ。

「マリアさん、あとは頼みます!」

 レキは振り返らずに、ヴェロニカに向け剣を構えて叫んだ。

 互いに愛し合う二人は、互いに生粋の武人であるが故に、この場で己が何を成さねばならないかを間違う事はなかった。

「どうか、彼らに女神の加護があらん事を……」

 レキとマリアの武運を祈り、セシリアはプリンセスガードと共に城へ退避した。

 中庭にはレキとヴェロニカが、そして、城の外壁にはマリアと仮面の女が対峙する。


  ◇


「待っててくれるなんて、随分と優しいじゃないか?」

 レキはヴェロニカに言った。

「あなたさえ殺せば、もう誰にも私は止められない。冷静さを欠いた戦乙女など敵ではないし、あとはこの国の王女を殺して任務完了」

「ワザと捕らえられたのは、これが目的だったのか?」 

「王女も、戦乙女も、レキ――あなたも、私のターゲット。この三名を遅滞なく殺すには、この状況を置いて他にない」

「あっちの女は、君の仲間というわけか」

 レキは、マリアと対峙する仮面の女へ意識を向けた。

「私と同じ、オプリーチニキの上級将校」

「そうか」

「冥土の旅はこれで十分でしょう? 安心して。戦乙女もすぐにヴァルハラへ送還して上げるから」

 ヴェロニカはそう言って、『kill them all』と彫られた龍砲の銃身をレキに向け、躊躇いなく引き金に指をかけた。

 だからレキも命じた。

 己の牙であり、神を滅ぼすために作り出された神滅具に。

「――――喰い千切れ、ヴァナルガンドッ!」

 周囲に張り巡らされていた刃の結界が、総勢十二本のヴァナルガンドが、ヴェロニカに向け放たれた。レキは、ヴェロニカが襲撃してくる確信のもと、この場に罠を張っていたのだ。

 唸りを上げて、無数の刃が嵐となって空間を蹂躙する。

 レキの称号の力である〝暴食の悪狼〟によって、刃はどんどん加速していき、灼熱していき、やがて火線となって炎を放つ。

 紅蓮の渦となった刃の嵐は、触れるもの全てを斬り裂き、灰燼へと変えていく。

 荒れ狂う火炎竜巻から発せられるのは、まるで獣の咆哮そのものだ。

 だが、火炎竜巻の中で、幾つもの閃光が煌めき――

 直後、大地に激震が走り、群青色の巨大な爆炎が、紅蓮の火炎竜巻を内側から吹き飛ばした。

「出鱈目もいいところだ。十二本の刃の結界を無傷で凌ぐのか……」

 レキの背筋に冷たい汗が流れる。ヴェロニカの衣服に一切の乱れはなく、髪の毛一本も傷付いてはいなかった。

「〝暴食の悪狼〟の特性は、私が一番知っている。なにより、猟兵である私に遠距離攻撃が通用すると思わないで」

 ヴェロニカは涼しげな表情で火炎の中心に立つ。

「〝燎原の火〟の力は、爆発を自在に操るものだと君は教えてくれたね。でも、『自在』という本当の意味がようやくわかったよ」

 レキの両手に宿った炎が、刀身を形作っていく。

 びゅんと風を斬った時、その手にはフェンリア、フェンリスの姉妹剣が現れていた。

「君を殺すには、やはり『これ』しかないようだ」

 だが、

「猟兵は接近戦に弱い。果たしてそうかしら?」

 ヴェロニカは龍砲の手元を操作すると、銃口の下部から巨大なブレードが飛び出した。

 ブレードの部分には、鋸のように小さな刃が無数に装着されており、次の瞬間、ギュイィイイイ――と金切り音を響かせて、小さな刃が猛烈な勢いで回転したではないか。 

「それも火と鉄の遺産なのか?」

 レキは純粋な疑問としてたずねた。

「ええ、そう。この子の近接用アタッチメント。対戦車チェーンソー〝デス・ゲイズ〟」

「凄い武器だな。かするだけで挽肉になりそうだ」

「きっと、そうなるわ」

 巨大な龍砲を両手に持ち、ヴェロニカは大地を踏みしめ跳んだ。

 ゼノビアの馬上突撃に匹敵する速さで、突撃してくるヴェロニカ。

 地面を抉り取りながら斜め下から襲い来るチェーンソーの斬撃を、レキは双剣で迎え撃つ。

 凄絶に散る火花と、振動と、衝撃。

「ッ!?」

 ヴェロニカの華奢な体躯からは、サーシャに匹敵する怪力が発揮されており、下からの攻撃にレキの身体が持ち上がった。

 剛力を誇るレキが、力負けしたのだ。

 だが、レキは無理に力に逆らわず、双剣を振り抜いて一旦距離を取る。 

 ヴェロニカは、逃すまいと猛然と斬りかかって来た。

 龍砲という巨大な獲物を縦横無尽に振るい、レキを挽肉にしようと刃が唸る。

 レキは完全な見切りで攻撃を避け、さらに軽業師のように龍砲の上に降り立つ。

 チェーンソーのブレードが大地引き裂き、レキは龍砲を踏み台にして跳んだ。白刃が煌めき、左右の双剣をヴェロニカの心臓を突き入れる。

 だが、

「――――ッ」

 ヴェロニカに刃が触れる直前で、やはり〝燎原の火〟を使った爆発反応装甲が起動。

 指向性の爆発がレキを襲う。

 レキはバックステップで後ろに跳び、爆風をも利用して、爆発の攻撃範囲から逃れた。

(神の加護を、そのメカニズムを科学的に理解しろか。わかっていなかったら、今の攻撃……避けれなかった)

