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セイクリッド・クロニクル4  作者: スタジオぽこたん
第三章 クリサリスの末裔
11/16

 1


 受勲式は、レキが予想していたより遥かに盛大なものであった。

 王城の機能を移した迎賓館の中庭には、塹壕戦で共に戦ったミーミル仕官学校の生徒達の二五〇名が整列する。左右に用意された来賓席には士官学校の理事長や教官らがおり、国の重鎮から軍の将校も参加。

 内務卿や軍務卿の姿に、宰相である王弟のレオナールの姿までがあった。

 生徒達の後方には、白銀の甲冑に身を包む騎士が直立不動で立ち並ぶ。

 この場に集まった全員が、国を守るために命懸けで戦った若きセイクリッドの卵達を、誇らしく、頼もしげな眼差しを送っていた。

「お、おい、赤髪……この歓待は一体なんだ?」

 一組の先頭に立つレキの後ろにいたアリオストロが、唾を呑み込みながら言った。

 百年前まで王城として使用されていたこの城は、セイントアークでも歴史のあるパママ様式の建造物で、優美で繊細な城の造形は長き時を経てなお、見るものの心を惹きつける。

 受勲式のあとに予定されている昼餐会が行われる城の大広間は、外の豪華なテラスと繋がっており、そのテラスから中庭は、左右対称の大きな石作りの屋外階段で繋がっていた。

「…………ああ、この世のものとは思えないな」

 常は冷静なレキには珍しく、その声は僅かに震えていた。

 だが、その言葉は受勲式の盛大さに対してではなく、瞳に映る『女性』に対してのものであった。

 レキの視線はテラスから中庭を繋ぐ左右対称の大きな階段を、ゆっくり降りて来る二人の女性へ釘付けとなっていた。

 その内の一人は、王女セシリアだ。

 ボートネックと呼ばれる肩を広く露出する、上品なアイスブルーのロングドレスを纏うその姿は、水の都である王都エーデンベルグを象徴するかのように美しく、まさに水を司る女神そのものであった。

 澄んだ青い瞳でレキの姿を捉えたセシリアは楽しげに微笑むと、後ろの『女性』を振り返る。純白のドレスを纏う『戦乙女』を。

「マリアさん……」

 魂が震えるとはまさにこの事であった。

 天使の羽のように穢れなき純白を纏うマリアは、清楚で、可憐で、そのあまりの美しさにレキは魅入るしかなかった。

 黄金色の髪を結いあげ、頭にはダイヤモンドのティアラが飾る。

 ただでさえ神々しいほど美しいのに、その美しさをさらに引き立てる化粧が施されおり、艶やかな唇には鮮やかな紅が塗られていた。

 純白のドレスはハートカットネックと呼ばれる肩紐のない胸を強調するタイプのもので、女性らしいエレガントさと可愛らしさに加え、甘い色香がソッと添えられていた。

 マリアはセシリアに促されて、整列する生徒達の中から一目でレキを見つけると、

「――――ッ」

 嬉しげに微笑んだあと、恥ずかしげに頬を染めて俯いた。

 その仕草の破壊力といったら筆舌に尽くしがたいもので、これまで経験したどんな攻撃よりも鋭くレキの胸を貫いた。

 実際、レキは心臓が止まったかのように動きを止めていた。

 今この瞬間なら入隊したての新兵でも、簡単にレキを倒す事が可能だろう。

 新生・六大凶殺を率いる北の暗剣殺は、剣帝ジョセフに膝をつかせた最強の暗殺者は、それほどまでに愛するマリアのドレス姿に虜となっていた。

 整列する士官学校の生徒や、来賓席からも、感嘆の声が聞こえて来る。

 半分は王女セシリアに、もう半分はマリアへと注がれていた。

 年齢を偽り若くして戦場に立ち、ずっと父の仇を追い続けたマリアは、当然ながら社交界デビューをした事がなく、戦後もレキとの時間を優先して全ての誘いを断り続けて来た。

 槍を手に戦う勇ましい戦乙女の姿を見た者はいても、ドレスを纏う女神となったマリアの姿を見るのは、この場にいる全ての者にとって初めての事で、美の女神も嫉妬するであろう美しさに注目が集まる。

 だが、何故マリアがこの場にいるのか?

