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セイクリッド・クロニクル4  作者: スタジオぽこたん
第二章 獅子の金十字
10/16

  5


 結局、レキ達は、ミーミル士官学校へは大幅に遅刻してしまった。 

 レキを始めとする、リリス、ゼノビア、オディール、サーシャの六大凶殺のメンバーは、教官のロンドに懲罰として廊下に立っておけと命じられた。  

「く、屈辱だ。皇女たる私が廊下でバケツだと? これも全部レキお前のせいだぞ……」

 バケツを両手に廊下に立つゼノビアは、羞恥に頬を染めてレキを睨む。

「……廊下に立たされる日が来るなんて、夢にも思わなかったわ」

 リリスが憮然とした顔でレキを責める。

 四人の真ん中に立つレキは同様に両手でバケツを持ちながら、

「すまなかった、皆」

 と、自分のせいで遅刻させた事を謝罪する。

 一体朝から何があったのか、途中から記憶がないのだ。頭が妙に痛いのが気にかかる。

 と、

「このメンバーで集まるのは、ヴェロニカの襲撃以来ね……」

 オディールは悲しげな微笑を浮かべた。

 全員が神妙な顔になり、沈黙が広がる。それを破ったのはサーシャだった。

「しっかし、アイツが敵に回るたぁ厄介だぜ。どーすんだよ、レキ」 

 頭にバケツを乗せたサーシャが、腕を組んで言った。

「――――ヴェロニカに会って来たよ」

 レキはバケツの水面に広がる波紋を眺めながら言った。

 全員の視線がレキに集まる。

 顔を上げたレキはこれまでの経緯と、ヴェロニカが語った内容を皆に伝えた。

 百年前の裏切り。血の宿命。ヴェロニカの目的。

 そして、『六つの刃が絡み合った』六大凶殺の紋章が、ラト家の家紋ある事も。

「ヴェロニカが僕に語った言葉には、『嘘』があるのは間違いない。でも、今の僕では何が嘘で、何が真実なのか見破る事は出来ない。だから、僕はヴェロニカと戦う事に決めたよ。次に刃を交える時は――殺すつもりで行く」

 レキは緋色の瞳に、明確な殺意を浮かべた。 

 覚悟を示したレキに、リリスに、ゼノビアに、オディールに、サーシャが頷く。

「ヴェロニカとの因縁は、僕の身に流れる血が原因だ。巻き込んですまない」  

「んだよ水くせぇ。レキの敵って事は、アタシらの敵って事じゃん」

 頭のバケツを揺らしながら、サーシャが真っ先に言った。

「サーシャのいう通りよ。例えかつての仲間であろうとも、こちらへ弓を引くなら戦うだけ。レキが気にする事じゃない」

 リリスはバケツを浮遊させ、信頼の眼差しでレキを見やる。

「六大凶殺の紋章を背負う意味もその重さも、私達の皆が知っています。困難にこそ立ち向かいましょう。その先に必ず真実があるわ」

 オディールが祈るように、バケツを片手に十字を切る。

「一人で抱え込むのはお前の悪い癖だぞ? 我々のリーダーなのだから、遠慮せずに我々を頼ればいい。それに、私の目的のためにも、お前に死なれては困るんだからな!」

 ゼノビアは両手のバケツを握りしめ、照れるようにそっぽを向いた。

 頼もしい仲間の優しさと、誇り高い皇女の気遣いに、レキは胸を熱くした。

「ありがとう、皆。これからもよろしく頼む」

「おう!」「任せるがいい」「当然よ」「ふふ、皆バラバラね」  

 最後にオディールがそう言った瞬間、全員が同時に吹きだした。

 よくよく見れば酷い格好なのだ。

 戦場の死神と、悪鬼羅刹と恐れられ、奴らが通り過ぎた後には死体しか残らないと畏怖された〝六大凶殺〟が、バケツを持って廊下に立たされているのだから。

 レキはひとしきり笑ったあと、皆を見渡し、表情を改める。

「いい機会だから皆にはこれからの事を、いや……僕の目的を話しておく」

 ヴェロニカとの問題はいずれ解決しなければならないが、レキは更にその先を見据えていた

「なんだ急に改まって?」 

 と、ゼノビア。

「僕は、この国の英雄になると決めた」

「……獅子勲章ね? 今、王都はあなたの噂で持ちきりだもの」

 レキの言葉にリリスが答える。

 実習でヨラン高原を訪れていたミーミル士官学校の一年生達が、王都へ向けて進む数万を越える魔獣の大群と遭遇。進路上の村と王都を守るため、たった二百人あまりで、万を越える魔獣に対して塹壕戦をしかけた戦闘は、王都に凄まじい衝撃をもたらした。

