リセリアの葛藤
リセリアは涙を拭うと、小走りで闘技場を後にした。
あまりにも色々な事がありすぎて頭がぐちゃぐちゃだ。
リセリアの心の中はいくつもの感情が渦巻いていた。
驚き。悲しさ。苦しみ。怒り。失望。
自分はスティーグという人間を見誤っていたのだろうか?
リセリアはスティーグを偽悪的な人間だと思っていた。
意識的に粗暴な振る舞いをするものの、芯の部分は善人であると信じていた。
だが違った。
あの男は自分に関わりがないのであれば、平然と人を見捨てる人間だったのだ。
あっちから見れば、リセリアは勝手に幻想を抱き、勝手に幻滅したようにみえるだろうが、リセリアはどうしようもなくやるせない思いに駆られていた。
「っめ様、姫様、待ってくださいってば」
後方からメイの声が聞こえる。
振り返るとメイは息を切らせて追ってきた。
どうやら、気が付かないうちに自分は相当早歩きをしていたらしい。
リセリアは慌ててメイに駆け寄った。
「メイ。ごめんなさい。一人で行ってしまって」
「っはぁ、はあはあ。大丈夫です。待ってください。息を整えます」
メイは胸に手を当てて、呼吸を整え始めた。
リセリアはその姿を見て、少し反省した。
感情に翻弄され、メイの存在を完全に忘れていた。
自分もまだまだだ。
リセリアは自分を戒めた。
「ふぅ。それで姫様、このまま宮廷に戻られますか?」
「・・・今さら戻れないでしょ」
気まずくなってリセリアは宮廷の方角にサクサクと歩き始めた。
「・・・というか、もう来ないでもいいかな」
リセリアはポツリと呟く。
次に会う時に、スティーグとどう向き合えばいいかわからない。それにスティーグは自分の思っていた人間ではなかったのだ。
今までの様に交流を深める意味もないのではないか?
「・・・そう、ですか。姫様がそうお考えなら、私から言うことはありませんが」
メイはそう言うとそれ以上は何も言わなかった。
リセリアはそれに対し、何故か物足りなさを感じた。もう少し絡んでくれてもいいのではないか?
「そうよ。例え自分に関わりがなかったとしても、起こるとわかっている悲劇を傍観するなんて間違ってる。あれだけの力があれば、いくらだって対処できるはずでしょう?」
「まあ、そうですよね。でも、あの方は昔はどうあれ、今は一般人ですし、一応」
『一応』の部分を若干強調しつつ、メイは言う。
今のスティーグの身分は、あくまでもこのエルベキア王国の一教師なのだ。
何か特別な義務を背負っている訳ではない。
「それに、結果として依頼を引き受けた訳ですし」
「それはお金目当てよ。なんて俗物的なの。最低よ!!」
ノブレスオブリージュ。
力を持つ者は相応の義務を背負う。
このエルベキアでは高潔な貴族ほどその考えが強く広まっている。
スティーグ程の力があれば、誰だって救えるはずだ。
その義務を怠り、自己の利益のみを求めるスティーグを、リセリアは嫌悪した。
メイは困ったように苦笑すると、リセリアに話しかける。
「でも姫様。お金は大事ですよ?」
「それは解ってるわよ。国の繁栄には経済の流通が必須だってことくらい」
「いえ、国家規模の話ではなく、生きていくためのお金です」
「? どう違うの?」
リセリアは首を傾げた。
「私はリセリア様のお母様、リリーナ王妃に召し抱えて頂くまで、ごく一般の平民でした。朝は早くに起きて、家の手伝いをしなくてはいけません。朝ごはんは贅沢なので、お昼まで食べられません。量も育ち盛りの子供が食べるには全然足りなくて、いつもお腹をくうくう鳴らせていました。ありがたい事にこの国は水が豊富ですが、薪にはお金がかかりますから、温かいお風呂には真冬でもない限り入れず、水浴びで済ませます」
「っ!」
「私なんかまだいい方です。子供の多い家では口減らしをする事もあると聞きます」
「そ、それって養子に出すってこと?」
「・・・この場合は、奴隷として売るか、捨てるかがほとんどでしょうね」
「っつ!!」
「覚えておいてほしいんです、姫様。この国には大きな格差があり、日々を生きるだけで精一杯な人達が沢山いると」
「・・・」
時々思い知る。
聡明な姫君と周りから誉めそやされても、自分はまだただの小娘に過ぎないと。
一つ年上のこのメイの方が自分よりもずっと大人であると。
「わかった。覚えておくわ」
しっかりと頷くリセリアにメイは笑って答えた。
「話が少し脱線しちゃったわね。でも、スティーグのお金欲しさはそれとは違うと思うわ?」
「ふふ、確かにそうですね」
二人はそう言って笑いあった。