 それは彼女が《戦乙女》の称号を持つからに他ならない。

 太陽の女神イリスを筆頭に、五守護女神を信仰するセイントアークでは、勇敢に戦った戦士の魂は、天界であるヴァルハラに招かれ『英霊』となり、ラグナロクの暁には世界を守るために〝終末の獣〟と戦えると信じていた。

 そして、魂を天界へと導くものこそが、『狼』に乗って戦場を駆ける『十三人の戦乙女』である。

 セイントアークでは長年続く儀式の一つとして、高位の勲章を授与するにあたり、英雄の胸に勲章をつける役目を歴代の《戦乙女》が担って来た。

 中庭に用意された壇上には王女セシリアが、斜め後ろにマリアが控え、さらにその後ろに王女親衛隊が整列する。

 演説台の前にセシリアが進み出ると、

「敬礼ッ!!」

 と、ロンドの声が響き、レキを含むミーミル士官学校の生徒達は、一糸乱れぬ動きで王女に向かって敬礼した。

「我々は今日、我々は新たな英雄の誕生をこの目にする事となります。ここに集うミーミル士官学校の若者たちは、絶望的な状況でも決してあきらめず、知恵と勇気をもって強大な敵に立ち向かい、多くの命を救う大挙を成し遂げました。彼らがいなければこの国は、災禍という名の牙によって蹂躙されていたでしょう。未曾有の被害をくい止めた若き英雄達よ。この国を守護する《称士》とならんとするあなた方を、私は誇りに思います。本当に――――ありがとう」  

 セシリアは両手を前で組み、深くお辞儀をした。

 マリアが拍手を始めると、列席する全ての者から盛大は拍手が巻き起こる。

 これほど栄誉な事があるだろうか?

 一国の王女が頭を下げて、感謝の意を表しているのだ。

 どんな勲章を胸にするよりも、セシリアの心が真っ直ぐに生徒達の胸を衝く。

 ミーミル士官学校の通う彼らは、称号の担い手の中でもとりわけ優れた才能を持つものばかりだ。将来のため、騎士になるため、強くなるため、領地経営を学ぶため――など、様々な理由を胸に、日々学び、その力を研ぎ澄ましている。

 その多くはいずれこの国に仕え、この国を支える者となるだろう。

 彼らは毅然と顔を上げながらも、その頬には涙が伝い、至る所で鼻をすする音が響いた。

 胸を熱くするのは、レキとて同様だった。

「……これが王の器か」

 マリアと姉妹のように面立ちが似ているせいか、不思議と懐かしさを感じるセシリアは、まさに王道を学ぶのにうってつけの相手だ。

 この国の英雄となるのであれば、セシリアと接触する機会も増えるに違いない。

 レキは尊敬の眼差しで、真っ直ぐに王女を見つめるのであった。



 此度の戦いで犠牲となった者達へ、全員で黙とうを捧げたのち受勲式が始まった。

 クラス毎に代表を選出して、合計九名が壇上で銀星勲章を受け、最後にレキが獅子勲章を授与する手はずとなっている。

 一組の代表はアリオストロが務めた。

「少しは落ち着きなよ、アル」

 レキはそわそわするアリオストロに声をかけた。

「そ、そそ、そうはいうが赤髪よ。お、俺はこういった公式の場に出た事などないのだ。作法に関しては念入りに勉強したが、いざ本番になると、はぁはぁ……これならばまだ、魔獣と戦っていたあの時の方が幾らか気が楽だったぞ」

 オリヴィエ侯爵の三男として生まれたアリオストロは、貴族の義務を放棄し、つい最近まで自堕落な生活を続けて来た。

 それには彼なりの深い理由があったのだが、紆余曲折あったのちに、愛する女性のために一人の男として覚醒。今では《称士》を目指しながら、オリヴィエ侯爵家の領地を改革すべく勉学に励む、レキの大切な友人である。