 中でも『一人』の少年が中心となって戦い、最も多くの敵を撃ち滅ぼした事実は、瞬く間に国中の知る所となった。

 レキという名の正体不明の新入生。

 彼はいった何者なのか――

 新たに誕生した若き英雄を、皆が熱く語り合い、良い事も悪い事も様々な噂が流れた。

 ある騎士は、彼は城を襲った龍をたった一人で喰い止めた炎の戦士だという。

 ある少女は、彼は聖なる力を女神から授かった最強の《称士》だという。

 ある老婆は、彼は百年前に滅びたとある王家の末裔だという。

 ある青年は、彼はカルネギア帝国の暗殺者であり、この国を害するために来たという。

 ある女性は、彼は戦場で出会った《戦乙女》に心を奪われ、禁じられた恋のために戦う愛の狩人だという。

「……他にも、複数の女性を喰い散らかす、生粋の女たらしという噂もあるぞ」 

 ゼノビアは頬を赤くして、責めるような目つきでレキを睨む。

 リリスがモジモジと太ももを擦り合わせ、オディールが甘く息を吐き、サーシャは頭のバケツのバランスを気にしていた。

「酷いな。事実無根もいいとこだ」

 レキは苦笑するが、仲間の視線が何故か痛い。

 一体自分がナニをしたというのだ。

「性獣……」

 と、リリスが呟き。

「絶対に責任を取らせてやるから覚悟しておけ……」

 ゼノビアが言い放つ。

「お姉ちゃんでよければ幾らでも……」

 オディールは瞳を潤ませ。

「ヨルムンガンドめ、いつかぜってー倒してやっからな!」

 サーシャだけが元気いっぱいに叫んだ。

「話が脱線したけれど、レキ……あなたがこの国の英雄になる理由はなに?」

 と、リリスが尋ねた。

「イヴァンは、いや――彼の身に巣食う『意志』は、遠くない未来に必ずこの国へ再侵攻をかけてくるだろう。そうなればセイントアーク王国も、カルネギア帝国も、どちらもただでは済まない。それこそ本当の〝終末戦争〟になってしまう。だからこそ、僕はこの国の英雄となり、セイントアークを守るために戦うと決めた」

「そうか。貴様は進むべき道を見出したのだな。だが、私は……国を捨てる事は出来ない」

 ゼノビアは辛そうに唇を噛む。

 以前、命を捨ててでもイヴァンを諫めようとゼノビアを、レキとマリアは止めた事がある。

 ゼノビア一人の力では抗えない、帝国を覆う巨大な闇。

 それは着実に、この国に魔の手を伸ばそうとしている。

 レキがカルネギアと明確に敵対する姿勢を示した今、カルネギアの皇女であるゼノビアは将来の敵になる事を意味していた。 

 だが、

「聞いてくれゼノビア。君の母を救出しに帝都に乗り込んだ時、僕とリリスは第八研究所も、ユグドラシルの塔も破壊した」

「ああ、リリスから話は聞いている。無数の瘴魔と遭遇したのだろう? 帝国繁栄の象徴であったユグドラシルの塔が、よもや瘴魔の揺り籠になっていたとは俄かには信じがたい話だが、それが今の帝都の現状なのだろう。第八研究所を破壊してくれた事には感謝を。あの忌まわしき研究所は閉鎖されたはずだったのだ」

 レキは六大凶殺で武勲を立て、イヴァンにあの研究所の閉鎖を約束させた。

 だが、約束は果たされず――レキが帝都に乗り込んだ時、第八研究所は稼働していた。

「その事で、一つだけ君達に言ってなかった事があるんだ」

「なんだ?」

「第八研究所に潜入した僕とリリスは、まずは研究所に囚われている子供達を脱出させる事にした。でも、あの場所に子供は一人もいなかったんだ」

「私達があの場所で見たのは、闇の気配を放つ巨大な肉塊と、無数の死体だった。老若男女あらゆる死体が肉塊と繋がり、薬品で満たされた水槽の中に浮かんでいたわ」

 と、リリスが捕捉する。

「どういう事だ? 兄様は、一体何をしようとしていたのだ?」 

「僕もそれがわからなかった。でも、オディールの身に起きた試練と、後の奇跡を見て、ある確信を得たんだ。第八研究所で行われていたのは、人工的に第三称号を作り出す実験なんかじゃなく、人と瘴魔を『融合』させるための実験じゃないのかと、ね」