 受勲式のために用意された壇上に着地したレキだが、ヴェロニカの猛追は止まらない。

 爆炎を斬り裂くように走り込んできたヴェロニカが、チェーンソーのブレードを横薙ぎに振り抜く。

 木製の支柱が次々に砕け散るように吹き飛び、壇上が斜めに崩れ落ちる。

 レキは演説台をヴェロニカに向け蹴り倒した。

 ヴェロニカはチェーンソーで演説台を真っ二つに斬り裂くと、木片を散らしながら龍砲の銃口をピタリとレキへ向け、引き金を引いた。

 発砲音が轟くと同時に、レキもヴァナルガンドを射出する。

 至近距離で審判の矢が爆発。

 群青色の爆炎が中庭の何もかもを呑みこみ、薙ぎ払う。

 衝撃波で吹き飛ばされたレキは、マリアとセシリアが降りて来た城と中庭を繋ぐ大きな屋外階段に叩きつけられた。

「カハッ」

 肺から息が吐きだされレキは苦しげに呻くが、ゾッとする殺気を感じて咄嗟に頭を下げた。

 直後、唸り声のような怪音を響かせるチェーンソーのブレードが、先ほどまでレキの頭があった場所を薙ぎ、石作りの屋外階段を、クッキーを砕くように通り過ぎて行く。

 レキはヴェロニカに前蹴りを放つと、その蹴り足を軸に横へ転がり、その場から離脱。

 転がるようにローリングして飛び起き、再び刃を構える。

「……接近戦も得意だなんて、聞いてないよ」

「切り札は最後まで取っておく。以前に教えたでしょう?」

 ヴェロニカは目元だけが見えるマフラー越し、冷たく言った。

「なら、僕も切り札を切らせて貰おう」

 バチリと、周囲に紅の雷光が炸裂。


「――――七耀の星・天璣門――――」


 レキの炎髪がふわりと揺らめき、その身から紅蓮がほとばしった。

「七耀の星を操り、神を纏う力……」

 ヴェロニカがそう呟いた時。

 レキの姿はその眼前から消えていた。

「くッ」

 真後ろから強烈な斬撃に、ヴェロニカがのけぞり――直後に〝燎原の火〟による爆発反応装甲が発動。背後から斬りかかったレキに向け、群青色の爆炎が襲い掛かる。

 だが、

「――――ッ!?」

 ヴェロニカが初めて、驚くように小さく息を吐いた。

 レキの姿は既に後ろにはなく、ヴェロニカの真正面にあった。

 〝神纏〟を発動したレキの速さが、〝燎原の火〟の爆発反応を上回っているのだ。

「まだだ。まだギアを上げていくよ、ヴェロニカ」

 第二の星を解放したレキの身体から、凄まじい火柱が吹きあがる。

 火勢が増せば増すほど、レキの身体能力は膨れ上がっていく。

 ヴェロニカがチェーンソーでレキを薙ぐが、レキは片腕の双剣でチェーンソーを受け止めたではないか。

 先ほどとは違い、力負けはしない。

 チェーンソーの刃が猛回転して凄まじい火花が吹き散るが、レキは平然とした顔で、左の刃をヴェロニカへ突き入れる。

 切っ先が灼熱するほどの速さの突きが、ヴェロニカの心臓に突き立てられた。

 〝燎原の火〟による爆発反応装甲が発動するが、吹き飛んだのはヴェロニカの方だった。

 レキの突きの威力を殺しきれなかったのだ。

 〝神纏〟を発動したレキの力が、その速さが、ついに絶対に見えたヴェロニカ殻を打ち破った。

 そして、

「――――ブレイジング・アビス!!」

 最大で二百メルセを焼き尽くす紅蓮の焔がほとばしり、ヴェロニカを飲み込みながら大地を駆け抜けた。

 美しい庭園は見るも無残な焦土と化し、火炎と黒煙が渦を巻く。

 ヴェロニカは龍砲を盾のように地面に突き立て、炎を防いだのだろう。

 何事もないように立ち上がるものの、よろめくように膝をついていた。

 相応のダメージを負っているのだろうが、その眼光に陰りはない。

「少しは、見直してくれたかい?」

「以前よりも強くなっている。少し想定外」 

 ヴェロニカは何事もなかったかのように立ち上がると、再び龍砲を構える。

「想定外はこっちの台詞だよ。一体どれだけ強さを隠していたんだヴェロニカ?」

「六大凶殺でなら……私は〝猟兵〟でいられた。ただ、それだけのこと」

 ヴェロニカの台詞に、レキはクスリと笑みを漏らす。

「何がおかしいの?」

「楽しいのさ。君との戦いが」

「狂戦士は、サーシャで十分」

「もしかして、気が付いていないのか?」

「?」

「楽しそうなのは君も同じじゃないか。マフラー越しでも笑っているのがバレバレだよ」

「………………悪趣味」

