闇夜の仕事人
昨年、カルドニアとの長年の戦争状態が終結し、平和になったと思われたエルベキア王国。
だが、手放しに喜んでもいられない事態が起きた。
それは犯罪者増加による治安の悪化である。
何故こんなことになってしまったかと言えば、戦争を飯のタネにしていた傭兵や武器商人等が職を失われ失業した事が大きな原因である。
職にあぶれ、ひもじい思いをした者達がぶらぶらと昼間から街を闊歩する。
気が短くなった連中は街のあちこちで喧嘩を始めるなど日常茶飯事。
更には、腕に覚えのある者が反社会勢力の用心棒になることで、それぞれの勢力での抗争の激化などが増えてきていた。
そして、月のない夜の今現在。
黒いローブに身を包んだ複数の男達が、金品を大きな袋に押し込んで暗い夜道を疾走していた。
彼らは傭兵崩れの盗賊団であった。
最近、街を騒がせている凄腕の盗賊団『新月』。
その名の通り、新月や雲が厚い夜に出没しては金品を強奪している犯罪者集団である。
この世界はまだまだ親の職を子が引き継ぐといった風習が一般的であった。
彼らは子供の頃から争い事を職業に生きてきた人間である。
今さら手に職を持っている者達の世界に入ることなどできなかった。
そういう意味では彼らも被害者なのだ。
彼らの様な離職者のフォローを考えた上で、戦争終結の着地点を見定めるのも国家の役割だ。
なのだが、この件に関しては国にも言い分はあった。
何しろ全く予期せぬ事態が起こり、突然戦争相手が白旗を上げてしまったのだから。
とある、たった一人の人間によって。
「はぁはぁ。いいぞ。今日の仕事は上出来だ。こいつを売り払えば当分は遊んで暮らせる」
「全くだ。命かけて戦ってた事が馬鹿馬鹿しくなってくるぜ」
「気を抜くなよ。商会の奴ら、そろそろ見張りがやられた事に気が付く頃だ。憲兵を呼ばれる前にアジトに戻らねーと」
これまでいくつかの盗みに成功し、気を大きくした新月はこの街でも有名な商会の倉に手を出した。
目も眩む宝を手に入れて、上機嫌で逃走している彼らにどこからか声がかかった。
「おーい。ちょっと待てって」
緊張感をもって疾走していた自分達にかけられた、ひどく場違いな間の抜けた声。
男達は驚いて辺りを見渡した。
だが、路地裏にも関わらず、前にも後ろにも人らしき影は見当たらない。
男達は警戒をさらに強めた。
「ここだ、ここ」
その声は頭上から聞こえた。
男達が上を見上げると、そこには一人の男が宙に浮いていた。
『な!』
絶句した。
翼のない人間が宙を浮く。
恐らくは何かの魔法なのだろうが、彼らはそんな魔法を知らない。
男はゆっくりと地面に降り立った。
「な、なんだお前は!」
新月の一人が恐々目の前の男に質問した。
男は世間話をするかの様に気軽に答えた。
「お前らが盗みに入った商会に雇われたのさ。生死を問わず、お前らを捕まえて財産を取り返してくれってな」
『やっぱり追ってか!』
新月は腰からナイフを抜き放つと、男に向けて構えた。
男は動じることなく、むしろ一層気だるそうに口を開く。
「一応忠告。抵抗しなければ、死なずに済むぞ?」
「うるせい。捕まったらどうせ同じことだ!」
この世界の刑罰はかなり厳しい。
度重なる盗みに加えて、警備の者を彼らは数人手にかけている。
捕まれば間違いなく死罪であった。
男はその返答を予想していた様で、肩をすくめると背中の剣を抜いた。
「シャァーーー!」
男が剣を抜いて構えを取る前に新月の一人が斬りかかった。
小さい構えからナイフを斜め右から振り払おうと男の間合いに入ったと同時に、
盗賊の右手首が消えた。
「・・・あ?」
手首を失った盗賊の腕は男の前でスカっと空振りした。
現実感が湧かずに地面を見れば、そこには斬られたナイフを握ったままの自分の手首が落ちていた。
そして、手首を失った右腕からは勢いよく血液が噴き出した。
「ぎゃーーーーーーーーーーーーー!!!!」
盗賊の男は必死に腕を押さえて、出血を止めようとしている。
それを見た新月盗賊団の面々はぎょっとして息をのみ、一斉に男に襲い掛かった。
「野郎!」
頭に血が上って襲い掛かる新月団だったが、結果はひどいものだった。
単純にナイフの彼らよりも、長剣を持った男の方がリーチが長いのだ。
男の間合いに入った瞬間、彼らのナイフが届く前に、次々に彼らは斬り伏せられていった。
「くそ。バケモンだ!」
後方にいて、まだ斬られていない盗賊達は戦意を喪失していた。
辺りが暗い事を差し引いても、彼らには目の前の男が剣を振るっている動きがまるで見えなかった。
彼らには『近づいたら血を流している』といった認識しかない。
そもそもこの男、先ほど地面に降り立ってから一歩も動いていないのだ。
傭兵時代にそれなりに名をはせた自分達を相手に、である。
こうなると彼らには来た道を引き返すしか方法がなかった。
一人が逃げ出し、残り数人もそれに続いた。
男はそれを黙って見つめながら、億劫そうに指先を突き出した。
瞬間、男の指が光った。
それは眩い閃光となって、盗賊団の足を次々に打ち抜いていく。
「ぐああぁ!」
突然襲ってきた痛みで地面に転がっていく新月盗賊団。
痛みでもがいている彼らを見ても、表情を一切変えることなく、男は辺りを見渡した。
全員が逃走不可能であることを確認すると、男は剣を納め、ため息をついた。
「こんな時、タバコでもあれば少しは気が紛れるのかね・・・」
男。スティーグはもう一度ため息をつき、空を仰いだ。
「まったく、こんなことになるなんてな・・・」