「――――ッ!?」

 リリスに、ゼノビアに、オディールが、レキの言葉を受け、衝撃に目を見開く。

 幼い子供の身体に『なにか細胞』を移植し、人工的に階位を上げるという人工第三称号計画。通称『ラグナロク計画』と呼ばれた非人道的な人体実験の真の目的は、第三称号を作る事ではなく、『瘴魔の細胞』と適合する者を割り出し、最終的に人と瘴魔と『融合』させるための実験だったのではないかと、レキは考えた。

「私達の身体に移植されたあの細胞こそが、瘴魔のものだというのか?」

 ゼノビアは青ざめた顔で、かつて細胞を埋め込まれた右腕を見やる。

「ああ、そう考えれば全ての辻褄が合う」

「つまり、移植された瘴魔の細胞を拒絶し、抵抗した果てに、神の加護により第三階位に目覚めた私達はむしろ失敗作であり、本来の目的は、私が殺して来た……あの子達だったという事なのね」

 リリスが怨嗟に満ちた声で呟く。

 第八研究所において、リリスはあまりにおぞましい掃除役を強制されていた。

 廃棄処分となった実験体を、細胞に抵抗出来ず取り込まれ、瘴魔へと変貌した子供達の成れの果てと、〝異界の門〟から招いた魔獣とを、共食い喰いさせて来たのだ。

 結果、リリスの心は酷く傷つき、人形のように感情が欠落してしまった。

 今でこそ、多感な感情を見せるようになって来たが、リリスに取って第八研究所の存在そのものが己の罪の象徴であった。

「では、兄の周りにいた闇の気配を漂わせる〝親衛隊〟達の正体は、いや、まさか兄が変容してしまったのも……?」

「首を飛ばしても死なないんだ。親衛隊は間違いなく人と瘴魔との『融合体』だろう。そして、イヴァンもおそらくは……」

 ユグドラシルの塔で、瘴気の中に消えていくイヴァンをレキは見ている。

 あの時、確かにイヴァンは正気を保っていたが、彼の中に、もう一つ別の禍々しい意志があるのをレキは感じた。

「私が帝国に戻るのを止めたのも、それが理由か?」

「あの時は今のような確信はなかった。けど、嫌な予感はしていた。君を……失いたくなかったんだ。これまで黙っていてすまない」

「顔を上げてくれレキ。あの時止めてくれなければ、私は何も知らずに敵地で犬死していただろう。感謝こそすれ、恨むことなど一つもない」

 と、

「人と瘴魔との融合――まさか、あの人は……『彼女』を甦らせようとしているの?」

 オディールは口元を押さえて、そう呟いた。

「何か心当たりがあるのか、オディール?」

「ええ。レキは知らないだろうけど、私達は《剣帝》ジョセフから、五十年前に起きた〝英雄戦争〟の真実を聞かされたの」

 オディールは語る。

 五十年前に起きた《闇の聖女》の悲劇と、ヨハンと呼ばれる《雷帝》の物語を。

 ヨハンは最後に、瘴魔の苗床となった愛する少女の『首』を抱えて消えたという。

 それから十年後。

 ヨハンはヨシュアという名のカルネギア皇帝として、帝国に君臨する事となる。

「なるほど、僕達の身体に埋め込まれた瘴魔の細胞は、彼女の物だというんだね?」

「憶測かもしれない。けど、そうとしか考えられない」

「もしそれが真実だとしても、同情の余地は欠片もないわ。私が……一体何人の子供達を殺して来たと思っているの……」

「リリスのいう通りだ。そして僕もまた、この件に完全に葬るために動いている」

「詳しく聞かせてくれ?」

「ゼノビア、君が以前に嘆きの谷で言っていた『帝国を内部から切り崩す件』を、真剣に考えてみるって事だ」

「ッ!? ま、まことか、レキ!!」

「僕はこの国の英雄として戦うと決めた。でも、それはカルネギアを見捨てるという意味ではない。国家間の戦争を回避し、セイントアークを真に守るためには、帝国に住まう民を救い、帝都に巣食う闇を祓うしかない。そして、ゼノビア――君が、玉座に座るんだ」

