シャルロッテの決意
「では、朗報を期待する」
バアルは反転し、来た時同様に、黒い渦に消えようとした時、意外な人物が声を張り上げた。
「ま、待ってくださいませ!」
「シャルロッテ?」
シャルロッテがスティーグを押しのける様にバアルの前に出た。
バアルはゆっくりと首だけを振り、シャルロッテを見下ろす。
「既に要件は伝えた。何用だ、人間の娘」
「あ、貴方が、魔人の王であるのなら、わたくしに、わたくしに魔力を授けては下さいませんか!!」
『!?』
その一言に周りから衝撃が走った。
これまでスティーグ以外まるで眼中になかったバアルが初めてシャルロッテに向き直った。
「自分の言っていることがわかっているのか、人間の娘よ?」
「今のままではこれ以上先生のお力になれない。わたくしには力が、先生に並ぶ事ができるほどの力が必要なのですわ!」
シャルロッテが思っていることは、生徒達全員の代弁でもあった。
この先、どれほど画期的なトレーニング方法で鍛えようと、人間には限界がある。
どう足掻いてもスティーグに並ぶほどの力は身に付けられない。
限界を超えるには禁忌を犯すほどの裏技を使うしかないのだ。
その時、これまで一切感情を表に出さなかったバアルが初めて怒気を露にした。
「調子に乗るなよ。人間の娘」
それは殺気などではなく、ただの怒気であったが、それでもシャルロッテの背筋を凍らせるには充分であった。
一瞬にして血の気が引き、冷たい汗が溢れだした。
「何か勘違いしているようだが、我が汝等に嫌悪を向けないのはこの場にスティーグがいればこそ。本来我が人間を相手にすることなどありえぬことだ」
「貴方達が人間をよく思っていないことは承知しています。そこを曲げて、お願いできないでしょうか!?」
「論外だ。本来、魔族が他種族に力を授けるなどありえぬこと。それこそ世界の危機でもない限りはな」
「っ!」
シャルロッテは奥歯を噛む。どれほど強い決意があろうと、それはあくまでも私情に過ぎない。
個人の願いと世界の危機とでは、比べる事すらおこがましい程の動機に開きがある。
「そもそも覚悟があるのか?」
「人の枠を外れてしまう覚悟ならあります!」
「魂が砕かれる覚悟だ」
「・・・え?」
一瞬、何を言っているのかが解らずに、シャルロッテは息を止めた。
「何も知らぬようだな・・・」
バアルはチラリとスティーグを見つめたが、当のスティーグは苦笑いを浮かべるだけだった。
「まさか、神をも屠る程の力をなんのリスクもなく与えられると思ったか?」
「・・・」
思っていた。
実際に大変なのは他種族から信頼を得る事であって、力を授かること自体に危険があるとは考えていなかった。
バアルは心なしか呆れたような表情を見せ、口を開く。
「他種族からの加護は、人間の神官が施す治療紛いの加護ではない。それは寧ろ、魂を変革させる事に等しい。失敗すれば、魂が粉々に砕かれ、この世界から消失する」
「っっつ!!」
シャルロッテどころか、他の生徒達も言葉を失った。
魂の消失とはなんなのか? 死ぬ事とは違うのか? 様々な事が脳裏を過った。
「それほどに加護とは危険を伴うもの、それを彼は魔族だけではなく、様々な種族から加護を授かっている。それがどれほど危険な事か解るか?」
「・・・先生は、その事を?」
「無論、わかっていた。確固たる自我、揺らぐことなく強い意志、そして覚悟。それがなければ力を授かることはできなかった。だからこそ、我ら古い種は人間である彼に敬意を払うのだ。その、魂の輝きに魅せられたからこそ」
「魂の、輝き・・・」
それを聞いて、生徒達は思った。
思えば自分達もまた、魅せられたのだ。
その在り方に。
その魂の輝きに。
呆然としているシャルロッテの肩にスティーグは手を置いた。
「お前の気持ちはまあ、有難いと思うがな。そんな危険を冒してまで、お前が変わる必要はない」
「先生・・・」
「俺も次代の王になる事に焦りを感じていた時、親父に言われたことがある。『賢明に、ゆっくりと歩け、速く走る子供は転ぶ』」
苦笑するスティーグをシャルロッテは涙を浮かべて頷いた。