「心配するな。アルなら出来る」

「くっ、何故貴様はそんなにも平然としておるのだ?」

「意識するんだよ。愛する人がこちらを見ていると。その人の前でだけは常に一番でいたいじゃないか。意地を張るんだアル。ここで格好をつけなくてどうする」

 レキの言葉に、アリオストロは愛するアンナ嬢を思い浮かべたのだろう。

 震えは止まり、背筋がすっと伸びた。

 アリオストロは額の汗を拭うと、覚悟を決めた表情で拳を握りしめる。

「確かに……アンナの前で無様は晒せんな。感謝するぞ赤髪。おかげでこの場は斬り抜けられそうだ」

「一つ貸しにしておくよ」

「感謝ついでに一つ忠告しとくが、格好つけるのも大概にする事だ。貴様とマリア様の痴話喧嘩なぞ誰にも止められんからな」

「僕とマリアさんが喧嘩だって?」

 レキは目を丸くして言った。

 これほど愛しているのに、喧嘩など起きるのだろうか? と、レキは考え、そういえば父と母は子供の目に見ても仲睦まじかったが、些細な事で喧嘩する事があったと思いなおす。

「女性の嫉妬を甘く見ない事だ。貴様を見ているのは、マリア様以外にもいるのだぞ」

 アリオストロは意味深な事を言うが、レキは首をかしげるばかりであった。

 そうこうするうちに名が呼ばれ、緊張した面持ちのアリオストロが壇上の上に登っていく。

 アリオストロは、王女セシリアの前で立ち止まると敬礼した。

「貴殿の勇気ある行動を讃え、ここに銀星勲章を授与します。おめでとう」

 セシリアは優しい笑みを浮かべながら、アリオストロを称賛する。

「恐悦至極に存じますッ!」

 アリオストロは感動に、顔を喜色に染めて言った。

 王女の後ろに控えていたマリアが前に進み出る。

 戦乙女の凛々しい姿と違い、ラインの乙女のような清らかな雰囲気を漂わせるマリアは、

「女神の祝福があらん事を」

 と、囁き、アリオストロの胸に銀星勲章を取り付ける。

「ありがとうございます! マリア様!」 

 アリオストロは再び敬礼すると、壇上を降りて一組の列へ戻った。

 こうして、一人また一人と名前が呼ばれ、生徒の胸にマリアが勲章を付けていく。

 九人目が感激に涙しながら壇上を降りると、マリアの視線がレキと交わる。

「……マリアさん」

 レキとマリアは離れた距離がもどかしいというように、熱く見つめ合う。

 そして、

「これより、獅子勲章の授与に移ります。名を呼ばれた者は前へ!」

 プリンセスガードの女騎士に名を呼ばれ、レキはゆっくりと壇上へ向かう。

 噂の渦中にある英雄の姿を初めて目にする者も多く、レキに注目が集まり――

 ざわりと、会場にどよめきが走ったのはその時だった。

 燃えるような赤い髪に、強い意志を秘めた緋色の瞳。

 その凛々しき面立ちもさることながら、数多の視線が全てが集中するこの大舞台で、微塵も臆することなく威風堂々と進むレキの姿に感嘆の声が次々に聞こえてくる。

 後ろで控える騎士の中には、王都炎上事件の際、たった一人で漆黒の龍と戦う炎髪の暗殺者を目撃した者もおり、歓声が巻き起こる。

 マリアは誇らしげに胸を張り、セシリアも嬉しげに微笑む。

 だが、何より胸を熱くしていたのは、レキと共に命を懸けて戦ったミーミル士官学校の生徒と教官達で、中には咽び泣くほどの喜びを見せる者も。

「くっ、泣くな! 泣くんじゃない! 奴の晴れ舞台だぞ。俺達が祝福しなくてどうするッ!」 

 アリオストロがおいおいと泣く生徒を鼓舞するが、そういうアリオストロの目にも涙が浮かんでいた。 

 レキはそんな仲間達の想いを背負いながら、壇上をのぼる。

 この時、生粋の暗殺者であるレキは、自身に向けられる様々な視線の中から、気になる視線を三つ感じていた。