「わ、私に……カルネギアの皇帝になれというのか!?」 

「ああ、そうだ」

「簡単に言ってくれる。どれだけ困難な道かわかっているか? 思いつくだけでも百を越える問題を解決しなければならないんだぞ!?」

「不可能を可能にするのが、僕達〝六大凶殺〟だろう? 百の問題があるのなら一つずつ消していけばいい」

「レキ、貴様が求める見返りはなんだ?」

「見返りなんていらないさ。これは、僕がマリアさんと共にあるために、避けては通れない試練なのだから」

「それでは駄目だ。これだけの大業を成そうというのだ。何もいらぬは許さん。相応の対価を求めてくれ。でなければ私が納得出来ん」

 ゼノビアは必死に言いつのる。

「なら、そうだね。全部上手く行った暁には、『国』を一つ貰おうか」

 レキは少し考えたあと、さらりととんでもない願いを言う。

 その場にいた全員が目を丸くし、中でもゼノビアは唖然としてレキを見つめるが、すぐに口角をつり上げ不敵な笑みを浮かべる。

「ふっ、国一つか。随分と剛毅な願いだが、その程度でよいのか? 強大なるカルネギア帝国を斬り取りにかかるのだぞ? なんなら、我が夫となり共に帝国を治めてみないか?」

 腹が決まったのだろう。

 ゼノビアは清々しい笑顔で、瞳の奥に静かな闘志を燃やす。

「剛毅なのは、ゼノビアも同じじゃないか」

「約束したぞ、レキ。全てが終わったなら貴様に国をやろう。だが、『どの』国をやるかは私が決めさせてもらうぞ」

「ああ、それでかまわない」

 レキはバケツを掲げ、ゼノビアもバケツを掲げて軽くぶつけ合う。

 まるで、刃と刃を重ねる誓いの儀式のように。 

「んだよ。小難しい話してると思ったら帝国に喧嘩売るだって? サイコーに面白そうじゃん! アタシも交ぜろよな!!」

 サーシャがギラギラした闘志を燃やして、胸の前で両手を打ち合わせた。

「これからの戦いは、今までよりもさらに厳しく、辛いものになるだろう。だから強制はしない。抜けたい者は言ってくれ」

 レキの言葉に、この場から去る者は誰一人としていなかった。

 むしろ、絶対に着いて行くぞとばかりに、全員がレキの前に集まった。

「リリス、来てくれるか?」

「愚問ね。魔女の誇りにかけて、奴らに呪いをくれてやるわ」

 《堕天した女神》の称号を持つ最強の魔女は、静かな決意を秘めてレキの側に寄り添う。

「オディール、君が必要だ」

「ええ、どこまでも御伴するわ。例え地獄であろうとも、決してあなたの側から離れません」

 《灰の聖女》の称号を得た最高位の聖女は、穏やかな微笑みと共にレキの前に立つ。

「サーシャ、力を貸してくれ」

「任せとけ! サーシャ様が居れば千人力だぜ! その代りうめぇ肉一杯喰わせろよな!!」

 《破壊する者》の称号を持つ最強の戦士は、豪快に胸を叩く。

「ゼノビア、改めて問う。カルネギアの竜骨の玉座を望むか?」

「ああ、望もう。父殺しの汚名を背負おうとも、兄様と戦う事になったとしても、私は、この手でカルネギアを救って見せる!!」

 《黒騎士》の称号を受け継いだ最強の騎士は、力強く宣誓した。

 仲間達の意志を確認したレキは、コクリと頷き、

「カルネギア帝国陸軍所属第六強襲突撃部隊は既に解散している。だから、これより新たな部隊を結成する。誰にも属さず、誰の意志にも左右されない、僕達だけの独立遊撃部隊を」

