月夜の会話
「ところで、出発前にあなたにはするべき事があるでしょう?」
ミラに真剣な顔で問われ、スティーグは首を傾げる。
「ん?」
「ここで『なんのことだ?』なんて言ったら、今度は私が引っぱたくわよ?」
厳しい顔で睨みつけられ、スティーグは空を見上げて頭をかいた。
*********
今日は月が出ていた。
リセリアはバルコニーに出て、その月を見上げてる。
春になったとはいえ、夜はまだまだ冷える。
ワンピースのパジャマにカーディガンを羽織り、リセリアは物思いにふけっていた。
「・・・どうってことないじゃない」
リセリアは呟く。
そう。どうってことはない。
初めは味方にしておけば、何かに利用できると思っていただけだった。
多少興味はあったが、あくまでもそれだけだったはずだ。
それが何時しか興味以上の感情が芽生え、足しげく城下に通うようになっていた。
「どうってことないじゃない」
リセリアは再び同じ言葉を呟く。
これまで辛い事は何度もあった。
貴族達から下賤な平民の腹から出てきた娘と陰口を叩かれたことも一度や二度ではない。
それに比べたらスティーグと縁を切ったところで何だというのだ。
最大の政敵であったエリックは失脚した。
エリックについていた貴族達もその力を激減させた。
もはやリセリアの地位は盤石だ。
スティーグが居なくなっても、自分の今後に何の影響もない。
「元々長い付き合いでもないんだし、あいつに会うことがなくなったからって何だって言うのよ」
そう。何も問題ない。問題ない、はずだ。
なのに、
「何だって言うのよ?」
どうしてこれほど心がざわつくのだろう?
どうしてこれほど切ない気持ちになるのだろう?
自分でもよくわからない感情に、リセリアは戸惑いながら月を見上げた。
と、その時。
「なんだなんだ? 月なんか見上げて」
声が聞こえた。
今一番聞きたくない声。
同時に一番聞きたかったのではないかと思ってしまう声。
月から視線をずらし、声のする方向を見つめると、そこには想像通りの人物、スティーグが居た。
ふわふわと宙に浮いていた。
月に照らされたスティーグはどこか神秘的ですらあった。
「な、な、な!」
「可愛い寝巻き着て、バルコニーから月なんか見上げて、お前お姫様気取りか?」
「正真正銘お姫様よ! て、ていうかジロジロ見てんじゃないわよ!!」
リセリアは自分がパジャマ姿でいることを思い出し、顔を赤らめ恥ずかしそうに身をよじった。
まあ、その姿がまた可愛らしく、男を興奮させることにまでは頭が回らないのだが。
「なんでここにいるのよ!? なんで浮いてんのよ!?」
「なんでって、魔法」
そうなのだろうとは思った。
だがしかし、宙に浮く魔法など聞いたことがない。
王立図書館の禁忌目録にもないだろう。
今さらであるが、この男は何から何まで規格外だ。
「もう一つの質問に答えてないわ。なんでいるわけ?」
その質問にスティーグは珍しく渋い顔をした。
「・・・まさか、謝りに来たわけ? あんたが?」
リセリアは目を丸くする。
ちょっと、いや、かなり意外だ。
だが、すぐに目を吊り上げた。
「簡単に許すとでも思う? あんたは罪もない人達を見殺しにすると言ったのよ」
「その事については謝るつもりはない」
「はぁ!?」
リセリアは眉間にしわを寄せた。
スティーグは罪悪感など全く感じていないようで、平然と言い放つ。
「そんなに意外か? 俺が見ず知らずの人間を助けないことが」
「あんたは一度世界を救ったんでしょう? なのになんで今度は助けてあげないのよ!」
スティーグは肩をすくめる。
「私、あんたのその仕草、嫌いなんだけど」
「そうかい」
全く気にした様子もなくスティーグは苦笑する。
「俺が神獣と戦ったのは言ってみればケジメだ。自分達が仕出かした過ちを、未来の子孫達に背負わせない為にな」
もしあのまま神獣を放置すれば、世界は滅びただろう。
だが、スティーグは世界を救ったつもりも、英雄になりたかったわけでもない。
ただ、自分達の罪を子孫達に背負わせたくなかっただけなのだ。
「だから、自分に関わりのない事は知らないって?」
「そうだ」
ハッキリとそう断言され、リセリアは感情を爆発させた。
叫ぶ。
「あんたには力があるんでしょう!? あんたなら誰だって守れるのに。誰だって救えるのに、なんでその力を誰かの為に使わないのよ!!」
静かな月明かりの夜。
リセリアの叫び声だけが夜空に響いた。