 一つ目は、値踏みするように妖しい視線を送って来る、軍務卿のカサンドラ。

 鮮やかなオーシャンブルーの髪を束ねる彼女は、港町ヒルホルンを筆頭に、セイントアーク南部海岸線に大きな領地を構える、四大侯爵の一つヒルホルン家の当主だ。

 この十年戦争では、自ら軍艦に乗ってカルネギア海軍と戦った女傑である。

(無敵艦隊と云われたカルネギア海軍の進撃を、ことごとく打ち破った《海の精霊》か。目にするのは初めてだな)

 二つ目は、明確な悪意を持ってこちらを見据える、内務卿のオーギュスト。

 黒髪に黒髭を生やす、精悍な顔つきの彼は、セイントアークの西部に肥沃で広大な穀倉地帯を持つ、四大侯爵でも最も裕福で知られるハミルトン家の当主だ。

 此度の獅子勲章を授与に際して、四大侯爵の中で唯一反対に回った人物でもある。

(王弟派の野心家で、この十年戦争で絶大な富を得たと聞く)

 そして、三つ目が、試すような視線を向けて来る宰相のレオナールだ。

 王弟であり、宰相として国政の中枢に君臨する彼は、カルネギアの情報部が危険視していた人物で、レキの――暗殺対象の一人でもあった。

 王に毒を盛ったとか、セシリアを亡きものにして王位を簒奪しようとしているとか、とにかく黒い噂の絶えない人物だが、その手腕は本物で、セイントアークを主軸とする西欧三国をまとめ上げ、連合軍を結成した功労者でもある。

(宰相レオナール……帝国情報部でも調べきれていない。謎の多い人物だ)

 レキは三人の視線を真っ向から受け止めながら、壇上で待つ王女の前で立ち止まった。

 セシリアとマリアが、勇者を歓待するように微笑んだ。

 礼式に乗っ取り、レキは王女の前で片膝をついた。

「勇者レキ。カルデラ村で起きた魔獣との交戦において、絶望の闇を押し返し、希望の光で数多の命を救った貴殿の献身と自己犠牲は、義務を遥かに超えた勇敢で、比類なき英雄的行為です。これらの功績を称えて貴殿に、『獅子勲章』を授与します」

 セシリアの声はとても涼しげでありながら、どこまでも遠くに響いた。

 盛大な拍手が鳴り響く。

 跪くするレキに、セシリアは右手を差し出すと、

「どうか、これからもこの国を守り、私を――支えてくれますか?」

「身命を賭して」

 レキはその手に触れると、誓うように宣言した。

「ふふ、その言葉……確かに受け取りました。これからの貴殿の活躍を期待しています。立ち上がって下さい。勇者レキ」

 立ち上がったレキに、王女は一歩引くと、今度はマリアが前に進み出る。

「マリアさん……」

「勇敢なる神の戦士に、女神の祝福があらん事を」

 と、言って、マリアはレキの胸に獅子勲章を取り付ける。

「ありがとうございますッ!」

 レキは敬礼して答えたあと、回れ右して壇上を去ろうするが、

「まだです、レキ君」

 と、マリアに引き留められた。

「え?」

「戦乙女はただ一人と決めた勇者に対して、『口付け』の祝福を許されています。レキ君はこの国の勇者であると同時に、私の……その、私だけの勇者様ですから」

 耳まで赤く染めたマリアは、紅の塗られた艶やかな唇を物憂げに押さえる。

 まさかの事態にレキも赤面するが、意志はすぐに固まった。

「純白の戦乙女よ。あなたから口付けの祝福を受けられるのであれば、僕は、永久にあなたを守る勇者になろう」

 一歩前に進み、ドレスを纏うマリアの腰に優しく手を回す。

 黄色い歓声が響き渡り、見つめ合う二人の距離が近づいていく。

 だが、その時。

「その受勲、待っていただこうか!」

 突然、来賓席に座る軍務卿オーギュストが立ち上がって、声を上げた。


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