「新たな部隊か。部隊名はどうする?」

「僕達を纏める名は――――『一つ』しかないだろう?」

 レキは皆を見渡して言った。

 心は一つだ。

 戦場で命を預けた仲間は、血よりも濃い絆で結ばれている。

 一度は離れ離れになった。

 だが、誰にも断ち切る事の出来ない絆が、少年少女達を巡りあわせ、様々な試練を乗り越えた果てに再び集う事となった。

「九曜占術において、絶対に避けるべき災いをもたらす最凶方位。暗剣殺、五黄殺、本命殺、本命的殺、歳破、月破――これら六つを〝六大凶殺〟と呼ぶ。僕達はこの名の通りの災いとなろう。戦場を駆け抜ける死を呼ぶ風となろう。その名を耳にするだけで、敵が震えて逃げ出すほどの鬼となろう」

 レキは皆の前に右手を差し出した。

 リリスがその上に右手を重ね、オディール、サーシャと続き、最後にゼノビアが手を重ねる。

一本欠けているものの、それはまさしく『六つの刃が絡み合う』六大凶殺の紋章そのものであった。

 そして、

「北の暗剣殺の名において、ここに〝六大凶殺〟の再結成を宣言する!」

 レキは魂を籠めるように、果断に言い放つ。

「おうッ!」と、サーシャが吼え。

「ええッ!」と、リリスが答え。

「ああッ!」と、ゼノビアが頷く。

「ふふ、やっぱり揃わないのね」と、オディールが微笑んだ。

 少年の想いと、少女達の想いが一つとなって、再び最強の暗殺部隊が動き出す。

 全員が瞳を輝かせながら、リーダーである少年を、群れの主を見つめた。

 彼女達は命令を待っているのだ。

 レキはその想いに応えるように、新生・六大凶殺の仲間達に最初の命令を下す。

「ゼノビアは南方軍の司令官と、東方軍の生き残りに連絡を取ってくれ。他にも協力を仰げる将兵を集めて欲しい」

「ああ、任せてくれ! 一体どれほどの将兵が、貴様の帰還を心待ちにしていたか、とくと見せてやろう!」

 ゼノビアは紫の双眸を希望に輝かせ、力強く言った。

「リリス、君には瘴魔に関するあらゆる事を調べて欲しい。僕達は、人との戦いは嫌というほど経験して来たけれど、瘴魔との実戦経験が圧倒的に不足しているからね」

「任せなさい。知識は力。魔に連なる全てを魔女は知っているわ」

 リリスは淡々と言うが、その声には確かな自信が籠められていた。

「オディールは聖地アルビオレに渡りをつけて欲しい。敵は瘴魔だ。今後、イリス教の助けが不可欠となるだろう」

「ええ、任されました。実は最近知った事だけれど、昔に私を追っていた異端審問官が、今では枢機卿になっているらしいの。『彼女』に連絡してみます」

 オディールは悪戯な笑みを浮かべるが、その瞳に固い決意をうかがわせた。

「サーシャ、君には〝牙の一族〟の女戦士を味方に引き入れて欲しい。一騎当千の彼女達が加わってくれれば、これほど心強いものはないだろう」

「うえっ!?」

 サーシャは素っ頓狂な声を上げた。

「ん、出来ないか?」

「そ、そりゃ、出来る出来ないでいやぁ、出来るけどよ……」

 竹を割ったような性格のサーシャにしては珍しく、曖昧に言葉を濁す。

「何か問題があるなら言ってくれ」

「牙の女戦士が里から出るのはさ、強い男を探すためなんだ。で、一度里を出た女戦士が里に戻るのを許されるのは、戦えない身体になるか、子を宿したかのどちらかだけなんだ」

