カッカリコの保険
「はあ、はあ、はあ!」
カッカリコは逃げていた。
ゴーゼンがやられた時点で、戦況を覆すのは不可能と判断し、演習場の裏口から一人、逃亡したのだ。
出て行く時にエリックがまだ何かやっていたようだが、あのバカ王子があの状況から挽回出来るとは到底思えない。
「くそ。だからスティーグに力で挑むなと私は言ったんだ。あの王子め、とんだ暗愚であったわ!」
まあ、暗愚であることは分かっていたし、だからこそ、いいように踊ってくれると思っていたのだが、それも失敗した。
もはや、この国に留まることはできない。
速やかに国外へ逃亡する必要がある。
現在は、裏口から森を抜けて、街道に出ようと走っている真っ最中である。
確か、街道に出れば馬屋があるはずだ。そこで馬を調達して、追手がかかる前に国外に逃げ切るのだ。
幸い、カッカリコにはあるツテがあった。
そのツテを頼れば、なんとかやり直すことは可能だろう。
もうすぐ、森を抜ける。
僅かな希望に胸を膨らませていた時、目の前に一人の女性が現れた。
カッカリコは足を止め、恐る恐る女性に話しかけた。
「・・・こんな所で何をしているんだね。お嬢さん」
夜中に一人、こんな森の中にいる女がまともであるはずはない。
女性は恐ろしく冷たい目つきで、カッカリコを見つめた。
「呆れましたね。まさか、嵌めた相手の顔も知らないなんて」
「まさか、お前は!?」
「ええ、アティシアと言います。お察しの通り、スティーグの妹ですよ」
「く! 待ち伏せしていたのか」
「まさか、罠に嵌めたのはそちらだと思っていましたか? 愚かだこと。お兄様はこうなることを予測し、この一帯を包囲していたんですよ」
アティシアはそう言って、冷酷な笑みを浮かべた。
アティシアもスティーグ同様、敵とみなした相手には容赦しない。それが、自分を罠に嵌めた相手となれば尚更である。
カッカリコは顔を引きつらせた。
「そうか、貴様がスティーグの妹か。ならば、さぞ強いのだろうな?」
「お兄様の足元にも及びませんが、それでもあなた一人はどうとでも料理できますよ」
肩をすくめつつ、余裕の笑みを浮かべながら、アティシアは答えた。
カッカリコは汗を流しながら、それでもアティシアに向けて笑みを作った。
「く、くく。やはり保険はかけておくものだな。できれば使いたくはなかったが、仕方あるまい」
「保険?」
アティシアは眉をひそめた。
「これを見るがいい!」
カッカリコは懐から何かを取り出した。
懐から取り出したのだから、大した大きさではない。精々手の平に収まるほどの物だ。それは何かの容器に見えた。
余裕を見せ始めたカッカリコの態度に、アティシアは警戒しながら、様子を窺う。
「それは?」
「知りたいか? 貴様は召喚術を知っているな?」
「・・・それが?」
召喚術はこの世界の別の場所にいる生物(または人間よりも高位な存在)を呼び出す魔法である。
その生物を使役する魔法使いを召喚術師と呼ぶのだが。
「あれは便利な魔法だが、弱点も多い。まずいちいち魔法陣を描かなければならない。その上、上位の存在を呼び出すのであれば、相応の供物が必要となる。とても一対一の戦いで使える代物ではない。だが!」
カッカリコは容器を高々と掲げ叫ぶ。
「この容器は召喚した存在を、即座に閉じ込めておくことが可能なのだ。予め召喚しておけば、この容器を壊すだけで手軽に、強力な存在を使役することができる。この様になぁ!!」
「しまった!」
カッカリコは地面に容器を叩きつけた。
容器が割れ、そこから黒い煙が黙々と沸き起こる。
それは次第にまとまっていき、一つの形を形成した。
その姿にアティシアは愕然とする。
身長は二メートルほど、肌は褐色。
ここまでならそういう人間はいないことはない。
だが、頭には二本の角を生やし、目は赤い光を灯していた。
アティシアは知っている。それが何という名で呼ばれているのかを。
「魔人!?」
「そうだ! 魔界に住まう、魔族の中でも、ひと際強い力をもった種族。それがこの魔人だ」
アティシアは警戒レベルを最大に引き上げた。
魔人は人間よりも高位の存在である。
まさかこんな化け物を召喚できるとは思いもよらなかった。
(油断大敵。私もまだまだ未熟ですね)
「先ほどまでの威勢はどうした? さあ、楽しい楽しいショータイムの始まりだ!!」