 ヴェロニカはそう呟いて、マフラーを深くかぶる。

「僕は、再び六大凶殺を結成する事にしたよ。誰かの理想に想いを託すのではなく、誰かの理想になれる戦いを成すためにね」

「そう」

「仲間は随時募集している。特に、優秀な猟兵は喉から手が出るほど欲しい」

「言っている意味がわからないわ」

「仲間になれ、ヴェロニカ。六大凶殺には君が必要だ」

「正気?」

「正気さ」

「この期に及んでまだ救いがあると信じているの? 私が裏切った特別な理由があるとでも思っているの? そんなものはどこにもない。事実だけを見なさい。現実だけを捉えなさい。私が放つ弾丸は、一切の迷いなくあなたを殺すわ」

「ヴェロニカ、君は大きな勘違いをしている」

「勘違い?」

「僕はこの戦いに何の救いも求めていない。君が戦う理由も知りたいとは思わない。仮にそんなものがあったとしても、もう、どうだっていいだ。僕が欲しいのは、君の猟兵としての力だ。そして、欲しいものは力付くで奪う。それが僕達の、六大凶殺の流儀だろう?」

「…………」

「僕の仲間になり闘争の果てに死ぬか。僕の手にかかりここで死ぬか。今すぐ選べ――」 

 レキは絶大なる殺気と共に、七耀の星・五を解放した。

 神意が爆発的に膨れ上がり、赤黒い炎が衝撃波となって放たれる。

 血風の如き炎はレキの身体を包み込み、《剣帝》との戦いの時と同じように、制御できていない星の力が、レキの身を薪のように燃やし、巨大な狼のように炎が燃え上がる。

 だが、レキが腕を振り払った瞬間。

 主に牙を剥かんとする巨大な炎の狼が、一瞬で掻き消され、レキが纏うミーミル士官学校の制服が、炎を纏うのように『真紅の衣』へと変わる。

 それは奇しくも、レキが纏う暗殺者の戦闘服に酷似していた。

「――――ッ! 七星剣が一振り〝災厄を撒き散らす焔の剣〟と対を成す、七星具の一つ〝レーギャルンの聖骸布〟ついに、鞘の封印が解けたのね」

 ヴェロニカは何故か祈るような表情で、レキが纏う真紅の衣を見つめた。

 神話の時代。

 ユグドラシルの大樹を焼き尽くしただけでは収まらず、〝災厄を撒き散らす焔の剣〟となり果てたレーヴァティンの前へ、蒼き翼を持つ一人の女神が進み出た。

 女神は己の羽を使いて『天空のような蒼い衣』を織りなし、七日七晩をかけて己の血を使って衣を『真紅』に染め上げた。

 災厄を撒き散らす焔の剣は、女神が命を籠めて織りなした聖骸布に包まれると、一切の炎を鎮火させ、最後に炎髪の少年に変わったという。

 二人は結ばれ、その末裔は――クリサリス王家の始祖となった。

「僕は、この身に流れる『血』と向き合うと決めた」

「本気のようね」 

 今までとは明らかに違うレキの変容に、ヴェロニカの声に微かな畏怖が混じる。

「本気さ」

 レキはそう言って、双剣をくるりと逆手に持ち替えた。

 対してヴェロニカは、口元を覆うマフラーを振りほどいた。 

 そして、

「なら、私も……『本気』を出させて貰うわ」

 直後にそれは起きた。

 ヴェロニカの小さな身体からは神意ではなく、その真逆の『瘴気』が濃霧のように闇となってあふれ出したのだ。闇に堕ちたオディールと全く同じ、いや、あの時とは比べ物にならないほど禍々しい闇が、渦を巻いて螺旋を描く。

 ヴェロニカの容姿にほとんど変化はないが、一カ所だけ激変している部分があった。

 それは、ヴェロニカの『瞳』である。

 鮮やかな翡翠の瞳は禍々しい真紅に染まり、白い強膜の部分はどす黒い漆黒に染まっていた。

「……そうか。それが君の『本性』か」

 レキの表情に驚きはなく、ただ確認するように呟いた。

 ヴェロニカが親衛隊だとわかった時から、レキは薄々思っていた。

 彼女もまた――人と瘴魔の『融合体』ではないかと。

「これでわかったでしょう? 私はもう、後戻りできない場所にいる」 

「ああ、よくわかったよ。今の君を倒せば、猟兵としての力も、闇の力も、全て手に入れる事が出来るのだろう?」

 レキの周囲に紅の雷花が咲き乱れ。

 ヴェロニカの周囲に、どす黒い闇が渦巻く。

「傲慢は罪。ジャッジメントの名に置いて、あたなに裁きを――」

 ヴェロニカは重い龍砲を片手で掲げて、ピタリとレキの眉間に狙いを定めた。



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