「そうか。厳しい掟があるんだな……」

 レキは顎に手を当て思案する。 

「んー、昔は結構厳しかったらしいけど、今はそれほどでもねーんだぜ。何年も修行に出ていた女戦士がたまに里帰りするぐらいなら、皆、歓迎してくれるぐらいだ」

「なら、サーシャだって問題ないんじゃないか?」

「うちは、かーちゃんが滅茶苦茶厳しいんだ。手ぶらで帰ったらぜってー殺される」

 恐れるものは何もない《破壊するもの》が、怯えた子猫のように髪の毛をへにゃりと垂らす。

「よしわかった。里に戻る時は僕も一緒に行こう」

「マジか!?」

「今後、命を懸けて戦って貰う仲間になるんだ。礼を尽くさなければ失礼になる」

「おっ、おう」

 サーシャはまだ不安なのか、脇を締めて答えた。

 だから、サーシャは気がつかなかった。

 レキと一緒に里帰りというフレーズに、他の仲間達が「ぐぬぬ」と反応している事に。

「そ、それで、貴様は何をするのだ、レキ?」

 嫉妬に苛立つゼノビアが、髪を弄りながら尋ねた。

「僕は……ヴェロニカとの『決着』をつけるよ」

 レキの言葉には凄絶な殺意が籠められており、全員がハッと表情を改める。

「そんな顔をしないでくれ。行く手を阻み、邪魔をするなら……殺すしかないだろう。でも、欲しいものは力ずくで奪う。六大凶殺で一番最初に教わった事だ」

 受勲式はもう来月に迫っていた。ヴェロニカがこのまま何もしてこないはずがない。


 レキは大きな戦の予感に、静かに拳を握りしめた。



 城の地下牢の最奥に、光の届かぬ独房がある。

 窓のない石造りの牢には、数百年に及ぶ罪人達の怨嗟が染み込んでいるかのように、澱んだ空気が満ち、冷たい闇が広がる。

 白銀の髪の少女は壁にもたれて、静かに闇を見つめていた。

 と、その時。

 コツリ、コツリと、足音が響いてくる。

 足音はヴェロニカの独房の前で止まった。

 声を聞くまでもなく、顔を見るまでもなく、ヴェロニカは足音だけで相手の正体をわかっていた。それは――

「何か不便はないかね? 必要なものがあれば用意させるぞ」

 この国の宰相であり、王弟であり、イリス教の枢機卿でもあるレオナールであった。

「…………私の龍砲は?」

「心配いらん。きちんと保管してある」

 レオナールはそう言って、光のオーバルクリスタルが内蔵されたカンテラを、灯り台に立てかける。深い闇が幾らか和らいだ。

「絶対に触らないで。あれは、私にしか整備出来ない」

「心配せずとも、火と鉄の時代の遺産を理解できる技師など、そうそうおらん」

「なら、もう行って。私とあなたが接触する事に何の意味もない。計画に支障が出る可能性が高くなるだけ」

「そう邪険にしてくれるな。顔を合わせるのは最後になるやも知れぬのだ。人払いは済ませてある」

 レオナールはその手に、一本のワインボトルと二つのワイングラスを持っていた。

「飲まないかね? 毒など入っておらんよ」

「喉は乾いてない」

「これは我が領地で取れた『葡萄』を使っておる。仕事柄これまで高級な葡萄酒は沢山飲んできたが、これに勝るものは遂に出会えなかったよ。自賛が過ぎるかもしれぬがね」

 レオナールは、慣れた手つきでワインボトルのコルクを抜いた。

 葡萄の爽やかな香りが広がる。

「…………葡萄は寒さにも乾燥にも強い。でも、病害に弱いと聞く」

「確かに病気は恐ろしいな。今年は雪解けが遅かったから『渓谷』を越えるのは骨が折れただろう。だが、心配せずとも今年は豊作だ。秋にかけてワイン造りでは『人手』は幾らあっても足りんし、新たに開墾しようと思っていた葡萄畑もある」

 ヴェロニカとレオナールの二人にしかわからない『暗喩』に、これまで微動だにしなかったヴェロニカがスクッと立ち上がった。

 鉄格子の前まで進み出たヴェロニカは、ワイングラスを受け取ると、

「注いで」

 と、言って、レオナールの前に掲げた。

 レオナールは無言で、ヴェロニカのワイングラスに血のように赤い液体を注ぐ。

「さあ、計画の成就を願って乾杯と行こうか」

 レオナールは並々と注がれたグラスを掲げる。

 ヴェロニカは乾杯しようとはせず、グラスの中で揺れるワインを一気に飲み干した。

「血を流した償いは、さらに多くの血を持って贖うしかない」

 ヴェロニカはそう言って、空になったワイングラスを牢の端に放り捨てる。

 ガラスが砕け散る音が虚しく響いた。

「ああ、その通りだ。故に私は、この国のため鬼になると決めたのだ」

 レオナールは味わうように悠然とワイングラスを傾ける。 

「ところで、味の感想はないのかい?」

 レオナールがそう尋ねると、ヴェロニカは再び独房の奥に戻り、壁に持たれたあと、 

「お酒の味なんてわからない。でも……命の味がしたわ」

 と、小さく呟いた。



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